アブソリュート・ババア

筧千里

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vsボス

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 ボス部屋。
 その存在は、第一階層も第二階層も変わらないらしい。
 そして相手がボスである以上、ウィルはどう動くのが最善なのだろうか。そのあたりが全く分からない。第一階層のゴーレムは、ヒルデガルトがいつも一撃で倒すし。

「ボスとの戦いは、盾役タンクの動きが重要になってくるもんだ」

「そうなんすか?」

「ああ。まぁ、あたしなら一撃でやれるが、折角の機会だ。ちょいと動き方を学んでみるといい」

「……それなら一撃で倒して」

「お前さんの勉強さね」

「うす」

 ヒルデガルトの言葉に、頷く。
 本来ならさっさと次に進むところを、ウィルに勉強させてくれるのだ。ならばウィルは、それを正しい機会だと考えて臨むべきだろう。
 ふー、と大きく息を吐く。全面兜フルフェイスに跳ね返って、兜の中がむわっと蒸れるような感覚がした。

「ボス相手の盾役タンクの動き方は、相手の攻撃を全て受けることだ」

「……俺死なないすか?」

「そのために回復役ヒーラーがいる。今までみたいに、ただ引きつけるだけじゃない。死ぬほど痛い攻撃を何度も何度も受けるんだ。んで、そのたびに回復をされる。それが盾役タンクって地獄の役割さ」

「……うす」

 死ぬほど痛い攻撃を、何度も何度も受ける。
 想像するだけで地獄だが、しかしそれもハンターとして生きることを選んだウィルにしてみれば、やらなければならないことだ。
 かははっ、とそこでアネットが笑う。

「そんなに脅してばっかりじゃ、ウィルくんがやる気をなくすぞい」

「あたしが喋ってんのは、事実だけだよ」

「それより、楽しい話をせんかの? ボスの魔石は、高い値段で売れるぞい」

「本当すか?」

「第一階層のゴーレムは全く売れんが、第二階層のボスに挑む奴はそんなにおらんのじゃ。じゃから、割と高値で売れるんじゃよ」

「おぉ……!」

 そう、そういう話が聞きたかった。
 地獄のような盾役タンクをやることで、攻撃役アタッカーが攻撃に集中することができ、その上で得るものが多い。それがハンターの生き方なのだ。
 気合いを入れよう。

「それで、ボスって何なんすか?」

「ここのボスは……まぁ、見りゃ分かるよ」

「ひとまず、補助バフかけておくぞい」

 アネットが呪文を唱えて、ウィルに補助魔術をかける。
 体が軽くなり、力が増し、そして気合いがみなぎってくる。ヒルデガルトが多くを語らないということは、本当に見れば分かるということだろう。
 その上で、ウィルは立ち回り、戦わなければならない――。

「行くよ」

「うす」

 短いヒルデガルトの言葉に頷いて。
 そして、扉が開かれる――。

「――っ!」

 思わず、息を呑んだ。
 その内部は、巨大な広間。岩壁に囲まれた、洞窟のような暗さの空間である。
 その中央に座しているのは。

 巨大な、蟻。

「第二階層のボス、ギガントアントだ」

「グルル……」

 蟻は、扉を開いて入ってくるこちらを見据えて。
 それから、ギチギチと牙を鳴らして雄叫びを上げた。

「グォォォォォォォォォッ!!!!」

「こいつの外皮は、まともな攻撃じゃ傷一つつかない。主な攻撃手段は前脚での攻撃と、牙での噛みつき。あとは時々、蟻酸で溶かしてくる。それを前提に気合いを見せろ」

「もうちょっとその情報早く言ってくれません!?」

 ひゅんっ、とヒルデガルトがやや高い位置へと、アネットとシャロンの二人を運ぶ。
 自然、蟻とウィルは睨み合う形となった。

「あと、アネットのかけた補助バフの一つに、挑発気プロボックオーラってのがある。そいつは、基本的にはお前さんだけを狙うから、そのつもりで頑張れ」

「いらない情報をっ! ありがとうござい、ますっ!」

 背中に設置してある、大剣を手に構える。
 巨大なそれは大剣としても、鈍器としても使えるものだ。そして同時に、盾としても使うことができる。
 蟻が前脚で薙いできた攻撃を、ウィルは慌てて大剣で受け止めた。
 この探索を終えたら、盾でも買わなきゃ――そう思いつつ。

「がはっ!」

 受け止めた大剣ごと、ウィルは吹き飛ばされた。
 恐ろしく強い力に、耐えることができなかった。岩壁に激突すると共に、骨が軋み砕ける感覚が分かる。少なくとも、大剣ごと左腕は砕かれたと考えていいだろう。
 激しい痛みに、気が狂いそうになる。

回復ヒール!」

「ぐ、ぅっ……!」

 砕かれた左腕が、回復してゆく。それと共に痛みは過ぎ去り、しかし痛みの残滓が漂っているような、奇妙な感覚が左腕に残った。
 ただの一撃。それも前脚での薙ぐような攻撃を受け止めただけで、この様。
 これを、繰り返す。それが、盾役タンクとしての働き。

「グォォォォォォッ!!」

「くっ……!」

 両足に力を込めて、体を低くし、前脚での攻撃に備える。
 闘気は、既に全力で纏っている状態だ。だというのに、この蟻の怪力の前では、ウィルの闘気ですら全く及ばない。
 これを一撃で倒すことができるとか、どれだけの化け物だというのだヒルデガルトは。
 ごうんっ、と風を裂くような音と共に、ウィルの大剣に前脚が激突した。

「ぐ、ぅっ……!」

 今度は、吹き飛ばされることなく、耐える。
 それでも、今にも吹き飛びそうなほどの怪力だ。肋骨の軋む音が響き、それが肺の腑を圧迫し、ウィルの喉から血が漏れる。
 しかし、すぐさまシャロンの回復がウィルに飛んできて、残るのは口の中にある血の味だけだ。

 これが、盾役タンク
 これが、ハンター。

「う、ぉぉぉぉぉっ!!」

 気合いを入れて。
 決して、ウィル以外に注意を向けさせまいと。
 ギチギチと鳴る牙の音を近くに感じて、ウィルは思わず伏せた。
 ウィルの本来、顔があった位置。そこを、蟻の巨大な牙が交差してゆく。

「まぁ、こんなもんでいいかね」

「痛そうじゃのぉ」

「それも勉強さ」

 たっ、と地を蹴る音。
 それがどこから発せられたのか分からない。しかし、その一瞬の音と共に。

「破閃っ!!」

 どうんっ、という激しい衝撃音。
 ギチギチと鳴る牙の交差が、そこで止まり。

 緑色の体液が、全身鎧のウィルにもかかった。
 全面兜フルフェイスの隙間から、倒れる蟻の姿が見える。その三つに分かれた体の、中央部分を破壊されて。

「さ、次行くよ」

 痛みに耐え、回復を受け、攻撃役アタッカーを信じる。
 その役割を、その地獄を、ウィルは自分の体で学んで。
 その上で、なおウィルは。

「うす」

 決して逃げはしない――そう、頷いた。
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