アブソリュート・ババア

筧千里

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治療院にて

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「よっ、と。もう大丈夫だな」

「はい、そうですね!」

 女性を肩にかついで、どうにか大迷宮の入り口に到着することができた。
 左手で肩に女性をかつぎ、右手一本で大剣を持っての移動はなかなか難しかった。もしも魔物が現れたらアネットに任せようかと思っていたが、一応ウィルも右手に剣を構えての移動だったのだ。
 幸い、魔物は現れることなく入り口へと到着できた。

「あとは、治療院に運べばいいだろう」

「ええ」

 大剣を背中に装着し、女性をかついだままで大迷宮の外――露店通りへと来ることができた。
 ウィルの半歩後ろを、アネットが追随する形だ。もう大迷宮からは出たことだし、別についてこなくてもいいのだけれど。
 かといって、そう言うと拒絶しているように感じられるかもしれないし、別についてくるくらいはいいだろう――そう思って、ウィルは何も言わなかった。
 周囲を探ってみるが、ヒルデガルトの姿はない。
 一応課題として「回復役ヒーラーを探してこい」と言われたわけであるし、それを達成する前に大迷宮を出てしまったことを咎められるかもしれないと思ったが。一応は緊急の事態であるため、許してくれると信じたい。

 女性を肩にかついだままで、露店街を抜けていく。
 いつぞや、食べに食べまくった日以降、露店の店主が「兄ちゃん! メシ食ってかねぇか!」などと声をかけてくることが多かったのだけれど、今日は特にそういった客引きの様子もなかった。
 特に後ろをついてくるアネットと会話をすることもなく、治療院に到着する。

「ええと……ここか」

「はい。ウィルさんは、治療院に来るのは初めてなんですか?」

「あ、ああ。特に今、パーティを組んでいるわけじゃないから」

 治療院は、基本的に回復役ヒーラーのいないパーティを組んでいるハンターのやってくる場所だ。
 大迷宮の中で怪我を負った場合、そのほとんどが回復薬ポーションを使用して治療するのである。だがポーションがなくなったり、ポーションでは治療しきることのできない大怪我を負った者などが運ばれてくるのが治療院だ。
 あとは、そんなポーションを売ってくれるのも治療院である。ウィルは最初の挑戦のとき露店でポーションを購入していたため、ここに来るのは初めてだった。
 受付らしい場所にいる女性に、話しかける。

「すみません」

「はい。そちらの方が患者さんですか?」

「あ、はい。そうです」

「では、こちらに寝かせてください。その後、神官による治療を行います」

 受付に言われた通りに、車輪のついた寝台の上に女性を寝かせる。
 それを手際よく、白衣に身を包んだ人たちが奥へと運んでいった。手際がいいのは、それだけ重篤な患者が多くやってくるからだろう。
 そして受付嬢は、ウィルに向けて一枚の紙を差し出してきた。

「では、こちらに患者の情報を書いてください」

「……え」

「お名前と職業、それにハンターランクと住所などですが」

「……いや、その」

 紙を受け取って、困惑する。
 ウィルはあの女性のパーティメンバーというわけでもないし、初対面である。住所どころか、名前すら知らないのが事実だ。
 この場合、一体どうすればいいのだろうか。
 そう、紙と受付嬢を交互に見ながら混乱していると。

「……もしかして、パーティメンバーではないのですか?」

「は、はい。彼女が怪我をしていたから、連れてきただけなんですけど……」

「あー……ええと、そうでしたか。でしたら、こちらの紙にはあなたの情報を記入してください」

「それでいいんですか?」

「ええ。こちらの紙はあくまで、治療院が治療費を請求する先の情報です。本来は患者本人に負担をしていただきますが、もしも患者が死亡したり、意識不明の状態が長く続くようであれば、同伴者に治療費の方を請求させていただきます」

「……」

 マジか。そう思いながら受付嬢を見るが、真剣な表情だった。
 いつぞや、ハンターの噂で「治療院は阿漕な商売だよなぁ」などと言っていたが、こういうことだったのか。
 だが確かに、助けたのはウィルだ。そして助けた以上、その治療に責任を持たなければなるまい。
 そしてアネットは、既に回復魔術を彼女に使ってくれたのだ。ウィルが何もしていない以上、この場で責任をとるべきはウィルである。

「わかり、ました……」

 受付嬢の言葉通りに、紙へと記入して提出する。
 どれほどの治療費がかかるかは分からないが、ひとまず彼女が回復してくれることを祈るしかない。
 そんなウィルを、どこか哀れそうにアネットが見つめていた。

「ウィルさん……」

「ああ、大丈夫だよアネット。アネットには、治療費の請求がいかないようにするから」

「……人を助けたのに、なんだか複雑な気持ちですね」

「俺もだよ」

 とりあえず、彼女の意識さえ戻ってくれれば、紙に記入をしてくれるだろう。
 さすがにこれで、「じゃ、あとはよろしく」と踵を返してしまったら、治療費の請求がそのままウィルに来ることになる。
 限りなく面倒ではあるけれど、治療が終わるまでここを離れることができない。

「はぁ……」

「あの、ウィルさん」

 アネットと並んで、受付から程近い椅子へと座る。
 すると、アネットの方からそう話しかけてきた。

「うん?」

「ウィルさんは、ハンターなんですよね?」

「ああ、そうだ。まだ『樫木オーク』だけど」

 ハンターの中でも、最低ランクである証――D級のハンタータグを見せる。
 今日倒したオーガーの魔石、牙を見せればこれが金属製になってくれるだろうか。少なくとも、オーガーを倒せるだけの実力はあると判断してもらいたいものである。
 しかしそんなウィルの言葉に、アネットは驚きの声を上げた。

「ウィルさんが、『樫木オーク』なんですか!?」

「まだ、駆け出しのハンターだからさ」

「そう、なんですか……そんなにもお強いのに、驚きました」

「いやいや……」

 つい、口元が緩んでしまう。
 ヒルデガルトの修行の甲斐あって、確かにウィルは以前よりも遥かに強くなった。以前のように、第一階層で死にそうになることはまずないだろう。何せ、オーガーを余裕で倒すことができたのだから。

「それに今、パーティも組まれていないと……」

「ああ、そうなんだ。実は探しているところで」

「そうですか!」

 アネットはそこで、嬉しそうに声を上げて手を叩いた。

「実はわたしも、パーティメンバーを探しているところでして」

「そうだったのか?」

「はい。以前のパーティは解散してしまったので、新しいところをと……」

「じゃあ……」

 これは、渡りに船というものではなかろうか。
 ヒルデガルトの課題は、『回復役ヒーラーを仲間にしろ』というものだった。そして横にいるアネットは、初歩とはいえ回復魔術が使える相手である。
 アネットが一緒に大迷宮に挑んでくれるのなら、それだけでウィルの生存率は跳ね上がるのだ。そしてアネットは今、パーティメンバーを募集している。
 しかも美少女だ。
 これは、何をどう考えても好機だと言っていいだろう。

「アネット」

「はい」

「良かったらでいいんだけど、俺とパーティを組んでくれないか?」

「ええ、喜んで!」

 アネットが、そう元気よく返事をして。
 こんなにも順調に課題をこなしていいのだろうか――そう、僅かに不安が過った。
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