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成果報告
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いつも通り、閑古鳥の鳴いているハンターギルド。
キティ・ユンカースはいつもと同じく、大迷宮に挑むハンターがいればその申請を受け付け、空いた時間があれば書類整理という形で今日も勤務していた。常にハンターの来訪を待つだけのこの仕事は、公的機関に雇われていることもあり金払いも良く、また残業もほとんどない。勤務時間中、死ぬほど退屈であることを除けば良い仕事だ。
現在、大迷宮に潜っているハンターのリストは揃えたし、救助要請が必要なパーティもリストアップしてある。今日のところは救助が必要なパーティはいないことが、唯一の救いだろうか。
「邪魔するよ」
「あ、ヒルデガルトさん! こんにちは!」
そして、そんなハンターギルドに現れる老婆。
こちらも、いつも通りに漆黒の外套に身を包み、その目元をフードで隠している。キティにしてみれば見慣れた姿であり、ハンタータグ一枚につき銀貨一枚という割に合わない救助要請を受けてくれる、数少ない貴重な存在だ。
じゃらっ、とヒルデガルトが受付のデスクに三枚の青銅を置く。
それは今日の朝、キティがヒルデガルトに依頼した救助要請の結果だ。
やはり、間に合わなかった――そんな寂寥に、キティは一瞬だけ眉を下げる。
「パーティ『極天』、三人のハンタータグだ。確認しとくれ」
「はい。いつもありがとうございます」
「すまないね。間に合わなかったよ」
「……いえ。彼らの実力が足りなかったのでしょう」
基本的に閑古鳥であるハンターギルドで受付をしているのはキティともう一人だけで、もう一人はキティの休日――ハンターギルドの定休日に、緊急の案件だけ受け付けている存在だ。つまり、現在大迷宮に潜っているその全員、キティが申請を受けていると言ってもいい
。
パーティ『極天』――彼らの申請を受け付けたのも、キティだった。
気持ちの良い豪快な男性を中心とした、三人パーティ。彼らの「がはは!」という笑い声が、今にも聞こえるようにすら思える。
こんな風に、申請を受け付けたパーティが全滅したという報告を、聞いたのは何度目になるだろう。
「……はい。確認が取れましたので、こちら報酬の銀貨三枚です」
「ありがとうよ。次の案件はあるかい?」
「現在のところ、救助要請が必要なパーティはいませんね。もう数日もすれば、何組かのパーティが帰ってくる予定にはなっていますが……」
「ああ、分かった。それじゃ、三日後にでもまた寄らせてもらうよ」
キティからすれば、その何組かのパーティたちにも無事に帰ってきてほしいものだ。
だけれど、大迷宮では何が起こるか分からない。例え分相応な階層に挑んでいたとしても、滅多に現れない魔物が出現したせいで全滅することもある。道中、何らかの事故が起こったことにより回復役の神官を失い、そのまま全滅したという例もある。
キティはハンター全員の名簿の中から、『極天』に所属していた三名の書類を抜き取り、そのまま廃棄用の箱へと入れた。
こんなにも簡単に、三人のハンターが生きた証は失われる。
「そういえば、彼はどうでした?」
「うん?」
「彼です。ヒルデガルトさんに弟子入りをしたいって言っていた」
「あー……」
なんとなく、暗い気分を払拭するために、そう話題を振ってみる。
名前はウィル。典型的な、田舎から出てきたばかりの新人ハンターだ。キティの説明も話半分にしか聞いておらず、すぐにでも大迷宮に挑みたいと血気盛んだったことを覚えている。
一応、「新人は第一階層の第二地点くらいで力試しをした方がいいですよ」と忠告はしたが、あまり聞いていない様子だった。冷たいかもしれないが、長くは保たないだろうなと考えてしまったのも記憶に新しい。
そのまま大迷宮の中で散ってゆく新人など、キティは今まで何人も見てきたのだから。
だから、ヒルデガルトに助けられたとはいえ初陣を生き残り、何故かヒルデガルトに弟子入りを懇願していたウィルは、印象深い。
「まぁ、鍛えりゃそこそこのハンターにはなるだろうよ。あとは、あいつがどこまでついて来られるかだね」
「おや。弟子に取ることにしたんですか?」
「熱意に負けたよ。何度も止めはしたんだがね」
「ウィルさん、良かったですね」
