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春も近く

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 冬は特に何事もなく過ぎていき、春が近付いてきた。
 特に冬の間、他の国からガーランド帝国に対する侵攻もなかったらしい。まぁ、他の国も馬鹿というわけではないし、冬の間は軍を動かさないというのは当然のことだ。冬の間も最前線で専守防衛に務めろとか言い出した、帝国の上層部が馬鹿だっただけの話である。

 アリオス王国、メイルード王国、ジュノバ公国と一気に攻め落としたガーランド帝国は、その版図を元の倍ほどの大きさまで膨れ上がらせている。
 そして土地が広大になったということは、それだけ守らなければならない場所が増えるということであり、管理しなければならない場所も多いということだ。何より攻め落としたばかりの場所というのは、基本的にこちらの統治を受け入れない場合が多い。元々の国の在り方から、ガーランド帝国の国民としての在り方に変えなければならないから、少なからずそこに齟齬は生じるのだ。
 だから逆説的に、攻め落としたばかりの場所は守り難い。
 もしライオス帝国が諜報員を放ち、民の不満を煽動でもしていれば、それだけで自国の民による反逆が行われる可能性もある。さらに、それが敵軍と対峙している場合であれば尚更だ。それこそ、自国の民によって門が開かれる場合もある。

 だから、本来ならば一時的に他国とは和平を結び、内政に務めるのが定石だ。
 残念ながら、ガーランド帝国軍はそんな定石など投げ飛ばしているのだけれど。

「最前線への出発は、十日後とのことです。隊長」

「はぁ……やっぱ戦争する気なのか」

「あくまでライオス帝国と講和を結ぶのは、一時的なものだと公言していますからね」

「まぁ、そうなるとは思ってたけどよ」

 大きく溜息を吐いて、レインの報告を受け取る。
 十日後ということは、もうあまり時間がないということだ。
 この冬の間、俺は自分の率いる部隊――『切り込み隊』に、厳しい訓練を課した。この冬を越えて、次の戦争は恐らく苛烈なものになるだろうと、そう考えてのことだ。
 何せ、ライオス帝国は広い。
 手近な都市を攻めるにしても、選択肢は多い。それに加えて、ライオス帝都はガーランドから最も遠い位置にあるため、中枢を素早く攻め落とすという作戦が使えないのだ。じわじわとこちらの領域を広げながら進むしかできない。
 加えて、どうしても広いライオス帝国を相手にすることから二正面作戦は当然になるだろう。第十師団まであるガーランド帝国軍の、ほぼ全軍が出張ることにもなり得る。

「とりあえず、俺明日から休暇とるわ」

「また故郷の方に戻られるのですか?」

「ああ。レインの読みでは、あと一年かかるんだろ?」

「そうですね。長ければ一年と、レインは読んでいますが」

「だったら、もうしばらく帰れそうにないからな。俺だってストレス溜まってんだよ」

「承知いたしました」

 さっ、とレインが書類の一枚を取り出す。
 それは俺の休暇願だ。ちなみに、一般兵士が休暇を取ろうと思ったら割と面倒な手順を踏まなければならないのだが、そこは俺の今までの戦功が加味される。
 分かりやすく言うと、合計で七つの勲章と兵士の生涯収入くらいの報奨金と共に、俺が貰っているものがあるのだ。
 それが、特別休暇である。
 勲章一つあたり、五日。好きなときに休暇をとることができるという非常に素敵なシステムだ。これを使うことで、俺は何の憂いもなく休暇を取ることができる。

「ひとまず、十日でいいですか?」

「ああ。限界まで使う」

「現状を鑑みると、最終日は戻ってきていただきたいです。会議も開かれますし」

「分かった」

 会議なんて、正直俺は話も聞いていないし、レインに丸投げした方がいいと思う。
 だけれど、一応大隊長として出席する義務があるのだ。組織とは面倒くさいものである。

「そういえば、これは一応隊長にも関係のあることなのですが」

「ん? 何だ?」

「総将軍が先日、出張から戻ってきたのですが……どうも噂では、隊長の故郷に行っていたみたいですよ」

「村にか?」

 意味が分からず、俺は眉を寄せる。
 俺の出身地であり愛しのジュリアが現在も住む村――ヘチーキ村は、かなりの田舎だ。わざわざ総将軍が、何故あんな田舎に行っているのだろう。

「色々と噂はありますけど……まぁ、レインとしては隊長の奥さんに、隊長が部隊に残留するように要請しに向かったという話が最も信憑性が高いと考えています」

「……わざわざ俺を残すために、ジュリアに会いに行ったってことか?」

「そうなりますね。将を射んと欲すればまず馬を射よ、という言葉もあります。隊長が頑なに除隊を申し出るからこそ、その除隊の原因となっている結婚相手を懐柔に向かったと考えるのが適切かもしれません」

「懐柔って……」

「まぁ分かりやすく言うと、別れろと言いに行ったのではないかと」

「――っ!?」

 思わぬ言葉に、目を見開く。

「そもそも、あれだけ大活躍している隊長を、みすみす除隊させたくないというのが総将軍……というか、軍の本音だと思うんですよ」

「……」

「ですから、その除隊の原因となっている結婚相手に、別れるように伝える。そのために、少なからずお金は払っているかもしれませんね。それで隊長と奥さんが別れてくれれば、隊長は今後憂いなく戦うことができますし、軍に残るでしょう。そして奥さんも隊長という結婚相手を失うことにはなりますが、少なからずお金を手に入れることで別の男性を良人に招くこともできます」

「……」

「まぁ、そのあたりはレインの邪推ですが……隊長? 隊長? どうされました? え、隊長?」

「ちょっと総将軍ぶん殴ってくる」

「やめてください隊長!」













 後ほど総将軍に事情を聞くと。

「あくまで、奥方には話を聞きに行っただけだ。むしろ、先の見えない田舎に住むよりも、帝都に住む場所を設けることでギルフォードと共に暮らしたらどうかと提案しただけに過ぎん。お前と別れろなどと、強要などしていない」

「そうですか」

「ところでギルフォード、明日から休暇だそうだな。お前は故郷に友人などいるか? 友人などがいれば、是非軍に入るように要請してもらえると助かるのだが。あと、ノックのあとに「入れ」と言った瞬間、殴りかかってくるのはどうかと思うぞ。右の頬めっちゃ痛いんだが」

「そうですか」
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