足音

祐里

文字の大きさ
上 下
5 / 7
第二章 足音の行方

1.追いかけられない

しおりを挟む

「そういえば和真くん、成人式行ってきたんだろ? どうだった?」

「普通でした」

「最近の若者は、何でもかんでも普通普通って」

 焼き鳥屋の一角、テーブルを挟んで永田和真ながたかずま前里拓実まえさとたくみは酒を飲んでいた。前日に和真が焼き鳥を食べにいきたいとリクエストしたからだ。

「事故などの問題が起こることもなく、予定どおり終了しました」

「それじゃニュース読んでるアナウンサーみたいだぞ」

「……えー……、じゃあ……」

「冗談冗談。で、実家にも帰ったんだよな? お兄さんとは仲直りできたか?」

「拓実さん、すぐからかう。兄と話せましたよ。ええと、順を追って話すと、兄と同じ高校に入学して、夏休み明けくらいに女の子から告白されて付き合い始めたんですけど」

「お、和真くんやるねぇ」

 拓実が口角を上げてからかうと、和真は「また……」と小さく言ってから、続きを話し始めた。大皿に盛られた焼き鳥は順調に減っている。主に拓実が食べているのだが。

「違うんです。その女の子、本当は兄が目当てだったんです。兄はすごくモテてたから、手が届かないなら弟でいいやって思ってたみたいで。僕は兄の劣化コピーでつまらないって言ってました」

