上 下
3 / 61

結婚報告

しおりを挟む
「隊長! お疲れ様です!」

「うす! 隊長!」

「今日も筋肉イケてますね、隊長!」

「隊長のご帰還だー!」

「おう、今戻ったぞ!」

 帝都の軍宿舎。
 基本的に、一大隊あたりに一つの宿舎が充てられるここは、俺と俺の率いる『切り込み隊』が寝泊まりする場所だ。あとは基礎的な訓練をしたりだとか、夜にはぱーっと酒を飲んだりすることもある。
 宮廷に程近い軍部から戻ってきた俺を、部下たちが食堂で歓迎してくれた。
 どうやら既にある程度酒が入っているらしい。くそ、俺が戻るまで待っていろよ。俺一応上官なのに。

「あー、お前ら、ちょっと伝えとかなきゃいけないことがある」

「どうしたんですかー?」

 ざわざわと、好き勝手に酒を飲んでいた大隊の連中を、俺に向けさせる。
 とりあえず、どっちから話そうか。
 やっぱりここは、最初は自慢って決まってるよな。

「皆、よく聞いてくれ」

「うす」

「俺は結婚することになった!」

「えぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」

 千人の兵士たちの叫びが、食堂に響き渡る。そんなに驚くことかよ。そんなにも俺の結婚ってサプライズかよ。
 次々に、俺に向けて詰め寄ってくる兵士たち。

「ど、どういうことすか!? 隊長が結婚!?」

「お相手は誰なんすか!? 色町の子!?」

「あの、隊長……多分色町の子には、遊ばれてるだけだと思うっすよ……」

「新手の詐欺とかじゃないすか?」

「隊長は、男が好きだとばかり思ってたっす!」

「変な壺、売りつけられてません?」

「あー、でも隊長見た目アレだけど年収はいいから……」

「金目当てっすね! 金!」

「落ち着けお前らぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 一喝。
 物凄く失礼なことを言ってくる連中に、俺の堪忍袋の緒は切れそうだよ。詐欺とか壺とか金目当てとか色町の子とか、なんでそういう発想しかできないかな。あと、男が好きは絶対にない。
 こほん、と咳払いが響く。それは一喝した俺ではなく、ぱんぱんと手を叩いて場を収めようとしている副官だった。

「はい皆さん、まずは着席」

「で、でもレインさん! 隊長が結婚とか言ってんですよ!?」

「隊長だって結婚適齢期ですから、そういった相手がいても不思議ではないでしょう。いや、レイン驚いて言葉を失ってしまいましたが。まさか隊長のような顔面ゴリラにそんなお相手が見つかるとは」

「何気に酷いな、お前」

 傷つくぞ、俺。
 まぁ、そんな風に俺の心を深く抉ってくるのは、副官のレイン・アモットだ。眼鏡をかけた、気の強そうな顔立ちをした女子である。下級ではあるが貴族家の出自で、姓を持っている。平民出身の俺と違って、ちゃんと教育を受けてきた軍人であるから、基本的な作戦とかは全部レイン任せだ。
 ちなみに、俺はほとんど字が書けないから、報告書の類も全部レインに任せていたりする。手伝うと言っても、「これはレインの仕事ですので」って頑ななんだよな。『切り込み隊』、ブラックじゃないのに。
 レインはそんな俺に、大きく溜息を吐いた。

「それで隊長、お相手は誰なんですか?」

「ああ、故郷の幼馴染だ」

「それなら、詐欺というわけではなさそうですね。レイン安心しました」

「何がだよ」

 ジュリアのこと、そんな失礼な奴に思うんじゃないよ。
 まぁ確かに俺、もてる顔はしていない。世の中のイケメンと比べれば、俺を選ぶ女子はいないと思う。悲しい事実だが。
 だから今回、ジュリアが結婚を承諾してくれたのも、本当に奇跡だと思っている。この奇跡、逃しちゃならねぇ。

「それで、だ。俺は……結婚して、故郷に戻ろうと思っている」

「えっ……!」

「隊長、まさか……!?」

「ああ……除隊だ。今後はジュリアと……妻と一緒に、余生を過ごしていきたい」

 うわぁ、妻とか言っちゃった。言っちゃったよ俺。やっべ、すんげぇ恥ずかしい。きゃー。
 口のニマニマが止まってくれない。もうジュリアとの未来予想図を描くたびに、俺の興奮は閾値をあっさり越えてくる。
 だがそんな俺に対して、兵士たちの顔は一様に沈んでいた。
 まぁ、俺みたいなやりやすい隊長が除隊するのは、寂しいんだろうな。うち暴力とかハラスメントとか、そういうのないので。

「なるほど……まずは隊長、おめでとうございます。レイン心より祝福いたします」

「ああ、ありがとう」

「ですが、除隊……具体的には、いつの時点で除隊されるのですか?」

「それが、少しばかり問題があってな」

 レインの言葉に対して、腕を組む。
 そして、大きく溜息を吐いた。

「これはまだ、将軍が俺にだけ教えてくれた情報だ。まぁ、俺が皆に伝えることは将軍も承知のはずだが、あまりみだりに周りに話すな」

「うす」

「近々、大規模作戦が決行される。その詳細までは聞いていないが、かなりの規模になるだろう、とのことだ」

「おぉぉ……!!」

 兵士たちの表情に、やる気が芽生えていく。
 俺が大隊長になってからずっと、共に戦場を駆けてきた戦友たちだ。『切り込み隊』なんて物騒な部隊に所属しているこいつらは、一様にして戦闘狂である。大規模作戦となれば、乗り気になる奴ばかりなのだろう。
 残念ながら俺は、大規模作戦なんて早く終わらせて帰りたい気持ちでいっぱいだが。

「なるほど、大規模作戦……隊長は、それに参加されるのですね?」

「ああ。俺が参加することは、事前に決まっていたらしい。最後の務めを果たせ、と将軍からも檄を受けた」

「レイン承知いたしました。では、内容が決まり次第、作戦立案をさせていただきます」

「ああ、任せる。と、いうわけだ!」

 俺はレインにそう頷いて、連中と同じく酒杯を手にした。
 今日は、祝いの日だ。俺の結婚、そして除隊、両方が決まった特別な記念日だ。
 今日という日を、心から祝おう!

