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無双
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「な、何事だぁっ!?」
「『ガーランドの死神』が! 奴が侵入しています!」
「いつの間に!? 止めろっ!!」
「うぉぉぉぉぉぉっ!!」
今にも、関に空いた小さな穴――そこから矢を放とうとしていた兵たちに向けて、俺は突撃を敢行する。
たった一人で、続く者もいない突撃。しかし、この狭い砦の廊下というのは、一人で戦うには十分すぎる狭さだ。やってくる敵兵は全員、きっちり首を刈って息の根を止めている。そのため、後ろから敵が来る気配はない。
つまり俺は前に現れる敵兵だけを、集中して相手にすればいいだけの話である。
手斧を二本、振り回す。
いつも使っている戦斧に比べれば、威力は低い。だが、ここが戦場になると想定していなかったのだろう敵兵たちは、ろくな装備をしていなかった。防具はおろか、弓矢だけを持って他の武器を持っていない兵士たちも多くいる。
勿論、俺は敵兵であるならば、丸腰であっても全て息の根を止める。十年間、俺はそうやって戦場を生きてきたのだ。
甘さで敵兵を逃がせば、その敵が次に自分の仲間を殺しにかかってくるかもしれない。ゆえに、徹底的に。
「け、剣っ! 剣を誰かっ!」
「や、槍なんて持ってきてねぇよ!」
「矢を放てっ! この距離だ! 外れるわけがない!」
「ぎゃあっ!!」
俺が手斧を振るうたびに、誰かの叫び声が響く。
放たれる矢も、ほとんど力の入っていないものだ。十分に準備する余裕があるならばまだしも、窮地に立たされた人間というのは、弓の弦を張る時間すら惜しむ。そして、張らずに放たれた矢など、自重で床に落ちるほどの弱々しさである。
既に、何人の首を手斧で刈ってきただろう。肉を裂き、骨を断ち、命を奪う感覚――その感覚には、もう慣れきってしまった。
血塗れの手だが、しかし手斧を滑らさないようにぐっと握りしめて、次々と掛かってくる敵兵の首を刈る。
敵の槍を蹴りで弾き、返す腕で首を刈り。
弓で打ってきた攻撃を躱し、そのまま首を刈り。
無手のままで突撃し、肉の壁になる覚悟を決めた者――その首を刈る。
俺の前に立つ限り、俺はその命を刈るのだ。
「うぉぉぉぉぉ!!」
俺は、この戦争が終わったら結婚する。
軍を除隊し、田舎に帰って、田畑を耕しながら暮らしていく。
ジュリアと、いつかできるかもしれない、ジュリアと俺の間に生まれた子供と。
そんな――穏やかな暮らしが、待っているんだ。
だけれど。
こんな血塗れの手で、ジュリアを抱きしめていいのだろうか。
命を刈ることに何の抵抗もない俺が、新しい命を育んでもいいのだろうか。
これほど人の命を屠っておきながら、のうのうと田舎で余生を過ごしてもいいのだろうか。
ただ、目の前の敵兵を刈っていくだけの単純作業。
それゆえに頭はクリアになり、まるで自分で自分を俯瞰しているように感じる。
悪鬼羅刹の如く、血塗れの斧を振るう俺。
返り血を浴びながら、真っ赤に染まった鎧と共にひた走る俺。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
既に、叫び声は意味をなさない。
ただただ自分に気合いを入れるためだけの声は、何の意味もないただの雄叫びだ。
「ば、化け物っ!!」
「奴の体力はどれだけなんだ!?」
「ぜ、全員で一気にかかれっ!」
「あの怪物を仕留めろっ!!」
普通に傷つくこと言ってくれるよ。
いやね、俺だって人間なのよ。普通に戦い続けたら疲れるし、敵の槍とか全部俺目がけてやってきてるわけよ。それを必死に避けながら、必死に敵兵倒してんのよ。しかも俺、普通にこの前に、城壁ロッククライミングとかかましてんのよ。
そりゃ疲れるって。超しんどいって。
