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二人目のババア
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結論から言うと。
ウィルは、ぶっ飛ばされた。
「ぐお! ぐおおおおっ!!」
「さて、馬鹿弟子。紹介するよ。今回お前さんの修行を手伝ってくれる神官、シャロンだ。お前さんみたいな半人前に、協力してやろうなんてお人好し、他にいないよ。心して修行に励むんだね」
「ヒルダ、多分聞こえていないと思いますよ」
ウィルをぶっ飛ばすにあたっても、ちゃんと通行人に当たらない位置へと的確に吹っ飛ばしながら、しかし命に別状はないまでも超痛いという絶妙な手加減である。
しかし当の本人は、ぶっ飛ばされて大迷宮の入り口にある石壁で頭を打って、悶絶している状態だった。
神官のババアは相変わらず、にこにこと微笑んでいる。ヒルデガルトに一応は言うものの、その蛮行は止めないらしい。
「ああ、なんだい。あれくらいで何をそんなに痛がってんだよ」
「ぐあ、ぐあああああ!!」
「痛い程度で回りが見えなくなるくらいじゃ、迷宮では生きていけないよ。もうちょいと気張りな。あと、あたしをババアと呼ぶんじゃないよ」
「も、申し訳、ありませんっ……!」
心の底では「何しやがんだこのクソババア!!」と叫びたい気持ちでいっぱいだが、かといってこれ以上痛めつけられたくもないため、口から漏れ出たのはそんな素直な謝罪だった。ウィルは世渡りのできる男である。
暫くそう悶絶しつつ、頭を押さえていると。
「頭に血が上りやすいのは、昔から変わりませんね。ヒルダ」
「なぁに。昔に比べりゃ手加減は上手くなったさ」
「とはいえ、若者がいつまでも痛がっている姿を見るのは、趣味ではありませんので」
つかつか、と二人目のババアがウィルへと近付いて。
その、杖の先端の輪をしゃらん、と鳴らして力ある言葉を告げた。
「――回復」
「え……」
言葉と共に、暖かな光がウィルの頭を包む。
それに伴い、ウィルの頭を襲っていた激しい痛みは次第に引いてゆき、血が出ていたであろう後頭部の傷がどんどん塞がってゆくのが分かる。そして僅かな時間の後には、まるで何事もなかったかのように回復していた。
生まれて初めて与えられた、神官の回復魔術。
まるで人体の法則を無視するようなその所業に、ただただ驚くしかなかった。
「す、すげぇ……」
「なんだいお前さん、回復魔術を受けるのは初めてかい」
「は、はい。その……ありがとう、ございます」
「いいえ。今日は、あなたのサポートをするように言われていますからね」
うふふ、と微笑む神官ババア。
これが若いお姉さんなら惚れてしまっていたかもしれないが、残念ながら目の前にいるのはババアである。痩せ型ババアのヒルデガルトと違って、こちらはふっくらババアという感じだ。
優しそうではあるが、しかしちらりと耳にしたその名前は――。
「その……神官の、シャロン……?」
「ええ。わたくし、シャロン・カザールと申します。よろしくお願いします」
「ちらっと話しただろう、馬鹿弟子。あたしの昔の、パーティメンバーだった奴だよ」
それは以前、大迷宮の中で聞いた名前。
ヒルデガルトが並べていた、かつてのパーティメンバー。その中の一人であり、伝説にも残っている神官が一人。
名を、シャロン・カザール。
かつて呼ばれた名を――『無類の癒し手』。
「お、『無類の癒し手』、の……?」
「おや。随分昔に呼ばれた名前を、よく知っていますね」
「そ、そりゃあ……!」
少なくともウィルだけでなく、大迷宮に挑むハンターならば誰もが耳にしたこともある、
最強の神官だ。
どのような傷も一瞬で癒し、その強化魔術は子供ですら魔物を吹き飛ばさせる代物。挙げ句の果てには、死者すら生き返らせることができると噂に流れるほどの存在だ。
かつて、ヒルデガルトと共に迷宮の最奥に潜った、最強のパーティにいた一人である。
まさか、こんなババアの状態で出会うことになるとは思わなかったが。
「『無の五人』の話は、子供の頃から、何度も聞いたことがありますっ!」
『無の五人』。
それはかつて存在した、パーティメンバーの五人全員が『白金』――S級ハンターだけで構成された、最強のハンター集団である。
『無敵の女王』ヒルデガルト。
『無双の剣王』アレキサンダー。
『無類の癒し手』シャロン。
『無極の魔導師』クロ。
『無慈悲の斧』アネット。
全て、その二つ名の先頭に『無』を冠することから呼ばれた名前だ。
彼らが大迷宮を進んだ先は、全てが『無』になる。全ての魔物が『無』と化す。そのような伝説を、寝物語に何度聞いたことか。