「あー、そいつか、劣化コピーなんて言いやがったのは。俺、そういうの嫌いだわ」

 拓実が眉根を寄せて嫌そうな顔を作ると、和真の表情が少しゆるんだ。表情筋の動きは乏しいが、うれしいと思っている証拠だ。

「兄弟だって、違う人間なんですけどね。兄が優秀なので肩身が狭くて。兄はそのことを知って、僕を避けて距離を置くようになったって言ってました」

「でもそれなら、一年間だけでよかっただろ」

 そう言うと、拓実はまた焼き鳥を口に入れた。店に入る前に「俺、腹減ってるんだよね」と宣言していた通りの行動だ。

「一年経つ頃には、僕の方が意地張って無視したりしてましたよ。何も言われないで突然避けられたら、そうなります」

「なるほどね。すれ違いだった、と」

「だから、仲直りはしたけど、まだぎくしゃくしてて……」

「ああ、まあそりゃそうだろうな」

 和真は「ですよね」と言うと、手に持っているビールを一口飲んだ。

「酒、大丈夫か? あまり飲まないって言ってたよな」

「大丈夫です。少しは飲めるようになっておかないと」

「無理しない方がいいぞ。飲める量なんて最初から決まってて、増えたりなんかしないらしいからな」

「そうなんですか? 困るなぁ」

 少し潤んできた和真の目が、ビールのジョッキを睨んでいる。まるで「こいつのせいで」とでも言いたげに。

「酔ってきたな。ジョッキは悪くないから、許してやってくれ」

「はい。……拓実さんも、モテるでしょ」

「……いや、俺は……」

「あれっ? 拓実?」

 突然名前を呼ばれた拓実が声の方を見ると、同僚の香織かおりが通路に立ち、笑顔を向けていた。しっかりメイクでスタイル抜群の美女だ。

「……香織? 偶然だな」

「金曜の夜だから焼き鳥が恋しくなって、ここで彼女と待ち合わせなの。拓実は二人で来たの?」

「うん」

「今度のお遊びはその子なのね」

「おい、そういうこと言うな」

「ご、ごめん。もしかして……」

「香織、おまえなぁ……、この数十秒間で何もかも読むんじゃねえよ」

「ってことは、正解かぁ。あ、もう彼女来てた。じゃあまたね」

「へいへい」

 眉間にしわを寄せる拓実がしっしっと言わんばかりに手を振り、香織は苦笑いしながら奥のテーブルへと歩いていった。

「ごめんな、同僚なんだ」

「すごい美人ですね」

「あー、化粧の力だよ」

 拓実がいい加減に返答をすると、和真が「何で知ってるんですか?」と尋ねる。

「何で、って……、見ればわかるだろ、化粧が濃いのくらい」

「元もすごい美人かもしれないじゃないですか」

「いや、あいつは素朴な……」

 焼き鳥の串を手でつまんだまま、拓実は口をつぐんで固まった。失言をしたことに気付いたのだ。

「素顔が素朴なんですね」

「や、その……」

「何で知ってるんですか?」

「それは……」

「お遊びの相手なんですね?」

「ううっ……」

 和真が次々と質問を投げてくる。拓実は焼き鳥串を口に突っ込みながらほうほうの体で逃げようとするが、うまい言い訳が見つからず、結局認めることになった。

「他にも遊び相手いるんですか?」

「いない、よ。今は。香織も前に一回だけ、酔った勢いで……」

「そうですか、わかりました」

 無機質な声でそう言い放つと、和真は卓上タッチパネルを手に取って次の酒を注文する。

「わかっちゃうの?」

「はい、わかりました。別にいいんですよ」

「それはそれで、ちょっと寂しい気がするんだけど。それにしても和真くん、鋭すぎないか?」

 ふと拓実が和真のジョッキを見ると、ビールはもうほとんど残っていなかった。

「ふぅん、そんなこと言っちゃうんだ」

「ちょっ、性格変わってない? 酒飲むとそうなる?」

 和真が、店員が運んできた新しいビールを一口飲む。

「遊んでても、いいんです。きっと拓実さんもモテるでしょう」

「……あのさ、その『も』っていうの、やめてくれないかな」

「えっ? 何のこと……」

「何でそれはわからないんだよ」

 拓実が低い声で吐き捨てた言葉に、和真がむっとした表情になる。酒が入ると多少表情が動くようになるんだな、などと考えるが、拓実が見たいと思う表情ではない。

「……そんなこと言うなら、拓実さんだって……。もういいです、帰ります」

「あ、いや、ちょっと待て、悪かったよ」

「違う……、違うんです。とにかく帰ります。明日バイトあるし」

「待て待て、とにかく待て、俺も帰るから」

 拓実は慌ててコートを着てカバンをつかみ、会計のために入口近くのレジへと急いだ。和真はコートに袖を通しているようだ。

「ええと、和真くんの家まで送るから。酒あまり強くないだろ」

「一人で帰れます。お疲れ様でした」

「あっ、おい」

 拓実の返事を待たずに、和真が早足で歩き出す。休前日の夜の繁華街は人であふれていて、追いかけることすらままならない。真冬の夜の刺すような冷気が体を冷やしていくが、手に持ったマフラーを巻く気にはなれず、まるで自分への罰のように首元に強烈な寒さを感じながら、拓実はのろのろと足を踏み出した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

貴族軍人と聖夜の再会~ただ君の幸せだけを~

倉くらの
BL
「こんな姿であの人に会えるわけがない…」 大陸を2つに分けた戦争は終結した。 終戦間際に重症を負った軍人のルーカスは心から慕う上官のスノービル少佐と離れ離れになり、帝都の片隅で路上生活を送ることになる。 一方、少佐は屋敷の者の策略によってルーカスが死んだと知らされて…。 互いを思う2人が戦勝パレードが開催された聖夜祭の日に再会を果たす。 純愛のお話です。 主人公は顔の右半分に火傷を負っていて、右手が無いという状態です。 全3話完結。

仮面の兵士と出来損ない王子

天使の輪っか
BL
姫として隣国へ嫁ぐことになった出来損ないの王子。 王子には、仮面をつけた兵士が護衛を務めていた。兵士は自ら志願して王子の護衛をしていたが、それにはある理由があった。 王子は姫として男だとばれぬように振舞うことにしようと決心した。 美しい見た目を最大限に使い結婚式に挑むが、相手の姿を見て驚愕する。

