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ヴィルヘルミナ師団長

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「ようやく来てくれたねぇ、ギルフォード」

「うす。ヴィルヘルミナ師団長、お久しぶりです」

「あたいのことはミーナでいいって、前から言ってんだろ。立場こそあたいの方が上だが、戦闘力であんたに及ぶ奴は他にいない。あたいは、昔っからあんたのことを尊敬してんのさ」

「はは……どうも」

 俺よりも、頭三つ分は低い背丈の女性――ヴィルヘルミナ師団長に、俺はまず挨拶に向かった。
 レインよりも低い背丈のヴィルヘルミナ師団長は、現在三十五歳にもなる女性だ。だけれど化粧気の一つもないというのにその姿は若々しく、既に死に別れた夫との子供――娘と、よく姉妹に間違われるらしい。
 初めて会ったのは、五年前だ。随分若い新人がいるなぁ、と声をかけたら既に別部隊の隊長だったという苦い過去だったりする。

「んで、第三師団からうちに来てくれるって?」

「『切り込み隊』の隊長が、訓練で怪我を負ったと聞きました。俺は、その間の代理ですよ」

「堅苦しいこと言わねぇで、今後ずーっと第七でもいいんだぜ?」

「ありがたいお言葉ですけど、俺はこの戦争が終わったら退役するんで」

「つれないねぇ」

 俺の退役という言葉に、ヴィルヘルミナ師団長が肩をすくめる。
 恐らくこの様子からするに、俺の退役については既に聞いているのだろう。どこか、悲しそうな目で俺を見ていた。

「ま、いいさ。それだったらあんたが第七にいる間に、色仕掛けでも頑張ってみるさね」

「師団長、年考えてくださいよ」

「あァ? あたいは、十四の娘と姉妹に間違われるんだぞ?」

「いやいや、その結果色んなモン買わされるんでしょ? いいように言われてるだけですって」

「言ったなこの野郎!」

 ぽかっ、と殴ってくるヴィルヘルミナ師団長。
 勿論ながら、女性だし背は低いし出るとこ出てないし、年齢を聞かなければ年下に思えるほど線の細いこの人の拳で、傷つくほど俺は柔じゃない。
 そして当然、ヴィルヘルミナ師団長の方も俺が傷つくわけないと思っているため、割と本気で殴ってくるのだ。

「それで、メイルード王国を攻める作戦ですけど」

「ああ、それな。んで、ギルん所からは誰が来てんだい?」

「俺は帰るように言ったんですけど、戦争好きの大馬鹿野郎どもが百名ほど、俺の後ろで戦いたいと」

「副官ちゃんも一緒かい?」

「ええ」

 レインには、一応再度帰るようには促した。既に長いこと戦場にいるわけだし、一旦帰って休んだらどうか、と。
 しかしレインは頑なに、「隊長のいる場所がレインのいる場所です」と返してきた。仕方なく、俺は全員残るように指示をしたのである。ちなみに、マリオンだけ嫌そうな顔をしていた。

「そんじゃ、副官ちゃん呼んどいで。あんたに話しても、多分半分も理解できないだろ?」

「ですね」

「胸張って言うことじゃないね」

「さーせん」

 まぁ、実際俺に言われても分からない。
 そういう作戦とかって、頭のいい奴がすることなんだよな。俺はただ、先頭で斧を振るっていればそれでいいんだよ。













「はい。レイン参りました」

「よぉ、副官ちゃん」

「レインです。お久しぶりです、ヴィルヘルミナ隊長」

「今回の戦が終わったら、ギルが退役するらしいね。副官ちゃんに何か思うところはないのかい?」

「戦が終わるまで、隊長はレインの隊長です。隊長に従い、隊長に尽くし、隊長と共にあります。隊長の死に場所がレインの死に場所です」

「勝手に死に場所決めないでくれ」

 そもそも俺、死ぬつもりないし。帰ったら結婚するし。
 そんなレインの謎の口上に対して、ヴィルヘルミナ隊長がけらけらと笑った。

「相変わらず愛されてるねぇ、ギル」

「忠誠心の高い部下を持って、俺は幸せですよ」

「ま、いい。とりあえず今から、メイルード王国の攻略作戦について説明する。副官ちゃんはしっかり聞いときな。ギルは話半分でいいから頭にとどめておけ」

「はい」

「うす」

 最初から理解するつもりはないけれど、要所要所だけでも覚えておけば、何かの役には立つかもしれない。
 まず、ヴィルヘルミナ隊長は手近な地面に落ちている枝を手に取った。

「まず、今回第五、第六、第七師団の混成部隊で、メイルード王国を攻める。その際にある難所は、二つだ」

「うす」

「一つは、アルードの関。数百年前に建てられた、当時アリオスとメイルードが戦争をしていた頃の遺物だが、綺麗にメイルードとの国境を塞いでいる巨大な関だ。普段は貿易自由化もあって門を開放していたみたいだけど、アリオス王国が陥落した現在、門は完全に塞がれてる。まず、総力戦でこの関を落とすことが第一になる」

「それは、縄上りすか?」

 アリオス王国の砦、王都と共に行った俺の役割。
 とりあえず、そう尋ねてみると。

「いや、縄で上るのは難しいだろうね。何せこの関は、上に狭間胸壁がない。狭間胸壁って分かるかい? 副官ちゃんの慎ましい胸じゃないよ」

「師団長、殴ってもよろしいでしょうか」

「駄目。えーと……まぁ、簡単に言や城の壁にあるデコボコな。間から矢を放つために作られたアレだ」

「ああ、はい」

 なんとなく、想像はつく。
 城の外壁にあるデコボコは、装飾の意味もあるけれど、その隙間から矢を放つという意味合いもあるのだ。そして縄上りをする場合、このデコボコの部分に向けて矢を放ち、縄を固定することから始まる。
 そのデコボコがないということは、縄を固定するのも難しいということだ。

「だから今回は、雲梯車を二台用意した。事前に雲梯車の上で兵が待機して、雲梯を回転させて関の上部に固定する。その雲梯を渡って、関の上に向かうことができるってわけさ」

「そんな便利なもんがあったんですか!」

 俺、今まで必死に縄上りしてたのに!

「開発されたのは最近だよ。それに、機構が複雑だし現地で組み立てなきゃならない。加えて、組み立てた後は平地しか走れない。まぁ、その雲梯車で、ギルはアルードの関に上ってもらう。そこで敵を突破して、城門を開いてもらいたいんだよ」

「うす」

「とりあえず、関を超えなきゃ二つ目にも挑めないからね。まずは、作戦通りにアルードの関を落とすことから始めるよ」

「承知いたしました」

 ヴィルヘルミナ師団長の下、臨時の第七師団『切り込み隊』隊長。
 そんな俺の新しい肩書き。
 そして、これから始まる戦争の気配。

 俺は、いつ戦争終わるのかなぁ、と思いながら小さく嘆息した。
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