「こっちは、ちっとも良くないよ」
はぁぁぁ、と大袈裟に溜息を吐くヒルデガルト。
「弟子なんざ、もう取るつもりはなかったんだよ。あたしもいい年だ。もう、自分のことだけで精一杯だっつってんのにね」
「まぁ、ここのところ毎日いましたからね。絶対に弟子入りしたい、って言って」
「まったく、こっちは迷惑極まりないよ。大体、あたしに弟子入りしたからって何が変わるってんだい。強くなる奴は、放っといても勝手に強くなるさ」
「あはは……」
ぶつぶつと文句を言うヒルデガルトに、キティはそう愛想笑いしか返せない。
だが、どこか嬉しそうに見えるのは気のせいだろうか。
キティも今まで、ヒルデガルトに救われた新人ハンターは何人も見てきた。ある者はヒルデガルトとの力の差に絶望して郷里へ帰り、ある者は分相応な仕事をしようと街で仕事を求めた。中には、「今回のことは運が悪かっただけだ……」などと言って再び大迷宮に挑み、帰らなかった者もいる。
だがキティの知る限り、ヒルデガルトに弟子入りを求めたのは、ウィルだけだった。
「ま、出来る限りは鍛えてやるさ。一度あたしの弟子になった以上、あいつには地獄を見てもらうことにするよ」
「地獄、ですか……?」
「当然さね。二、三回は死んでもらうことにするよ」
「人間、一回死ぬと死んじゃうと思うんですけど……」
そんなヒルデガルトの言葉に、キティは苦笑交じりにそんな言葉しか返すことができなかった。
キティの知っている人間というのは、一度死ぬとそれで終わりだと思うのだが。
「ほう、弟子か」
「ん……?」
「あ……ギルド長!」
そんなキティとヒルデガルトの間に、口を挟む嗄れた声。
それはキティの上司であり、このハンターギルドの運営を任されている老人――そして、かつてS級ハンターとして大迷宮の最前線にいた男。
総白髪になった頭に、顔立ちに深く刻まれた皺。しかしその肉体は筋骨隆々であり、現在も鍛えているのだということが知れる。右目の上から頬にかけて付けられた三本の裂傷痕と、その左腕の肩から先がないことが、まず目に入るだろうか。
片腕を失い、衰えた今でも、その覇気は大地を震わせるかのように。
「なんだい、あんたかい」
「久しいな、ヒルダ。どうだ、奥で茶でも飲まんか?」
その名は、アレキサンダー・ガリウス。
かつて呼ばれた名を、『無双の剣王』。
キティ・ユンカースはいつもと同じく、大迷宮に挑むハンターがいればその申請を受け付け、空いた時間があれば書類整理という形で今日も勤務していた。常にハンターの来訪を待つだけのこの仕事は、公的機関に雇われていることもあり金払いも良く、また残業もほとんどない。勤務時間中、死ぬほど退屈であることを除けば良い仕事だ。
現在、大迷宮に潜っているハンターのリストは揃えたし、救助要請が必要なパーティもリストアップしてある。今日のところは救助が必要なパーティはいないことが、唯一の救いだろうか。
「邪魔するよ」
「あ、ヒルデガルトさん! こんにちは!」
そして、そんなハンターギルドに現れる老婆。
こちらも、いつも通りに漆黒の外套に身を包み、その目元をフードで隠している。キティにしてみれば見慣れた姿であり、ハンタータグ一枚につき銀貨一枚という割に合わない救助要請を受けてくれる、数少ない貴重な存在だ。
じゃらっ、とヒルデガルトが受付のデスクに三枚の青銅を置く。
それは今日の朝、キティがヒルデガルトに依頼した救助要請の結果だ。
やはり、間に合わなかった――そんな寂寥に、キティは一瞬だけ眉を下げる。
「パーティ『極天』、三人のハンタータグだ。確認しとくれ」
「はい。いつもありがとうございます」
「すまないね。間に合わなかったよ」
「……いえ。彼らの実力が足りなかったのでしょう」
基本的に閑古鳥であるハンターギルドで受付をしているのはキティともう一人だけで、もう一人はキティの休日――ハンターギルドの定休日に、緊急の案件だけ受け付けている存在だ。つまり、現在大迷宮に潜っているその全員、キティが申請を受けていると言ってもいい
。
パーティ『極天』――彼らの申請を受け付けたのも、キティだった。
気持ちの良い豪快な男性を中心とした、三人パーティ。彼らの「がはは!」という笑い声が、今にも聞こえるようにすら思える。
こんな風に、申請を受け付けたパーティが全滅したという報告を、聞いたのは何度目になるだろう。
「……はい。確認が取れましたので、こちら報酬の銀貨三枚です」