そのしんどい状態からどう戦うかって、そりゃ自分に気合いいれなきゃ動けないわけよ。人間を斬るのって、割と重労働だからね。
とりあえず、目の前の敵を斬る。斬る。斬る。
折り重なってくる死体の群れ。
恐らく彼らが、一斉に俺を陥れるための行動をすれば、俺の動きは阻まれるだろう。
二人ずつくらいで俺の足にしがみついたり、体ごと斧を受け止めたり、そういうことをされたら、さすがに俺も不味いと思う。
だけれど、長く戦場にいる俺だが、そういった場面になったことがない。
何故なら、誰だって死にたくないから。
俺にしがみついて足止めをするということは、俺を足止めするために命を捨てるということだ。
体ごと斧を受け止めるということは、俺の攻撃をそのまま体に受けるということだ。
つまり、その役割を担った者は死ぬ。簡単な帰結である。
誰だって、その一番目になるのは絶対に嫌なのだ。
だからこうして、乱戦になっても混戦になっても、兵士というのは基本的に安全圏にいたがる。そして、安全圏にいたはずが前が突破されてしまった兵士が、仕方なく俺の目の前に出てくるのだ。
結果的に、誰も俺を止められない。
「はっ、はっ……!」
目の前から、動く者がいなくなるまで、俺の無双は続いた。
さすがに、腕に力が入らなくなっている。今の俺の握力では、普段のように石を砂に変えることはできないだろう。それでも、手斧から手は放さない。
少しだけ休もう――そう、片膝をついて壁にもたれかかり。
「貴様がっ! 『ガーランドの死神』かっ!」
「……」
空気を読まない、そんな声が響く。
俺超しんどいのよ。ちょっと休んでもいいよね。もう、ゴールしても……駄目だ。俺のゴールは、この戦争が終わることなんだから。
この戦争を終えて、無事に故郷に帰って、ジュリアと結婚する。それでも、俺の人生はまだゴールじゃない。ジュリアと一緒に、お互いに白髪になるまで一緒に暮らすんだ。
「我が名はガリオン・ストランダー! 尋常に勝負せよ!」
「……」
ゆっくり、立ち上がる。
目の前に立っているのは、鉄製の槍を構えた偉丈夫だ。全身鎧に身を包み、全面兜で顔立ちも見えない。だが、その真紅のマントから恐らく、将軍位にはある存在だろうということは分かった。
既に砦が壊滅状態で、こうなっては仕方ないと出てきたのだろう。
俺からすれば、将軍の首を持ち帰ることができるわけで。
手柄一つ――そう、喜ぶ暇もない。
「はぁっ!」
「……」
無言で、敵将――ガリオンの放ってきた槍の突きを躱す。
俺を殺すには、あまりにも遅い。牽制に手斧を投げて、それが兜に当たってカン、と乾いた音を立てる。
くくっ、とガリオンの籠もったような笑い声が、兜の中から響いた。
「くははっ! 普段の斧ならばまだしも、そのような手斧でこの鎧が破れるものか!」
「あー……」
「いざ、我が槍の錆となれっ!!」
俺は、手斧を構える。
本来、片手で使うための投げ斧。その柄――短いそれを、両手で。
ろくに、両腕に力は入らないけれど。
今の、俺に出せる全力で――。
「おぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」
思い切り、全身鎧に向けて手斧を振り下ろし。
激しい勢いと共に、手斧の刃が鎧を押しつぶす。そして、力に耐えられなくなった全身鎧は、そのままガリオンの体へとめり込み。
「ぐはぁっ!?」
「はぁ……」
そのまま――人の死体とは思えぬほどにひしゃげて、倒れ伏す。
これで、あとは門の扉を開く――それで、この戦いは終わるだろう。
疲れた体に鞭打って、俺はアルードの関――その門を開くために、重い体を引きずりながら歩いた。
メイルード王国軍、死者五千六百人。
ガーランド帝国軍、死者なし。負傷者一名。
これが、メイルード王国軍との前哨戦、アルードの関攻略戦の概要。
薄々気付いてはいたんだけどさ。
俺一人しか頑張ってなくね!?