「わたしたちも有名になったものですね、ヒルダ」
「ま、あたしともう一人以外は、もう引退しちまってるがね。喜びな、馬鹿弟子。今回は、わざわざ引退したシャロンを連れてきてやったんだ」
「そ、そうだったんすか!」
「忙しい中、わざわざ来てくれたんだ。心の底からあたしとシャロンに感謝しろ」
「別に忙しくはありませんよ。主人ももう亡くなりましたし、お茶を飲むだけで毎日終わります」
「そういうことを言うんじゃないよ、シャロン」
神官ババア――シャロンの言葉に、そう溜息を吐くヒルデガルト。
そして同時に、頭の中にぽかぽかとした陽気の中、椅子に腰掛けてお茶を飲んでいるシャロンの姿が物凄くナチュラルに思い浮かんだ。物凄くしっくりくる。
だが、感謝はしておくべきだろう。わざわざ、引退した『無類の癒し手』を連れてきてくれたのだから。
「ありがとうございます! 今日は、よろしくお願いします!」
「ふふ。素直な少年ですね」
「ま、無駄話はそこまでだ。さっさと行くよ。時間は有限だ」
ほれ、と顎でウィルにそう示すヒルデガルト。
確かに、時間は有限だ。ウィルはこれから、ヒルデガルト曰くたったの三日で、第一階層を余裕で突破できるだけ強くならねばならないのだから。
そのために何をするのかは、さっぱり分からないが。
「ふふ。ウィル君、でよかったかしら?」
「あ、はい! ウィルといいます! よろしくお願いします!」
「ヒルダが珍しく、あなたのことは褒めていましたよ。今時いない若者だと」
「え……マジすか?」
ヒルデガルトの背中を追いながら、隣を歩くシャロンがそう言ってくる。
そんな言葉に、どきりと心臓が跳ねた。
酒場では才能の欠片もないとか、勘も悪いし要領も悪いとか、ひどい言葉ばかり言われたのに。
「ええ。根性のある若者だと、そう言っていましたよ」
「そ、そう、なんすか……」
「ですから、手加減はするなと言われています。今日はびしびしいきますよ」
「……」
根性のある若者だと、そう言ってもらえるのは嬉しい。
だがこれから、どれほど無茶な修行をされるのだろう。想像することもできない。
「もたもたしてんじゃないよ! きりきり走りな!」
「は、はいっ!!」
そうヒルデガルトの怒声を浴びて、ウィルは走る。
弟子になって初日。
ウィルの、地獄のような修行が――幕を開けた。
ウィルは、ぶっ飛ばされた。
「ぐお! ぐおおおおっ!!」
「さて、馬鹿弟子。紹介するよ。今回お前さんの修行を手伝ってくれる神官、シャロンだ。お前さんみたいな半人前に、協力してやろうなんてお人好し、他にいないよ。心して修行に励むんだね」
「ヒルダ、多分聞こえていないと思いますよ」
ウィルをぶっ飛ばすにあたっても、ちゃんと通行人に当たらない位置へと的確に吹っ飛ばしながら、しかし命に別状はないまでも超痛いという絶妙な手加減である。
しかし当の本人は、ぶっ飛ばされて大迷宮の入り口にある石壁で頭を打って、悶絶している状態だった。
神官のババアは相変わらず、にこにこと微笑んでいる。ヒルデガルトに一応は言うものの、その蛮行は止めないらしい。
「ああ、なんだい。あれくらいで何をそんなに痛がってんだよ」
「ぐあ、ぐあああああ!!」
「痛い程度で回りが見えなくなるくらいじゃ、迷宮では生きていけないよ。もうちょいと気張りな。あと、あたしをババアと呼ぶんじゃないよ」
「も、申し訳、ありませんっ……!」
心の底では「何しやがんだこのクソババア!!」と叫びたい気持ちでいっぱいだが、かといってこれ以上痛めつけられたくもないため、口から漏れ出たのはそんな素直な謝罪だった。ウィルは世渡りのできる男である。
暫くそう悶絶しつつ、頭を押さえていると。
「頭に血が上りやすいのは、昔から変わりませんね。ヒルダ」
「なぁに。昔に比べりゃ手加減は上手くなったさ」
「とはいえ、若者がいつまでも痛がっている姿を見るのは、趣味ではありませんので」
つかつか、と二人目のババアがウィルへと近付いて。
その、杖の先端の輪をしゃらん、と鳴らして力ある言葉を告げた。
「――回復」
「え……」
言葉と共に、暖かな光がウィルの頭を包む。
それに伴い、ウィルの頭を襲っていた激しい痛みは次第に引いてゆき、血が出ていたであろう後頭部の傷がどんどん塞がってゆくのが分かる。そして僅かな時間の後には、まるで何事もなかったかのように回復していた。
生まれて初めて与えられた、神官の回復魔術。
まるで人体の法則を無視するようなその所業に、ただただ驚くしかなかった。
「す、すげぇ……」
「なんだいお前さん、回復魔術を受けるのは初めてかい」
