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副官との巡回

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 一時的な予備隊として、俺たち第三師団『切り込み隊』は、アリオス王都に残ることとなった。
 まぁ、とはいえ『切り込み隊』千人の中で、残ったのは僅かに百名だ。一応、メイルード王国から斥候の兵が来た場合などに対処するように言われているが、実際のところは治安維持部隊のようなものだ。
 戦時を終えた都市というのは、犯罪が発生しやすい。
 それが都市部にはさほど影響のなかった場合だとしても、火事場泥棒が現れるようなものだ。今なら誰かを殺しても、戦争の影響という形にされるだろう、と。
 そういったことが起きないように、俺たちが巡回をして治安を維持するのが役割なのだ。

「で、俺はお前を帰らせるように指示して、野郎だけで頑張るつもりだったんだが」

「帰るも帰らないもレインの自由です」

 そんなアリオス王都において、巡回する俺の隣――レインの姿に、小さく嘆息する。
 一応マティルダ師団長には、レインを帰らせるように伝えた俺だ。だというのに何故か今こうして、俺と共に治安維持の巡回を行っている。
 ちなみに二人きりだ。たった百人しかいない部隊であるため、少数精鋭で巡回していくしかないのである。その上で、戦闘力に乏しいレインの相方は、戦闘力にしか優れない俺という絶妙な配備だ。

「ま、いいけどよ……お前だって、戻ってゆっくりしたいだろうに」

「お風呂は入らせてもらいましたし、レインは問題ありません。それに、隊長を放っておく方が問題です。レインがいないと、常に突撃しか命令をしないではありませんか」

「うっ……」

 戦場では、落ち着くまで風呂になど入れるはずがない。せいぜい、野戦において水浴びをするくらいのものだ。
 しかし今回については戦勝かつ、ほぼ無血でアリオス王都を降したこともあり、アリオス王都内の公共浴場で入浴をする許可を得たのだ。勿論毎日というわけではないが、本隊がやってくるまでは二日に一度、決まった時間だけ許された。
 そのせいか、レインからどこかいい匂いがする。

「しかし、隊長も昨日お風呂に入ったのですよね?」

「ああ」

「それにしては、どうにも臭いますが。服はちゃんと交換していますか?」

 くんくんっ、と俺の腹のあたりを嗅いでくるレイン。
 それと共に、揺れた髪からちょっといい匂いがしてきた。あとちょっと近い。
 駄目だ駄目だ。
 俺は故郷にジュリアという妻がいるんだから、レインにこんな感情を抱いてはいけない。

「ほら、未婚の娘があんまり近付くな。あと、服はちゃんと替えてるよ」

「それを言うなら、隊長だって未婚ではありませんか」

「この戦争が終わったら結婚するから。ほぼ結婚してるみたいなもんだから」

「戦争を終えるまでは未婚です」

 レインが、頑なにそう言ってくる。
 何だよ、そんなに俺が独り身なのをからかいたいのかよ。生憎だが、今の俺は「故郷に帰ったらジュリアと結婚する」未来が確かに見えているから、何を言われてもダメージは全くない。
 以前だったらレインに、「隊長のような顔面ゴリラの筋肉が、軍の中以外で魅力的に思われるわけないでしょう」などと、花街で嫌われていると相談した後に散々罵倒してくれたものだ。今となっては、あれもいい思い出である。

「しかし、解せない点が多いんですよね」

「解せない?」

「はい。メイルード王国が動く可能性は、確かにあると思います。ですが今回、ガーランドがアリオスを落としたのは、ほとんど日数がかかっていません」

「まぁ、七日くらいか?」

 出陣からアリオス王都陥落まで、多分それくらいだ。
 まぁそれも、必死で砦の壁をよじ登って扉をこじ開けて、超危険な谷で先頭を突っ走り、特殊任務でアリオス王夫婦を捕らえた、俺のおかげなんだけどな。誇張抜きで。
 実際、俺の活躍がなかったら、もっと長引いてたんじゃないかと思う。まぁ俺も、早く帰りたかったからちょっと無理した部分はあったけどさ。

「さすがに、メイルード王国が動きを見せるには、あまりにも早すぎると思います。アリオスと違って職業軍人による騎士団なので、徴兵する手間はないでしょうが……情報を入手して、作戦を練って、その上で出陣――その一連の流れを行うにあたっては、さすがに早すぎるかと」

「なるほど……」

 確かに、レインの言うことも理解できる。
 国が兵を挙げて、敵国を討つ――それは、口で言うほど簡単なことではないのだ。
 まず、先遣の斥候が地形などを調査し、その報告と共に幕僚長が作戦を立案し、将軍たちによる会議を行う。そして会議の結果作戦が決定され、必要な準備を整えてから出陣――それには、割と長い時間がかかるのだ。
 さすがに敵国のことを何も調べず、何の工作もせず、ただ兵を派遣すれば戦争には勝てる――そんな頭がお花畑の思考はしていまい。
 つまり――。

「最初から、狙いはアリオス王国だったってことか?」

「その可能性は低いと思うのですがね……アリオスとメイルードは、百年以上も同盟を続けています。今更、メイルードの方に裏切るメリットがあるとは思えません」

「じゃあ、こっちの作戦を知っていたとか?」

「レインとしては、そちらの可能性を推します」

 あまりにも早い準備ということは、つまり最初から備えていたと考えるべきだ。
 つまりメイルード王国は、最初からアリオス王国に援軍を送るための準備を進めていた。ガーランドが侵攻してくると同時に、アリオスに援軍が出せるように準備を行い、その上で待っていた――その可能性は高いだろう。

「向こうが想定していた以上に早く、アリオス王国が陥落した……その結果、命令を待っている部隊が宙に浮いている状況なのではないかと」

「なるほどな。んじゃ、そう簡単に攻め込んでは来ないか」

「だと思います。一旦メイルード本国に戻って、それから再び準備を整えるものかと。ですので、このまま戦争という形にはならないでしょう」

「ま、つっても希望的観測だがな。一応、連中には警戒するように伝えておけ」

「承知いたしました」

 そこでふと、気付いたようにレインが「あ」と呟く。
 しかし、自嘲したように肩をすくめた。

「どうした?」

「ああ、いえ……馬鹿らしい考えが浮かんだだけです」

「何だよ」

「いえ……もしかして軍の上層部は、最初から隊長を帰らせないつもりでこの任務を与えたのではないかと。メイルードが動こうとしているというのは嘘で、隊長をここに縛り付けておくために」

 馬鹿らしいですけどね、とレイン。
 そんなレインの言葉に、俺は笑うしかできなかった。

「んなわけねぇだろ」

「まぁ、そうですよね」
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