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次元の違う強さ
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「グォォォォォォォッ!!」
ババ――ヒルデガルトの態度に業を煮やしたのか、オーガーがそう咆哮する。その雄叫びだけで、並の人間ならば震え上がるほどの威圧だ。
だがヒルデガルトは、何故か若返った体で不敵に笑みを浮かべ、オーガーへ向けて挑発するように指をくいっ、と動かした。
「来な」
「グォォォォォォォッ!!」
総勢、十体を超えるオーガーの群れがヒルデガルトへと襲いかかる。
最も小さい個体でさえ、ウィルが見上げるほど巨大なそれだ。それぞれが剣や斧、槍や棍棒――オーガーの巨体が持つには、随分と小さめのそれらを構えている。恐らくその大きさから考えるに、この迷宮に挑んだハンターたちの置き土産を使っているのだろう。
その武器たちを持っていたはずの主がどうなったのかは、語るに及ばずだ。
「ふんっ!」
人鬼の動きは鈍重だ。一匹や二匹を相手にするのであれば、距離を取りつつ攻撃を重ねることで倒せるかもしれない。
だけれど、目の前にいるのは十を超える群れだ。一匹一匹の動きは鈍くとも、それが絶え間ない攻撃となれば避け続けることは不可能である。
だがヒルデガルトはその両手に何も持たず、ただ黒い布に包まれた拳二つでオーガーの群れを相手にする。
突き出された剣を手刀で叩き落とし
振り下ろされた斧を裏拳で弾き。
繰り出された槍を踏みつけ。
振り回される棍棒を拳で打ち砕く。
まるで両の拳が鋼でできているかのように、その拳先はオーガーたちの武器を破壊し、無力化し、時には奪う。それはオーガーたちの繰り出す武器の群れに、何一つ当たることなく。
華麗な演舞を踊っているかのようにすら見える、流麗な戦い。
死角から襲ってくる武器でさえ目もくれずに叩き落とすそれは、最早達人技とさえ呼べるものだろう。
「破ぁっ!」
そしてヒルデガルトの拳が繰り出す一撃は、それぞれが必殺。
ろくな体重も乗せずに放ったであろう突きが、オーガーの腹を打ち貫く。無駄に生命力の高いオーガーといえど、さすがに内臓を破壊されては動けぬとばかりに倒れ込んだ。
そして、倒れたオーガーの頭を踏み台にして跳躍し、次に控えるオーガーの頭を蹴り抜く。それはまるで一つの巨大な刃であるかのように、オーガーの頭と胴に永劫の別れを与えさせた。
流れるように、そこからも繰り出される連撃。
全身が凶器であるかのように、肘で打てばそこが裂け、膝で打てばそこが貫かれ、肩からぶつかればオーガーの巨体が吹き飛ぶ。
一体、どれほどの力を得ることができれば、このようなことが可能なのだろう。
一体、どれほどの修練を重ねれば、これだけの力を得られるのだろう。
町一番の強さを誇っていたウィルなど嘲笑うような、そんな凄まじい達人の戦い。
時間にしてみれば、ほんの刹那。
ウィルには、目で追うことしかできなかった攻防。
その結果は――無傷のヒルデガルトを前に、五匹のオーガーが死んでいるという状況だ。
「グル……」
「グォォ……」
直情的に向かってきていたはずのオーガーたちが、僅かに退くのが分かる。
ほんの刹那で、五匹の同胞が消えた――彼らからは、そんな風に感じるだろう。そして彼らの断罪を与えた相手は、傷一つ負うことなく佇んでいるのだ。
ただ、泰然と。
ただ、超然と。
「おっと、やっと分かったかい。オーガーども」
「……」
「そうさ。ここは最初っから地獄の入り口だ。あたしの前に現れた時点で、魔物の行く末なんて決まってんだよ」
「グ、ル……」
「今死ぬか、ちょっと後で死ぬか。どっちかだ」
圧倒的なまでの威圧。
それは本来、種として退くことのないオーガーさえ退かせるもの。
オーガーは本来、非常に好戦的な魔物だ。
どれだけ大勢の人間を相手にしても向かってくるし、どれほど致命傷を負っても前に出てくるとさえ言われているものだ。中には、行軍する部隊の前に一匹で現れることすらあるという。
だが、そんなオーガーの群れが、畏れた。
たった一人――その目の前に立つ女、ヒルデガルトを。
「グルル……」
のそりと、オーガーの群れ――その中でも一際巨大な者が、一歩前に出る。
ウィルにしてみれば、冗談のような大きさの怪物だ。縦にはウィルの三倍以上、横にはウィルの五倍はあるかと思えるような、巨人である。それが拳の先に、恐らく重戦士が構えていたのだろう盾を携えている。
人間サイズならば盾だろうけれど、巨人のサイズとなればそれは鉄拳だ。