「『ガーランドの死神』が! 奴が侵入しています!」
「いつの間に!? 止めろっ!!」
「うぉぉぉぉぉぉっ!!」
今にも、関に空いた小さな穴――そこから矢を放とうとしていた兵たちに向けて、俺は突撃を敢行する。
たった一人で、続く者もいない突撃。しかし、この狭い砦の廊下というのは、一人で戦うには十分すぎる狭さだ。やってくる敵兵は全員、きっちり首を刈って息の根を止めている。そのため、後ろから敵が来る気配はない。
つまり俺は前に現れる敵兵だけを、集中して相手にすればいいだけの話である。
手斧を二本、振り回す。
いつも使っている戦斧に比べれば、威力は低い。だが、ここが戦場になると想定していなかったのだろう敵兵たちは、ろくな装備をしていなかった。防具はおろか、弓矢だけを持って他の武器を持っていない兵士たちも多くいる。
勿論、俺は敵兵であるならば、丸腰であっても全て息の根を止める。十年間、俺はそうやって戦場を生きてきたのだ。
甘さで敵兵を逃がせば、その敵が次に自分の仲間を殺しにかかってくるかもしれない。ゆえに、徹底的に。
「け、剣っ! 剣を誰かっ!」
「や、槍なんて持ってきてねぇよ!」
「矢を放てっ! この距離だ! 外れるわけがない!」
「ぎゃあっ!!」
俺が手斧を振るうたびに、誰かの叫び声が響く。
放たれる矢も、ほとんど力の入っていないものだ。十分に準備する余裕があるならばまだしも、窮地に立たされた人間というのは、弓の弦を張る時間すら惜しむ。そして、張らずに放たれた矢など、自重で床に落ちるほどの弱々しさである。
既に、何人の首を手斧で刈ってきただろう。肉を裂き、骨を断ち、命を奪う感覚――その感覚には、もう慣れきってしまった。
血塗れの手だが、しかし手斧を滑らさないようにぐっと握りしめて、次々と掛かってくる敵兵の首を刈る。
敵の槍を蹴りで弾き、返す腕で首を刈り。
弓で打ってきた攻撃を躱し、そのまま首を刈り。
無手のままで突撃し、肉の壁になる覚悟を決めた者――その首を刈る。
俺の前に立つ限り、俺はその命を刈るのだ。
「うぉぉぉぉぉ!!」
俺は、この戦争が終わったら結婚する。
軍を除隊し、田舎に帰って、田畑を耕しながら暮らしていく。
ジュリアと、いつかできるかもしれない、ジュリアと俺の間に生まれた子供と。
そんな――穏やかな暮らしが、待っているんだ。
だけれど。
こんな血塗れの手で、ジュリアを抱きしめていいのだろうか。
命を刈ることに何の抵抗もない俺が、新しい命を育んでもいいのだろうか。
これほど人の命を屠っておきながら、のうのうと田舎で余生を過ごしてもいいのだろうか。
ただ、目の前の敵兵を刈っていくだけの単純作業。
それゆえに頭はクリアになり、まるで自分で自分を俯瞰しているように感じる。
悪鬼羅刹の如く、血塗れの斧を振るう俺。
返り血を浴びながら、真っ赤に染まった鎧と共にひた走る俺。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
既に、叫び声は意味をなさない。
ただただ自分に気合いを入れるためだけの声は、何の意味もないただの雄叫びだ。
「ば、化け物っ!!」
「奴の体力はどれだけなんだ!?」
「ぜ、全員で一気にかかれっ!」
「あの怪物を仕留めろっ!!」
普通に傷つくこと言ってくれるよ。
いやね、俺だって人間なのよ。普通に戦い続けたら疲れるし、敵の槍とか全部俺目がけてやってきてるわけよ。それを必死に避けながら、必死に敵兵倒してんのよ。しかも俺、普通にこの前に、城壁ロッククライミングとかかましてんのよ。
そりゃ疲れるって。超しんどいって。
そのしんどい状態からどう戦うかって、そりゃ自分に気合いいれなきゃ動けないわけよ。人間を斬るのって、割と重労働だからね。
とりあえず、目の前の敵を斬る。斬る。斬る。