「戦争が始まったら、大暴れしてやろうぜ!」

「おう!!!」

「そして、俺は戦争が終わったら結婚だ!」

「おめでとうございまーすっ!!」

 部下たちと共に、酒を飲む。そんな幸せに耽る。
 こんな日々も、これから訪れる穏やかな日常では、もう訪れてくれないんだ。
 そう思うと、少しばかり寂しい気もするけれど。

 そんな俺から僅かに離れた位置で、レインもまた酒杯を傾けていた。
 何故か、「そんな相手がいるなんて、レイン聞いてませんよ……」などと呟きながら。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

婚約者は、今月もお茶会に来ないらしい。

白雪なこ
恋愛
婚約時に両家で決めた、毎月1回の婚約者同士の交流を深める為のお茶会。だけど、私の婚約者は「彼が認めるお茶会日和」にしかやってこない。そして、数ヶ月に一度、参加したかと思えば、無言。短時間で帰り、手紙を置いていく。そんな彼を……許せる?  *6/21続編公開。「幼馴染の王女殿下は私の元婚約者に激おこだったらしい。次期女王を舐めんなよ!ですって。」 *外部サイトにも掲載しています。(1日だけですが総合日間1位)

パーティーから追放され婚約者を寝取られ家から勘当、の三拍子揃った元貴族は、いずれ竜をも倒す大英雄へ ~もはやマイナスからの成り上がり英雄譚~

一条おかゆ
ファンタジー
貴族の青年、イオは冒険者パーティーの中衛。 彼はレベルの低さゆえにパーティーを追放され、さらに婚約者を寝取られ、家からも追放されてしまう。 全てを失って悲しみに打ちひしがれるイオだったが、騎士学校時代の同級生、ベガに拾われる。 「──イオを勧誘しにきたんだ」 ベガと二人で新たなパーティーを組んだイオ。 ダンジョンへと向かい、そこで自身の本当の才能──『対人能力』に気が付いた。 そして心機一転。 「前よりも強いパーティーを作って、前よりも良い婚約者を貰って、前よりも格の高い家の者となる」 今までの全てを見返すことを目標に、彼は成り上がることを決意する。 これは、そんな英雄譚。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

婚約破棄と領地追放?分かりました、わたしがいなくなった後はせいぜい頑張ってくださいな

カド
ファンタジー
生活の基本から領地経営まで、ほぼ全てを魔石の力に頼ってる世界 魔石の浄化には三日三晩の時間が必要で、この領地ではそれを全部貴族令嬢の主人公が一人でこなしていた 「で、そのわたしを婚約破棄で領地追放なんですね? それじゃ出ていくから、せいぜいこれからは魔石も頑張って作ってくださいね!」 小さい頃から搾取され続けてきた主人公は 追放=自由と気付く 塔から出た途端、暴走する力に悩まされながらも、幼い時にもらった助言を元に中央の大教会へと向かう 一方で愛玩され続けてきた妹は、今まで通り好きなだけ魔石を使用していくが…… ◇◇◇ 親による虐待、明確なきょうだい間での差別の描写があります (『嫌なら読むな』ではなく、『辛い気持ちになりそうな方は無理せず、もし読んで下さる場合はお気をつけて……!』の意味です) ◇◇◇ ようやく一区切りへの目処がついてきました 拙いお話ですがお付き合いいただければ幸いです

召喚アラサー女~ 自由に生きています!

マツユキ
ファンタジー
異世界に召喚された海藤美奈子32才。召喚されたものの、牢屋行きとなってしまう。 牢から出た美奈子は、冒険者となる。助け、助けられながら信頼できる仲間を得て行く美奈子。地球で大好きだった事もしつつ、異世界でも自由に生きる美奈子 信頼できる仲間と共に、異世界で奮闘する。 初めは一人だった美奈子のの周りには、いつの間にか仲間が集まって行き、家が村に、村が街にとどんどんと大きくなっていくのだった *** 異世界でも元の世界で出来ていた事をやっています。苦手、または気に入らないと言うかたは読まれない方が良いかと思います かなりの無茶振りと、作者の妄想で出来たあり得ない魔法や設定が出てきます。こちらも抵抗のある方は読まれない方が良いかと思います

妹に陥れられ処刑決定したのでブチギレることにします

リオール
恋愛
実の妹を殺そうとした罪で、私は処刑されることとなった。 違うと言っても、事実無根だとどれだけ訴えても。 真実を調べることもなく、私の処刑は決定となったのだ。 ──あ、そう?じゃあもう我慢しなくていいですね。 大人しくしてたら随分なめられた事態になってしまったようで。 いいでしょう、それではご期待通りに悪女となってみせますよ! 淑女の時間は終わりました。 これからは──ブチギレタイムと致します!! ====== 筆者定番の勢いだけで書いた小説。 主人公は大人しく、悲劇のヒロイン…ではありません。 処刑されたら時間が戻ってやり直し…なんて手間もかけません。とっととやっちゃいます。 矛盾点とか指摘したら負けです(?) 何でもオッケーな心の広い方向けです。

処理中です...