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激戦を終えて

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「とんでもないことをしてくれたもんだねぇ……」

「うす」

 アルードの関攻略戦を終えて、俺は関の門扉――それをこじ開けて、味方の兵を招き入れた。
 既に関のほとんどが、敵兵の死体で溢れている。そして、門扉が開くことを止められないと悟った敵兵たちは、既に関から背を向けて本国の方に逃げ出していた。既に、アルードの関はもぬけの殻だと言っていいだろう。
 俺は久しぶりに体力を使い切った感覚で、後続としてやってきたレインたちによって保護された。
 返り血に塗れた鎧を脱ぎ、返り血で濡れた体を拭き、そして温かい食事を与えられてようやく、俺は人間に戻った気がした。
 だって一人きりだったし、ほとんど獣みたいに戦っていた気がする。
 最後の最後に、なんか将軍ぽい奴と戦ったけど、名前とか覚えてないし。

「雲梯車での関への奇襲は失敗……向こうに完全に対策をされていた。だから、仕方なく次の作戦に行こうと思っていたんだよ」

「ええ」

「だってのに、なんで関所を一人でブッ潰してんだよ、あんたは……」

 はぁぁ、と大きく溜息を吐くのはヴィルヘルミナ師団長だ。
 雲梯車が使い物にならなくなった時点で、ヴィルヘルミナ師団長には次の用意があったらしい。だというのに俺は完全に独断専行して、関所を一人で陥落させたのだ。
 毛布に身を包まれて、温かいスープを与えられ、その状態で説教を受けている俺である。

「駄目でしたか?」

「駄目なわけがあるか。最高の戦果だ。だが、一歩間違えばあんた死んでたよ。いくら不死身の『ガーランドの英雄』っつっても、限度があるだろうに」

「なんとかなると、思ったんで」

「あんたはそうでも、こっちは心配なんだよ。大体、あんたがこの戦いで死んじまったら、あんたの残された嫁さんに戦死報告をするのは、あたいらなんだよ。あんまり勝手な真似をしないでおくれ」

「……うす」

 割と本気の声音に、俺はそう返す。
 まぁ確かに、俺も雲梯車が破壊された時点で引き返して、次の作戦を待った方が良かったのかもしれない。俺一人で関に突入する、という傍から見れば命を捨てようとしているような作戦だ。簡単に納得できない内容だろう。
 もっとも、レインはよく「ここで隊長一人で突入して制圧します」とか作戦立てていたから、『切り込み隊』の面々からすればいつも通りの光景である。

「ま、あたいも大戦果を立てたあんたに、これ以上説教する口は持ち合わせてない」

「はぁ」

「だから、こっからは褒め殺しだ。よくやったよ、ギルフォード。あんたがやってくれたおかげで、こっちはほぼ無傷でメイルード王国を侵攻できる。たった一人に関を落とされたことで、敵の士気はだだ下がり、こっちは無傷で士気高揚。あんた一人で、この戦に勝ったようなもんだ」

「う、うす……?」

「よくやってくれた。冗談じゃなく、本気で口説きたいよ。故郷に戻るとか言わずに、あたいの『切り込み隊』を今後も率いていかないかい?」

 ヴィルヘルミナ師団長の、そんな真剣な眼差し。
 突然のそんな提案だが、しかし俺も受け入れることができない理由がある。

「いや、まぁ……俺は故郷に戻って、妻と」

「嫁さんには、あたいの方から土下座してもいい。あんたが手に入るなら、こんな頭いくらでも下げてやるよ。あたいの方で手配して、帝都に一軒家を買ってやる。そこで嫁さんと一緒に暮らしながら、あんたが軍人を続けてくれるのが最高だ」

「ですが」

「どうしても農業がしたいなら、広い庭付きの家を買ってやる。維持費なんざ気にするな。あんたが残ってくれるなら、給金は何倍にでも上げてやる」

「……」

 この人は本気で言っている。
 俺のことを心から評価して、その上で特別すぎると言ってもいい対応で、俺を引き留めようとしている。
 冗談なら、冗談で返せばいい。ちょっと口説いてみるだけなら、俺も簡単に断ればいい。
 だが――本気には、本気で返さなければならない。

「それこそ、さっきも言われたことっすけど」

「ああ」

「俺は今まで、いつ死んでもいいって思ってたんすよ。だから捨て身の作戦ができたし、それこそ今日みたいに、命がけで戦うことができました」

「ああ」

「でも……結婚したらそうはいかないじゃないすか」

 俺とジュリアは、まだ婚約段階だ。
 ジュリアのことは心から愛しているし、絶対に生きて戻って結婚する覚悟はある。
 考えたくないが――仮に、俺がこの戦争で死んだとしても、ジュリアの経歴に傷はつかない。未亡人という形になることはない。
 だが、結婚したらそういうわけにもいかない。
 広い庭付きの一軒家を貰っても、俺が死んだらジュリア一人で維持することなどできない。処分して故郷に戻っても、未亡人として一人で余生を過ごすことになるだろう。

「結婚して、所帯を持つなら、俺は死ねなくなります。死ねなくなっちまうと……戦場で、勘が鈍ります。自分が生き残ることを第一に考えちまいます」

「……」

「そうなると、今までみたいに戦えません。師団長の言葉は嬉しいっすけど……それだと俺、腰抜けの隊長になっちゃうんすよ」

 戦場でいつ散らすか分からない命。
 だから結婚はしないと、そう思っていた。俺の死で悲しむ女性など必要ないと、そう思っていた。
 だけど、そんな誓いを捨てて、戦場でしか生きることのできない自分を捨ててでも、愛したいと思える女性がいた。

「ですから、すいません。この戦争が終わったら、俺は除隊します」

「……はぁ。その考えは、変わらないんだね」

「ええ」

「分かった。それじゃ、諦めるよ。その代わり、あたいの下にいる限りはこき使ってやるから、覚悟しときな。まず、今日は一晩休む。明日の朝から出発だ」

「俺以外、休む必要あるんすか?」

 この戦い、頑張ったの俺一人なんだけど。
 他の連中、アルードの関を攻めあぐねていただけなんだけど。
 そんな俺の言葉に対して、ヴィルヘルミナ師団長はけらけらと笑った。

「ないねぇ。それでも、一応作戦行動はしてくれたからね」

「……なんか腑に落ちないっすね」

「あんたには、あたいの方から勲章の授与と報奨金の方を手配しとくよ。んで、次の難所だが……あんたは疲れてるだろうし、副官ちゃんの方に伝えておくよ。後から、掻い摘まんで教えてもらいな」

「うす」

 勲章は別にいらないが、報奨金は素直に嬉しい。
 というか、竜尾谷の戦果でも勲章と報奨金貰えるらしいし、割と今回の戦いで俺、稼げるんじゃないだろうか。それこそ、これからの人生一生遊んで暮らせるくらいに。
 想像する、これからの人生。
 ジュリアと一緒に朝起きて、午前中に畑を耕して、午後から子供たちと遊び、夜は月夜を肴に酒を飲む。村の皆で歌を歌い、踊りを踊る――そんな、楽しい生活。

 ははっ。
 不味いなぁ。
 まだ結婚してないのに、死にたくねぇなぁ。
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