しかし、ヒルデガルトはそんな巨人――人鬼頭を前にしても、まだ余裕の笑みを崩していない。
「さて、小僧」
「は、はひっ!?」
「お前さんは、どうすれば強いハンターになれると思う」
「へ……?」
思わぬヒルデガルトからの質問に、ウィルは戸惑う。
強いハンター。それは確かに、ウィルも目指している存在だ。そしてヒルデガルトは、ウィルなど足下にも及ばないであろうハンターである。
だけれど、そこを考えたことはなかった。なんとなく、大迷宮を攻略していくうちに、自然と強くなっていくんじゃないかとか――そんな風に、思っていた。
「それが分からないうちは、三流だ。分かってようやく二流。実践できて、やっと一流のハンターだよ」
「そ、それ、は……」
ヒルデガルトの言葉に、思わず息を呑む。
ウィルは、ハンターになるためにこの街を訪れた。だけれど実際、初めて大迷宮に潜った結果がこの体たらくだ。
故郷に逃げ帰ったところで、仕事などない。仮に再び警備隊に入隊できたとしても、生涯を薄給で過ごす羽目になる。だったら、この街でハンターとして一流の男になりたい。
そのために、必要なこと――それは。
「愚図でも、鈍間でもできることさ。生き延びろ。無理をするな。自分の限界を知った上で、いける場所まで挑戦しろ。今日できなかったことは明日やれ。明日もできないならできるまで努力しろ。それでも駄目なら仲間を頼れ」
「えっ……」
「大迷宮の新人は、大抵初めての挑戦で死ぬ。あたしも詳しい数は知らんが、半分は死んでるだろうね。当たり前さ。初めて挑戦する奴なんて、歩き方も教わってない赤ん坊みたいなもんだよ」
「そん、な……」
恐怖に、歯の根が震える。
初めての挑戦で、大抵死ぬ――まさに、ウィルもその危機だったのだ。
もしもヒルデガルトが来てくれていなければ、今頃は人鬼の腹の中にいたかもしれない。そう考えると、背筋にぞっとするような寒さが走った。
「あとね」
「は、はいっ……!」
「自分より強い奴を見ろ。何故そいつが自分より強いのかを考えろ。誰も戦い方なんざ教えてくれないんだよ。だったら、盗むしかないだろ」
ウィルよりも強い者。
それは、誰でもないここにいるヒルデガルトのことだ。
あまりにも次元の違う強さに、自分は足下にも及ばないと思っていた。
「だから、教えてやるよ」
「――っ!」
「これが……高み、さ!」
ヒルデガルトの闘気が、膨れ上がると共に。
次の瞬間――ウィルの目の前に、閃光が走った。
ババ――ヒルデガルトの態度に業を煮やしたのか、オーガーがそう咆哮する。その雄叫びだけで、並の人間ならば震え上がるほどの威圧だ。
だがヒルデガルトは、何故か若返った体で不敵に笑みを浮かべ、オーガーへ向けて挑発するように指をくいっ、と動かした。
「来な」
「グォォォォォォォッ!!」
総勢、十体を超えるオーガーの群れがヒルデガルトへと襲いかかる。
最も小さい個体でさえ、ウィルが見上げるほど巨大なそれだ。それぞれが剣や斧、槍や棍棒――オーガーの巨体が持つには、随分と小さめのそれらを構えている。恐らくその大きさから考えるに、この迷宮に挑んだハンターたちの置き土産を使っているのだろう。
その武器たちを持っていたはずの主がどうなったのかは、語るに及ばずだ。
「ふんっ!」
人鬼の動きは鈍重だ。一匹や二匹を相手にするのであれば、距離を取りつつ攻撃を重ねることで倒せるかもしれない。
だけれど、目の前にいるのは十を超える群れだ。一匹一匹の動きは鈍くとも、それが絶え間ない攻撃となれば避け続けることは不可能である。
だがヒルデガルトはその両手に何も持たず、ただ黒い布に包まれた拳二つでオーガーの群れを相手にする。
突き出された剣を手刀で叩き落とし
振り下ろされた斧を裏拳で弾き。
繰り出された槍を踏みつけ。
振り回される棍棒を拳で打ち砕く。
まるで両の拳が鋼でできているかのように、その拳先はオーガーたちの武器を破壊し、無力化し、時には奪う。それはオーガーたちの繰り出す武器の群れに、何一つ当たることなく。
華麗な演舞を踊っているかのようにすら見える、流麗な戦い。
死角から襲ってくる武器でさえ目もくれずに叩き落とすそれは、最早達人技とさえ呼べるものだろう。
「破ぁっ!」
そしてヒルデガルトの拳が繰り出す一撃は、それぞれが必殺。
ろくな体重も乗せずに放ったであろう突きが、オーガーの腹を打ち貫く。無駄に生命力の高いオーガーといえど、さすがに内臓を破壊されては動けぬとばかりに倒れ込んだ。
そして、倒れたオーガーの頭を踏み台にして跳躍し、次に控えるオーガーの頭を蹴り抜く。それはまるで一つの巨大な刃であるかのように、オーガーの頭と胴に永劫の別れを与えさせた。