折り重なってくる死体の群れ。
恐らく彼らが、一斉に俺を陥れるための行動をすれば、俺の動きは阻まれるだろう。
二人ずつくらいで俺の足にしがみついたり、体ごと斧を受け止めたり、そういうことをされたら、さすがに俺も不味いと思う。
だけれど、長く戦場にいる俺だが、そういった場面になったことがない。
何故なら、誰だって死にたくないから。
俺にしがみついて足止めをするということは、俺を足止めするために命を捨てるということだ。
体ごと斧を受け止めるということは、俺の攻撃をそのまま体に受けるということだ。
つまり、その役割を担った者は死ぬ。簡単な帰結である。
誰だって、その一番目になるのは絶対に嫌なのだ。
だからこうして、乱戦になっても混戦になっても、兵士というのは基本的に安全圏にいたがる。そして、安全圏にいたはずが前が突破されてしまった兵士が、仕方なく俺の目の前に出てくるのだ。
結果的に、誰も俺を止められない。
「はっ、はっ……!」
目の前から、動く者がいなくなるまで、俺の無双は続いた。
さすがに、腕に力が入らなくなっている。今の俺の握力では、普段のように石を砂に変えることはできないだろう。それでも、手斧から手は放さない。
少しだけ休もう――そう、片膝をついて壁にもたれかかり。
「貴様がっ! 『ガーランドの死神』かっ!」
「……」
空気を読まない、そんな声が響く。
俺超しんどいのよ。ちょっと休んでもいいよね。もう、ゴールしても……駄目だ。俺のゴールは、この戦争が終わることなんだから。
この戦争を終えて、無事に故郷に帰って、ジュリアと結婚する。それでも、俺の人生はまだゴールじゃない。ジュリアと一緒に、お互いに白髪になるまで一緒に暮らすんだ。
「我が名はガリオン・ストランダー! 尋常に勝負せよ!」
「……」
ゆっくり、立ち上がる。
目の前に立っているのは、鉄製の槍を構えた偉丈夫だ。全身鎧に身を包み、全面兜で顔立ちも見えない。だが、その真紅のマントから恐らく、将軍位にはある存在だろうということは分かった。
既に砦が壊滅状態で、こうなっては仕方ないと出てきたのだろう。
俺からすれば、将軍の首を持ち帰ることができるわけで。
手柄一つ――そう、喜ぶ暇もない。
「はぁっ!」
「……」
無言で、敵将――ガリオンの放ってきた槍の突きを躱す。
俺を殺すには、あまりにも遅い。牽制に手斧を投げて、それが兜に当たってカン、と乾いた音を立てる。
くくっ、とガリオンの籠もったような笑い声が、兜の中から響いた。
「くははっ! 普段の斧ならばまだしも、そのような手斧でこの鎧が破れるものか!」
「あー……」
「いざ、我が槍の錆となれっ!!」
俺は、手斧を構える。
本来、片手で使うための投げ斧。その柄――短いそれを、両手で。
ろくに、両腕に力は入らないけれど。
今の、俺に出せる全力で――。
「おぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」
思い切り、全身鎧に向けて手斧を振り下ろし。
激しい勢いと共に、手斧の刃が鎧を押しつぶす。そして、力に耐えられなくなった全身鎧は、そのままガリオンの体へとめり込み。
「ぐはぁっ!?」
「はぁ……」
そのまま――人の死体とは思えぬほどにひしゃげて、倒れ伏す。
これで、あとは門の扉を開く――それで、この戦いは終わるだろう。
疲れた体に鞭打って、俺はアルードの関――その門を開くために、重い体を引きずりながら歩いた。
メイルード王国軍、死者五千六百人。
ガーランド帝国軍、死者なし。負傷者一名。
これが、メイルード王国軍との前哨戦、アルードの関攻略戦の概要。
薄々気付いてはいたんだけどさ。
俺一人しか頑張ってなくね!?
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