足音

祐里

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第一章 足音

3.モルネーソース

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 一番驚いたのは自分だという自覚はある。ただ毎週アルバイト従業員と客として会うだけの人を自宅に連れ帰るなんて、と。前里は「本当にいいのか?」と前日から何度も聞いているセリフを繰り返していたが、一旦言い出したことは引っ込められない。和真も「大丈夫です」と繰り返し、普段は一人で歩く道を、二人で歩くことになった。

「僕、料理できるんですよ」

「料理男子だったのか」

 日曜日のアルバイト帰り、いつもなら簡単にできるものを作ろうと思うところだが、幸いもう大学は冬休みに入っている。

「洋食にします。さすがに洋食専門のお店には勝てないと思うけど」

 「楽しみだ」と破顔した前里に安心し、和真は寒さの中でほっと白い息を吐く。突然こんな誘いをしてしまって、不審に思われていないか心配だったのだ。

 飲食店はどうせどこも満席で、宅配ピザなども今日は時間がかかってしまうだろう。アルバイトを終えたばかりの空腹の身にはつらい現実だ。こんな時は自宅で好きなものを作って食べるに限ると、和真は張り切ることにした。

 深夜まで開いている自宅近くのスーパーはそれほど混雑しておらず、すぐに買い物をすることができた。会計は全部前里が持ってくれた。和真は遠慮したのだが、格好つけさせろと言われれば断れない。

 アルバイト先のミニシアターから徒歩二十分ほどで着いた自宅の鍵を開け、「どうぞ」と前里を中に招き入れる。

「さむっ。エアコン、エアコン……」

「広い部屋だね」

「キッチンが広くないと嫌で、古いアパートでもいいから広いところを探したんです。あ、リモコン、こんなところに」

「さすが料理男子」

 エアコンのリモコンを操作し暖房を入れると、ピッという音と同時に前里が笑った。自分の言葉で笑ってくれるのがうれしくて、和真の口元もふとゆるむ。

「手、洗います?」

「ああ、そうだね」

 湯を出そうとキッチンの瞬間湯沸かし器のスイッチを押して、カチカチカチという音を聞く和真の横に並び、袖をまくった前里がシンクに手を差し出した。こうして室内で改めて見ると本当に兄に似ていると、和真はしみじみと思う。顔の作りだけは違っていて、兄は少々垂れ目気味で二重まぶたの甘い顔立ち、前里は切れ長一重まぶたの涼し気な顔立ちだ。

「ん? どうしたの?」

「え?」

「俺の顔見てたから。誰かに似てるとか?」

「ああ、いえ、その逆で……、顔以外は兄に似てるなと、思ってました」

「へぇ、お兄さんか。顔は和真くんに似てる?」

「僕を五倍くらいイケメンにしたような感じです」

「それはずいぶん……、モテるだろうなぁ」

 二歳差と年齢が近いこともあり、子供の頃はそれなりに仲良くやっていたが、いつの間にか疎遠になってしまった兄。今は地元の大学の四年生のはずだ。

「そういえば、年末年始は帰省する?」

 和真が冷蔵庫を開けて食材を取り出しながら兄のことを考えていると、手を洗い終えた前里が話しかけてきた。

「……ええと、しないです」

「そうなんだ。じゃあバイトし放題だね」

 気心が知れている仲というわけでもないのに、前里の笑顔に安心感を覚える。和真は取り出した食材を前に、ザルを持った。

「そうですね。じゃあ作るので、適当に寛いでてください。テレビのリモコンはテーブルの上です」

「うん、ありがとう」

 和真が作るのは、モルネーソースを使った白身魚のムニエルだ。洋食メニューの中で、今自分が食べたいものがこれだった。他に市販のローストポークやレタスなどを使ったサラダと、イカとベーコンとトマトのオリーブオイル炒め、バターロールパンを用意し、ローテーブルに並べる。

「うっ、作りすぎたかな。テーブル狭いのに」

「すごいな。俺は気にしないから、パンの皿なんかは床でもいいけど」

「僕も気にしないです。床に置きますね」

 バターロールパンの皿を簡素なラグの上に置き、「いただきます」と手を合わせる。優雅なクリスマスディナーには程遠いが、料理がおいしそうに出来上がったことに和真は満足していた。

「このソースいいね。本当に自作?」

「モルネーソースっていうんです。卵黄とチーズを入れて作るんですよ」

「そうなんだ、すごいな。白身魚によく合っておいしい。店出せるよ」

 自分の作る料理をおいしいと褒めてもらえるのはこんなにうれしいものなのかと、和真は言葉には出さずに驚いていた。今日は驚いてばかりだ。

「和真くん、何でびっくりしてるんだ? おいしいから褒めてるだけなんだが」

「え……? 僕、びっくりした顔してましたか? 確かに、褒められるとこんなにうれしいのかって、びっくりはしてましたけど」

「うん、してたよ」

「よく、表情が変わらないって言われるのに」

「そうかな? けっこうわかるけど。横柄な客にむっとしてたり」

 親ですら「おまえはわかりにくくて困る」と言うのに、前里は「けっこうわかる」と言う。本当に、驚きの連続で気持ちがついていかない。

「ああ、そういえばさっきも、『何で、うちに来る? なんて聞いちゃったんだろう』って顔してたよね。だから『本当にいいのか』ってしつこく言っちゃったんだけど」

「……その時は自分が言ったことにびっくりはしてましたけど、何でわかったんですか?」

「うーん、けっこうわかるけどなぁ。何でと言われると……相性がいいんじゃないか?」

 和真のパンを持つ手が止まる。何でもできる格好いい兄に憧れながら、あんなに近くにいながら、ほとんど話すこともなくなってしまった。相性が悪かったのかもしれないと思えば、自分を納得させられる気がする。

「相性……」

「人と人の相性ってけっこう大事だよなーって思ったりするんだ」

「血が繋がってても相性が悪いって、あり得るんでしょうか」

「あり得ると思う。どうしても相容れない親子とか。ところで、もっと食べたいんだけど」

「……えっ、あっ、すみません、もうなくて……ごめんなさい……」

 前里の財布で買った食材だったため和真が平謝りすると、彼は明るく「いやしいこと言っちゃったな」と笑った。

「いえ、いやしいなんて……、ほんとすみません……」

「そんなに謝らないでよ。じゃ、また来ていい?」

「あ、はい、それはもちろん」

 和真の返答に、前里は本当にうれしそうな笑顔になった。
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