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俺はモテない

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 何故か俺を無視して、後ろに下がっていったアンナ。そして現在は、ひそひそとレインの耳元で何やら話している。
 俺に用事じゃなかったのかよ。マジで除隊することだけ確認に来たのかよ。
 あれか。平民の出自で大隊長してんの俺だけだし、実際のところは目の上の瘤だったのだろうか。割と仲良くしていたつもりだったのに、実はそう思われてたとかマジ切ない。
 いいんだ、別に。
 どうせ俺、この戦争が終わったら除隊して結婚するし。
 誰に嫌われたって別にいいもん。
 いいもん……(血涙)。

「いやー、隊長相変わらずモテてるっすねぇ」

「あん? 何言ってんだよ」

 そんな傷心の俺へと話しかけてきたのは、同じ『切り込み隊』の一人、小隊長のマリオンだった。
 一応、俺と同期で軍に入隊した、同い年の男である。だが男だというのに発育は悪く、女にしては低い身長のレインと大して変わらない奴だ。癖のある赤毛に整った顔立ちのせいで、『切り込み隊』の中には本気で告白した猛者もいたらしい。
 まぁ、当然ながら断ったらしいが。マリオンなんて女っぽい名前だけど、こいつ男だし。

「『切り込み隊』の中じゃ、レインさんかアンナさんのどっちかが隊長の本命だって言ってたんすけどねぇ」

「はぁ? なんでレインかアンナなんだよ」

「そりゃそうっすよ。アンナさんとは仲いい感じですし、レインさんは女子禁制の『切り込み隊』で唯一の女性っす。聞いた話じゃ、隊長がレインさんから離れたくないから、無理やり入れたんすよね?」

「誰情報だよそれ」

 全くもって、そんなことは俺の記憶にない。
 元々、中隊長をしていた俺の副官をしていたのが、レインだった。
 そして俺が功績を重ね、『切り込み隊』の隊長に任命されたとき、その時点で新たな『弓矢隊』の隊長がレインに決まっていた。まぁ、作戦立案とか全部レインがやっていたわけだから、順当な任命だと俺は思っていたんだ。
 だというのにレインはその任を蹴って、代わりに『切り込み隊』の副官におさまりやがったのである。

 一応言っておくと、『切り込み隊』ってのは非常に危険な部隊だ。
 戦争の際に、先頭を走る部隊なのだ。敵兵と最も苛烈な戦いを行い、道を作るのが『切り込み隊』の役割である。その役割ゆえに、戦死率も五部隊の中で最も高い。
 だからこそ、基本的に『切り込み隊』は、隊長以外に貴族家の子息は入らないのが当然なのだ。大隊長以外は平民で構成されており、貴族家の子息は比較的安全な『弓矢隊』や『戦車隊』に配属されるのが普通である。
 そして、最前線で戦わなければならないという特性上、女子が入ることも滅多にない。平民の女子ならばたまに入ることもあるが、結局訓練についてくることができずに、他の隊に異動になるという話もよく聞くくらいだ。
 だというのに、レインは何故か『切り込み隊』の副官になることを強く望んだのである。
 変わり者だなぁ、とそのときは思ったものだ。

「誰情報って、レインさんっすけど」

「なんで自分の間違った情報を流してんだよあいつは」

「あれ、違うんすか? 隊長がレインさんを可愛がってるから、昇進してそのまま副官に連れてきたんじゃなかったんすか?」

「違うに決まってんだろ。どんな権限があるんだよ」

 俺は大隊長に任命されたが、その時点での人事権なんて何もなかったからな。
 まぁ、人事権があったところで使ってないだろうけど。

「ふーん……それじゃ、レインさんの片想いってことすか」

「何をどう飛躍したらそうなるんだよ」

「レインさんが隊長に惚れてるって話っすけど」

「んなわけねぇだろ。つか、俺はこの戦争が終わったら結婚するんだよ」

 はぁ、と大きく嘆息。
 恋愛感情になんて全く縁がなさそうなレインが、俺のことを想っているわけがない。あいつはただ、最前線での作戦を立案したくて『切り込み隊』に来たんだと思う。
 まぁ、そのおかげで『切り込み隊』の作戦、全部任せてんだけどさ。