台風の目はどこだ

あこ
BL
とある学園で生徒会会長を務める本多政輝は、数年に一度起きる原因不明の体調不良により入院をする事に。 政輝の恋人が入院先に居座るのもいつものこと。 そんな入院生活中、二人がいない学園では嵐が吹き荒れていた。 ✔︎ いわゆる全寮制王道学園が舞台 ✔︎ 私の見果てぬ夢である『王道脇』を書こうとしたら、こうなりました(2019/05/11に書きました) ✔︎ 風紀委員会委員長×生徒会会長様 ✔︎ 恋人がいないと充電切れする委員長様 ✔︎ 時々原因不明の体調不良で入院する会長様 ✔︎ 会長様を見守るオカン気味な副会長様 ✔︎ アンチくんや他の役員はかけらほども出てきません。 ✔︎ ギャクになるといいなと思って書きました(目標にしましたが、叶いませんでした)

君が好き過ぎてレイプした

眠りん
BL
 ぼくは大柄で力は強いけれど、かなりの小心者です。好きな人に告白なんて絶対出来ません。  放課後の教室で……ぼくの好きな湊也君が一人、席に座って眠っていました。  これはチャンスです。  目隠しをして、体を押え付ければ小柄な湊也君は抵抗出来ません。  どうせ恋人同士になんてなれません。  この先の長い人生、君の隣にいられないのなら、たった一度少しの時間でいい。君とセックスがしたいのです。  それで君への恋心は忘れます。  でも、翌日湊也君がぼくを呼び出しました。犯人がぼくだとバレてしまったのでしょうか?  不安に思いましたが、そんな事はありませんでした。 「犯人が誰か分からないんだ。ねぇ、柚月。しばらく俺と一緒にいて。俺の事守ってよ」  ぼくはガタイが良いだけで弱い人間です。小心者だし、人を守るなんて出来ません。  その時、湊也君が衝撃発言をしました。 「柚月の事……本当はずっと好きだったから」  なんと告白されたのです。  ぼくと湊也君は両思いだったのです。  このままレイプ事件の事はなかった事にしたいと思います。 ※誤字脱字があったらすみません

溺愛

papiko
BL
長い間、地下に名目上の幽閉、実際は監禁されていたルートベルト。今年で20年目になる檻の中での生活。――――――――ついに動き出す。 ※やってないです。 ※オメガバースではないです。 【リクエストがあれば執筆します。】

闇を照らす愛

モカ
BL
いつも満たされていなかった。僕の中身は空っぽだ。 与えられていないから、与えることもできなくて。結局いつまで経っても満たされないまま。 どれほど渇望しても手に入らないから、手に入れることを諦めた。 抜け殻のままでも生きていけてしまう。…こんな意味のない人生は、早く終わらないかなぁ。

キミと2回目の恋をしよう

なの
BL
ある日、誤解から恋人とすれ違ってしまった。 彼は俺がいない間に荷物をまとめて出てってしまっていたが、俺はそれに気づかずにいつも通り家に帰ると彼はもうすでにいなかった。どこに行ったのか連絡をしたが連絡が取れなかった。 彼のお母さんから彼が病院に運ばれたと連絡があった。 「どこかに旅行だったの?」 傷だらけのスーツケースが彼の寝ている病室の隅に置いてあって俺はお母さんにその場しのぎの嘘をついた。 彼との誤解を解こうと思っていたのに目が覚めたら彼は今までの全ての記憶を失っていた。これは神さまがくれたチャンスだと思った。 彼の荷物を元通りにして共同生活を再開させたが… 彼の記憶は戻るのか?2人の共同生活の行方は?

王子の恋

うりぼう
BL
幼い頃の初恋。 そんな初恋の人に、今日オレは嫁ぐ。 しかし相手には心に決めた人がいて…… ※擦れ違い ※両片想い ※エセ王国 ※エセファンタジー ※細かいツッコミはなしで

処理中です...