流れるように、そこからも繰り出される連撃。
全身が凶器であるかのように、肘で打てばそこが裂け、膝で打てばそこが貫かれ、肩からぶつかればオーガーの巨体が吹き飛ぶ。
一体、どれほどの力を得ることができれば、このようなことが可能なのだろう。
一体、どれほどの修練を重ねれば、これだけの力を得られるのだろう。
町一番の強さを誇っていたウィルなど嘲笑うような、そんな凄まじい達人の戦い。
時間にしてみれば、ほんの刹那。
ウィルには、目で追うことしかできなかった攻防。
その結果は――無傷のヒルデガルトを前に、五匹のオーガーが死んでいるという状況だ。
「グル……」
「グォォ……」
直情的に向かってきていたはずのオーガーたちが、僅かに退くのが分かる。
ほんの刹那で、五匹の同胞が消えた――彼らからは、そんな風に感じるだろう。そして彼らの断罪を与えた相手は、傷一つ負うことなく佇んでいるのだ。
ただ、泰然と。
ただ、超然と。
「おっと、やっと分かったかい。オーガーども」
「……」
「そうさ。ここは最初っから地獄の入り口だ。あたしの前に現れた時点で、魔物の行く末なんて決まってんだよ」
「グ、ル……」
「今死ぬか、ちょっと後で死ぬか。どっちかだ」
圧倒的なまでの威圧。
それは本来、種として退くことのないオーガーさえ退かせるもの。
オーガーは本来、非常に好戦的な魔物だ。
どれだけ大勢の人間を相手にしても向かってくるし、どれほど致命傷を負っても前に出てくるとさえ言われているものだ。中には、行軍する部隊の前に一匹で現れることすらあるという。
だが、そんなオーガーの群れが、畏れた。
たった一人――その目の前に立つ女、ヒルデガルトを。
「グルル……」
のそりと、オーガーの群れ――その中でも一際巨大な者が、一歩前に出る。
ウィルにしてみれば、冗談のような大きさの怪物だ。縦にはウィルの三倍以上、横にはウィルの五倍はあるかと思えるような、巨人である。それが拳の先に、恐らく重戦士が構えていたのだろう盾を携えている。
人間サイズならば盾だろうけれど、巨人のサイズとなればそれは鉄拳だ。
しかし、ヒルデガルトはそんな巨人――人鬼頭を前にしても、まだ余裕の笑みを崩していない。
「さて、小僧」
「は、はひっ!?」
「お前さんは、どうすれば強いハンターになれると思う」
「へ……?」
思わぬヒルデガルトからの質問に、ウィルは戸惑う。
強いハンター。それは確かに、ウィルも目指している存在だ。そしてヒルデガルトは、ウィルなど足下にも及ばないであろうハンターである。
だけれど、そこを考えたことはなかった。なんとなく、大迷宮を攻略していくうちに、自然と強くなっていくんじゃないかとか――そんな風に、思っていた。
「それが分からないうちは、三流だ。分かってようやく二流。実践できて、やっと一流のハンターだよ」
「そ、それ、は……」
ヒルデガルトの言葉に、思わず息を呑む。
ウィルは、ハンターになるためにこの街を訪れた。だけれど実際、初めて大迷宮に潜った結果がこの体たらくだ。
故郷に逃げ帰ったところで、仕事などない。仮に再び警備隊に入隊できたとしても、生涯を薄給で過ごす羽目になる。だったら、この街でハンターとして一流の男になりたい。
そのために、必要なこと――それは。
「愚図でも、鈍間でもできることさ。生き延びろ。無理をするな。自分の限界を知った上で、いける場所まで挑戦しろ。今日できなかったことは明日やれ。明日もできないならできるまで努力しろ。それでも駄目なら仲間を頼れ」
「えっ……」
「大迷宮の新人は、大抵初めての挑戦で死ぬ。あたしも詳しい数は知らんが、半分は死んでるだろうね。当たり前さ。初めて挑戦する奴なんて、歩き方も教わってない赤ん坊みたいなもんだよ」
「そん、な……」
恐怖に、歯の根が震える。
初めての挑戦で、大抵死ぬ――まさに、ウィルもその危機だったのだ。
もしもヒルデガルトが来てくれていなければ、今頃は人鬼の腹の中にいたかもしれない。そう考えると、背筋にぞっとするような寒さが走った。
「あとね」
「は、はいっ……!」
「自分より強い奴を見ろ。何故そいつが自分より強いのかを考えろ。誰も戦い方なんざ教えてくれないんだよ。だったら、盗むしかないだろ」
ウィルよりも強い者。
それは、誰でもないここにいるヒルデガルトのことだ。
あまりにも次元の違う強さに、自分は足下にも及ばないと思っていた。
「だから、教えてやるよ」
「――っ!」
「これが……高み、さ!」
ヒルデガルトの闘気が、膨れ上がると共に。
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