「ありがとうよ。次の案件はあるかい?」
「現在のところ、救助要請が必要なパーティはいませんね。もう数日もすれば、何組かのパーティが帰ってくる予定にはなっていますが……」
「ああ、分かった。それじゃ、三日後にでもまた寄らせてもらうよ」
キティからすれば、その何組かのパーティたちにも無事に帰ってきてほしいものだ。
だけれど、大迷宮では何が起こるか分からない。例え分相応な階層に挑んでいたとしても、滅多に現れない魔物が出現したせいで全滅することもある。道中、何らかの事故が起こったことにより回復役の神官を失い、そのまま全滅したという例もある。
キティはハンター全員の名簿の中から、『極天』に所属していた三名の書類を抜き取り、そのまま廃棄用の箱へと入れた。
こんなにも簡単に、三人のハンターが生きた証は失われる。
「そういえば、彼はどうでした?」
「うん?」
「彼です。ヒルデガルトさんに弟子入りをしたいって言っていた」
「あー……」
なんとなく、暗い気分を払拭するために、そう話題を振ってみる。
名前はウィル。典型的な、田舎から出てきたばかりの新人ハンターだ。キティの説明も話半分にしか聞いておらず、すぐにでも大迷宮に挑みたいと血気盛んだったことを覚えている。
一応、「新人は第一階層の第二地点くらいで力試しをした方がいいですよ」と忠告はしたが、あまり聞いていない様子だった。冷たいかもしれないが、長くは保たないだろうなと考えてしまったのも記憶に新しい。
そのまま大迷宮の中で散ってゆく新人など、キティは今まで何人も見てきたのだから。
だから、ヒルデガルトに助けられたとはいえ初陣を生き残り、何故かヒルデガルトに弟子入りを懇願していたウィルは、印象深い。
「まぁ、鍛えりゃそこそこのハンターにはなるだろうよ。あとは、あいつがどこまでついて来られるかだね」
「おや。弟子に取ることにしたんですか?」
「熱意に負けたよ。何度も止めはしたんだがね」
「ウィルさん、良かったですね」
「こっちは、ちっとも良くないよ」
はぁぁぁ、と大袈裟に溜息を吐くヒルデガルト。
「弟子なんざ、もう取るつもりはなかったんだよ。あたしもいい年だ。もう、自分のことだけで精一杯だっつってんのにね」
「まぁ、ここのところ毎日いましたからね。絶対に弟子入りしたい、って言って」
「まったく、こっちは迷惑極まりないよ。大体、あたしに弟子入りしたからって何が変わるってんだい。強くなる奴は、放っといても勝手に強くなるさ」
「あはは……」
ぶつぶつと文句を言うヒルデガルトに、キティはそう愛想笑いしか返せない。
だが、どこか嬉しそうに見えるのは気のせいだろうか。
キティも今まで、ヒルデガルトに救われた新人ハンターは何人も見てきた。ある者はヒルデガルトとの力の差に絶望して郷里へ帰り、ある者は分相応な仕事をしようと街で仕事を求めた。中には、「今回のことは運が悪かっただけだ……」などと言って再び大迷宮に挑み、帰らなかった者もいる。
だがキティの知る限り、ヒルデガルトに弟子入りを求めたのは、ウィルだけだった。
「ま、出来る限りは鍛えてやるさ。一度あたしの弟子になった以上、あいつには地獄を見てもらうことにするよ」
「地獄、ですか……?」
「当然さね。二、三回は死んでもらうことにするよ」
「人間、一回死ぬと死んじゃうと思うんですけど……」
そんなヒルデガルトの言葉に、キティは苦笑交じりにそんな言葉しか返すことができなかった。
キティの知っている人間というのは、一度死ぬとそれで終わりだと思うのだが。
「ほう、弟子か」
「ん……?」
「あ……ギルド長!」
そんなキティとヒルデガルトの間に、口を挟む嗄れた声。
それはキティの上司であり、このハンターギルドの運営を任されている老人――そして、かつてS級ハンターとして大迷宮の最前線にいた男。
総白髪になった頭に、顔立ちに深く刻まれた皺。しかしその肉体は筋骨隆々であり、現在も鍛えているのだということが知れる。右目の上から頬にかけて付けられた三本の裂傷痕と、その左腕の肩から先がないことが、まず目に入るだろうか。
片腕を失い、衰えた今でも、その覇気は大地を震わせるかのように。
「なんだい、あんたかい」
「久しいな、ヒルダ。どうだ、奥で茶でも飲まんか?」
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