「それなんすよねぇ……隊長、ちょっと相談いいすか?」

「何だよ」

「オレ、入隊したときから隊長と一緒なんすけど」

「んだな」

 マリオンの言葉に、俺は頷く。
 こいつとは、なんだかんだ長い付き合いだ。俺が入隊した十五歳のときに、同じ分隊に配属になった。
 そこからは色々と、紆余曲折はあったけれど、基本的には俺の異動先にそのままマリオンもやってきた感じだ。俺も『切り込み隊』の隊長を任される前は『弓矢隊』の中隊長だったし、マリオンも『弓矢隊』の配属だったというのに、何故か揃って『切り込み隊』に配属になってしまったのである。
 夜戦の際には、同じテントで休んだ仲だ。まぁ、軍の中だけでの幼馴染みたいなもんだと思っていい。

「正直、隊長が除隊したらどうしようかなぁ、ってずっと思ってんすよ」

「どうしようって、何がだよ」

「今、『切り込み隊』の戦死率って、どれくらいか知ってるっす?」

「そりゃ、知ってるが……」

 一応、俺も大隊長だ。
 自分の部隊で戦死があれば、その内容は把握している。
 その上で、俺が『切り込み隊』の大隊長になってから、五年になる現在――。

「ゼロなんすよ」

「ああ……まぁ、そうだな。基本的には、俺が先頭で暴れてるしな」

「全部の『切り込み隊』で、唯一のゼロなんすよ。第二師団の『切り込み隊』なんて、前の戦争のときに戦死率二割とかだったらしいっす」

「マジかよ」

「そうじゃなくても、他の『切り込み隊』は軒並み一度の戦いで、一割か二割の兵が死んでるんす。まぁ、上からすりゃ平民の兵ですから、いくら死んでも替えがきくもんだと思ってんすよ」

「……」

 ぎりっ、と奥歯を噛みしめる。
 俺は、自分の率いる部隊――『切り込み隊』には、決して戦死者を出すまいと必死に頑張ってきた。
 五年間を経て、それは結果になってくれた。俺の在任中、戦死者はゼロという形で。
 これからの戦いでどうなるかは分からないが、それでもこいつらを殺すつもりはない。

「だから、悩んでんすよね。隊長が除隊した後のこと」

「……」

「多分……オレ、死ぬかなぁ、って思うんす」

 だが、それは同時に。
 俺が『切り込み隊』を除隊するということは、こいつらを守れる者がいなくなるということだ。
 次の隊長が、もしも人でなしだった場合、容易に肉の壁に使われることだろう。
 俺は大きく息を吐いて、それからマリオンの背中に。
 思い切り、ばしーんっ、と平手を入れた。

「痛ぁっ!! ちょっ!? 何するんすか!?」

「気合いを入れただけだ。今から戦争だってのに、何腑抜けたこと言ってんだよ」

「うっ……」

「大体、お前らはな、俺が鍛えた連中だ」

 俺は、自分が強い自信はある。
 だからこそ先頭を走るし、先頭で蹂躙する。そして、『切り込み隊』は俺の後ろに続く。
 それはつまり、俺と同じ戦場を、こいつらも走ってきたということだ。

「柔な鍛え方はしてねぇよ。自信持て」

「うへへっ……」

 にやっ、と笑みを浮かべるマリオン。
 どうやら、気合いは戻ってくれたらしい。

「しょーがないっすね。いっちょ、隊長の勇退に相応しい花道、作ってやりましょか」

「おう」

 俺は戦争が終われば、除隊する。
 だけれど、俺の教えは。俺の魂は。
 きっと、この『切り込み隊』にずっと残ってくれるはずだ――。
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