「は、はい。その……ありがとう、ございます」
「いいえ。今日は、あなたのサポートをするように言われていますからね」
うふふ、と微笑む神官ババア。
これが若いお姉さんなら惚れてしまっていたかもしれないが、残念ながら目の前にいるのはババアである。痩せ型ババアのヒルデガルトと違って、こちらはふっくらババアという感じだ。
優しそうではあるが、しかしちらりと耳にしたその名前は――。
「その……神官の、シャロン……?」
「ええ。わたくし、シャロン・カザールと申します。よろしくお願いします」
「ちらっと話しただろう、馬鹿弟子。あたしの昔の、パーティメンバーだった奴だよ」
それは以前、大迷宮の中で聞いた名前。
ヒルデガルトが並べていた、かつてのパーティメンバー。その中の一人であり、伝説にも残っている神官が一人。
名を、シャロン・カザール。
かつて呼ばれた名を――『無類の癒し手』。
「お、『無類の癒し手』、の……?」
「おや。随分昔に呼ばれた名前を、よく知っていますね」
「そ、そりゃあ……!」
少なくともウィルだけでなく、大迷宮に挑むハンターならば誰もが耳にしたこともある、
最強の神官だ。
どのような傷も一瞬で癒し、その強化魔術は子供ですら魔物を吹き飛ばさせる代物。挙げ句の果てには、死者すら生き返らせることができると噂に流れるほどの存在だ。
かつて、ヒルデガルトと共に迷宮の最奥に潜った、最強のパーティにいた一人である。
まさか、こんなババアの状態で出会うことになるとは思わなかったが。
「『無の五人』の話は、子供の頃から、何度も聞いたことがありますっ!」
『無の五人』。
それはかつて存在した、パーティメンバーの五人全員が『白金』――S級ハンターだけで構成された、最強のハンター集団である。
『無敵の女王』ヒルデガルト。
『無双の剣王』アレキサンダー。
『無類の癒し手』シャロン。
『無極の魔導師』クロ。
『無慈悲の斧』アネット。
全て、その二つ名の先頭に『無』を冠することから呼ばれた名前だ。
彼らが大迷宮を進んだ先は、全てが『無』になる。全ての魔物が『無』と化す。そのような伝説を、寝物語に何度聞いたことか。
「わたしたちも有名になったものですね、ヒルダ」
「ま、あたしともう一人以外は、もう引退しちまってるがね。喜びな、馬鹿弟子。今回は、わざわざ引退したシャロンを連れてきてやったんだ」
「そ、そうだったんすか!」
「忙しい中、わざわざ来てくれたんだ。心の底からあたしとシャロンに感謝しろ」
「別に忙しくはありませんよ。主人ももう亡くなりましたし、お茶を飲むだけで毎日終わります」
「そういうことを言うんじゃないよ、シャロン」
神官ババア――シャロンの言葉に、そう溜息を吐くヒルデガルト。
そして同時に、頭の中にぽかぽかとした陽気の中、椅子に腰掛けてお茶を飲んでいるシャロンの姿が物凄くナチュラルに思い浮かんだ。物凄くしっくりくる。
だが、感謝はしておくべきだろう。わざわざ、引退した『無類の癒し手』を連れてきてくれたのだから。
「ありがとうございます! 今日は、よろしくお願いします!」
「ふふ。素直な少年ですね」
「ま、無駄話はそこまでだ。さっさと行くよ。時間は有限だ」
ほれ、と顎でウィルにそう示すヒルデガルト。
確かに、時間は有限だ。ウィルはこれから、ヒルデガルト曰くたったの三日で、第一階層を余裕で突破できるだけ強くならねばならないのだから。
そのために何をするのかは、さっぱり分からないが。
「ふふ。ウィル君、でよかったかしら?」
「あ、はい! ウィルといいます! よろしくお願いします!」
「ヒルダが珍しく、あなたのことは褒めていましたよ。今時いない若者だと」
「え……マジすか?」
ヒルデガルトの背中を追いながら、隣を歩くシャロンがそう言ってくる。
そんな言葉に、どきりと心臓が跳ねた。
酒場では才能の欠片もないとか、勘も悪いし要領も悪いとか、ひどい言葉ばかり言われたのに。
「ええ。根性のある若者だと、そう言っていましたよ」
「そ、そう、なんすか……」
「ですから、手加減はするなと言われています。今日はびしびしいきますよ」
「……」
根性のある若者だと、そう言ってもらえるのは嬉しい。
だがこれから、どれほど無茶な修行をされるのだろう。想像することもできない。
「もたもたしてんじゃないよ! きりきり走りな!」
「は、はいっ!!」
そうヒルデガルトの怒声を浴びて、ウィルは走る。
弟子になって初日。
ウィルの、地獄のような修行が――幕を開けた。
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