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4、リリア
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本当に寝ているのがロバートなのか確かめようと、リリアが階段をもう一段登ったところで、パキ、と音が出てしまい、寝ている人が身動ぎして起きてしまった。
起き上がった男性は紛れもなくロバートだった。しかし普段艶やかな黒髪はボサボサだし、目の下には濃い隈が出来ていて、驚いたようにこちらを凝視している。
もしかして変装魔法が解けたかと、自分の肩にかかる髪を見た。大丈夫、黒髪だ。
「――失礼、女官殿。いま何時か分かりますか?」
ロバートに声をかけられてリリアは驚いたものの、女官服にポケットに入れた時計を確認した。
「え、ええと、もうすぐ夕刻の鐘が鳴ります」
「ありがとうございます。あなたの休憩場所を邪魔して申し訳ありませんでした。失礼します」
「あの、」
彼がふらふらと立ち去ろうとしたので、リリアは思わず声をかけた。
「だいぶお疲れのように見えます。よかったらどうぞ」
姉からもらった菓子を差し出すと、ロバートはリリアをじっと見つめた後、ありがとうございます、と菓子を受け取って階段を降りていった。
――ロバートと会話してしまった。
リリアは長椅子に座り込み、高鳴る胸を押さえた。
夢のような時間だったと、ロバートとのやり取りを思い返しながら数日が経ち、また夕方に時間ができたので四阿へ向かった。
すると、驚いたことにロバートが座って本を読んでいた。いつもの騎士服ではなく、私服のようだ。
「――あ、女官殿、会えてよかった。先日は見苦しいところをお見せして失礼しました」
ロバートはリリアに自分の向かいの長椅子に座るよう促す。
「先日頂いたお菓子、とても美味しかったです。ただ、あなたの休憩の楽しみを横取りしてしまったと申し訳なく思っておりまして」
彼の優しい声に動揺したリリアは、声が上擦らないように慎重に答える。
「お気になさらないでください。かなりお疲れのように見えましたので」
「実はかなり疲れていました。ただあの日、この庭園で休憩して、頂いたお菓子を食べたら少し元気になりました。これ、お礼です」
ロバートはコートの中から袋を取り出してリリアに渡した。なんだろう、と首を傾げて受け取る。
「しおりです。草花が好きで、押し花で作りました。本当はお菓子でもと思ったのですが、いつお会いできるかわからなかったので」
「えっ」
押し花でしおりを作る騎士なんて聞いたことがない。どこが氷の騎士なのだろう。全然違う、昔のままのロバートじゃないか!
袋を受け取り中を開くと、薄い桃色の小さな花がたくさん散らされていて、周囲を鮮やかな緑の葉で縁取られた可愛らしいしおりだった。
これを、彼が作ったのだろうか。見た目からは想像が出来ないが、頭を下げて礼を言う。
「あれは頂き物のお菓子だったので恐縮ですが、ありがたく頂戴します。とても素敵なしおりですね」
「受け取って頂けて良かったです。あれ以来、休憩中や非番の日はここに来ているのです。あ、その押し花はこの庭園から摘んだものではありませんよ。勝手に摘むと怒られますからね」
ロバートはそう言うとふわりと微笑み、それを見たリリアは自分の頬が赤くなるのを感じた。
直後、夕刻を告げる鐘が鳴った。
「おっと、もうこんな時間ですね。私は失礼します。ではまた」
ロバートはあっさり告げると立ち上がり、さっさと四阿から出て行った。
リリアはロバートが去った方向を呆然と見つめ、長椅子にもたれかかった。
困惑したが、相変わらずの彼のマイペースぶりに頬が緩む。そして、もらったしおりをそっと指先で撫でた。
起き上がった男性は紛れもなくロバートだった。しかし普段艶やかな黒髪はボサボサだし、目の下には濃い隈が出来ていて、驚いたようにこちらを凝視している。
もしかして変装魔法が解けたかと、自分の肩にかかる髪を見た。大丈夫、黒髪だ。
「――失礼、女官殿。いま何時か分かりますか?」
ロバートに声をかけられてリリアは驚いたものの、女官服にポケットに入れた時計を確認した。
「え、ええと、もうすぐ夕刻の鐘が鳴ります」
「ありがとうございます。あなたの休憩場所を邪魔して申し訳ありませんでした。失礼します」
「あの、」
彼がふらふらと立ち去ろうとしたので、リリアは思わず声をかけた。
「だいぶお疲れのように見えます。よかったらどうぞ」
姉からもらった菓子を差し出すと、ロバートはリリアをじっと見つめた後、ありがとうございます、と菓子を受け取って階段を降りていった。
――ロバートと会話してしまった。
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夢のような時間だったと、ロバートとのやり取りを思い返しながら数日が経ち、また夕方に時間ができたので四阿へ向かった。
すると、驚いたことにロバートが座って本を読んでいた。いつもの騎士服ではなく、私服のようだ。
「――あ、女官殿、会えてよかった。先日は見苦しいところをお見せして失礼しました」
ロバートはリリアに自分の向かいの長椅子に座るよう促す。
「先日頂いたお菓子、とても美味しかったです。ただ、あなたの休憩の楽しみを横取りしてしまったと申し訳なく思っておりまして」
彼の優しい声に動揺したリリアは、声が上擦らないように慎重に答える。
「お気になさらないでください。かなりお疲れのように見えましたので」
「実はかなり疲れていました。ただあの日、この庭園で休憩して、頂いたお菓子を食べたら少し元気になりました。これ、お礼です」
ロバートはコートの中から袋を取り出してリリアに渡した。なんだろう、と首を傾げて受け取る。
「しおりです。草花が好きで、押し花で作りました。本当はお菓子でもと思ったのですが、いつお会いできるかわからなかったので」
「えっ」
押し花でしおりを作る騎士なんて聞いたことがない。どこが氷の騎士なのだろう。全然違う、昔のままのロバートじゃないか!
袋を受け取り中を開くと、薄い桃色の小さな花がたくさん散らされていて、周囲を鮮やかな緑の葉で縁取られた可愛らしいしおりだった。
これを、彼が作ったのだろうか。見た目からは想像が出来ないが、頭を下げて礼を言う。
「あれは頂き物のお菓子だったので恐縮ですが、ありがたく頂戴します。とても素敵なしおりですね」
「受け取って頂けて良かったです。あれ以来、休憩中や非番の日はここに来ているのです。あ、その押し花はこの庭園から摘んだものではありませんよ。勝手に摘むと怒られますからね」
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直後、夕刻を告げる鐘が鳴った。
「おっと、もうこんな時間ですね。私は失礼します。ではまた」
ロバートはあっさり告げると立ち上がり、さっさと四阿から出て行った。
リリアはロバートが去った方向を呆然と見つめ、長椅子にもたれかかった。
困惑したが、相変わらずの彼のマイペースぶりに頬が緩む。そして、もらったしおりをそっと指先で撫でた。
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