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第3章 (元)魔王と勇者は宇宙樹の種子と
17話3Part (元)魔王の元を尋ねてきたのは、下界の重鎮なのです!
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その2人の言葉の中で、聖火崎の耳にはひとつの言葉が引っかかった。
「へえー......ん?ちょっと待って、ヴァルハラって......」
「ああ、ウィズオート皇国の東方にあるヴァルハラ=グラン·ギニョルの事じゃ。吾輩はそこの主じゃからの。よろしく頼む」
「では私も......改めて、ヴァルハラ·グラン·ギニョルの使用人長を務めさせて頂いている、ダンタリオンと申します。今後ともご贔屓に」
「......」
「......た、聖火崎?」
「どしたの?」
「......な、」
「な?」
「なんてVIPに会っちゃったのかしら!!こ、これ......とんでもない奇跡よ!?」
そしてそれを聞くなり大声を上げて膝から崩れ落ちた。その聖火崎の様子を見るなりその場にいたマモンとダンタリオン以外の悪魔は、明日雹どころか爆炎術式がそこら中に落ちまくるのではと心から思った。だって、いや悪魔に対して割と険悪でないこいつだからかもしれないが、いやでも......
......勇者が1人の悪魔に会えたことに、感動して崩れ落ちるなんて。
「いや7罪に会えている時点で汝はVIPに会ってるんじゃが」
「そんなに凄いやつなのか?そのばるはら......」
「当たり前よ!!この世界で言うところの安倍総理みたいなものよ!?」
「ええ、そんなに?」
「うん!!マモンはね、下界一の大富豪で、東方にあるでぇー............っかいお屋敷の主人なの。それでね、そのお屋敷があるから人間界東方は経済状況がいいんだよ!!マモンがお金回りを良くしてるから、景気もいいし!!」
「マジか!!......て言われてもやっぱり、分かりにくいなぁ......」
マモンは自身の横で繰り広げられる他人によって語られるマモン自身の武勇伝に耳を押さえ、そんな事とは知らない聖火崎と葵雲の手によってマモンの武勇伝はどんどんまくし立てられていく。
しかしそれを聞いてもいまいちぱっときていない望桜に、鐘音が恐らく今までで1番分かりやすいマモンの財産の説明を一言で済ませた。
「地球全部のお金のうち、35%くらい個人で所持してる感じ」
「え、ま、マジで!?すっげええええええええええええええじゃんっ!!!」
「長い長いww」
そしてその例えに望桜もまた先程の聖火崎同様かそれ以上の大声を上げた。
「で、吾輩がここを訪ねたのには理由があってな」
「ああ、ファフニールか」
「そうです。彼奴は一応、御館様と私の大事な家族ですから」
......そう、嵐のようにやってきたマモンとダンタリオンの2人には、分かりきってはいるがある理由があって望桜宅を訪ねたのだ。それはマモンの雇っている使用人......正確にいえば近衛兵長·ファフニール関連の事だ。
それを察している望桜はマモン達を自室に通した。マモンもダンタリオンを従えてそれについて行きながら事の経緯を話す。
「彼奴は第拾参弦聖邪戦争、勇者軍の南方解放......いや、防衛と言った方が正しいな。その南方防衛戦後にフィオメーレ郊外の荒野で無惨な姿になって倒れていたのをたまたま通りかかった吾輩が発見し、救出した後から我が館で働いておる近衛兵じゃ」
「はい。近衛兵長ではありますが、館敷地内での揉め事を起こした客を地下牢に放り込む仕事を主に行っていました。御館様や私、馬鹿近衛兵長の住む母屋から離れたの他の館は、ヴァルハラ=ノーリを中心に5つをホテルとして貸し出してますから」
「マモンの館の敷地内はね、いくら相手がとてつもなく憎たらしい奴であろうと、大っっ嫌いな敵対種族だろうと戦っちゃダメ!!な下界唯一の"絶対中立区"のお宿なの。そのルールを貫くために、近衛兵だけで小さな国が作れちゃうくらいの兵士を集めてて、その全員が戦闘のプロなんだよ!!」
「すっげえ......」
「もうね、下界全体をマモンの館の敷地内にして欲しいってくらいには平和なのよ、ヴァルハラの中って」
「まあ戦闘を起こしたら誰であろうと死刑か無期懲役確定なのを承知し、自身が刑罰が執行される対象になっても文句は言いませんし悪評も流さずただ刑を受けますって誓約書を、門から入る時に書かされることで有名だからね」
「マジか......」
マモンがファフニールに出会った経緯、そして自身とファフニール、ダンタリオンの家でもあるヴァルハラ=グラン·ギニョルの説明をし、それに続けてダンタリオンと葵雲、鐘音も説明した。
......マモンの館はヴァルハラ=グラン·ギニョルという母屋が最東端に位置し、5つの直方体の大きな館が並んでいる。母屋に近い方からヴァルハラ=ノーリ、アジーン、ドヴァー、トリー、チェトィリエがあり、母屋から遠ざかるほど宿泊代金は安くなる。
各館に調理室完備で、朝食付き。希望すれば昼食、夕食も付けられる。更にはアフタヌーンティーの用意までしてくれるほどのサービス徹底ぶり。そのお陰で皇国人や魔界人、悪魔等が1日900人ほど泊まりに来る。
東方の5割を占める広大な敷地内には、遊園地や牧場、畑、訓練場等がありひとつの小さな町のようにもなっていて、1日中使っても回りきれないと言われている。更に東方元帥の城·翠彗暁宮の城下町が敷地を出て直ぐの所で南北に広がっており、そこを回るのにもまた4日ほど要するし、細かいところを見て回るにはもっとかかるとも言われている。
敷地内は広大な自然と幾何学的でアンティーク調の館の風景が美しく、1歩外に出ればまるでアート作品のようなカラフルな建物の並ぶ通りから東方街のシンボルカラーである翠をふんだんに使った、まるで宝石細工のような街並みが広がっていてそれを何回も見に来る者もいる。上記で述べたことが更にヴァルハラ=グラン·ギニョルの人気をひきたてているんだろう。
......と、日本ではまず有り得ないホテルの説明と東方の街並みの説明を聞いているうちに、望桜はもはや衝撃にも慣れてき始めていた。部屋に着き、小さなことでは驚かなくなった望桜にマモンは最後の説明をした。
「最後に、いちばん高いノーリでも......」
「待て、もう俺は何が来ても驚かんからな!!」
「......1泊15000円」
その直後、次回の住民定例会で望桜達は"夜中は静かに過ごしましょう"と、1階に住むヨシダパークハイム住民のボス的存在である細木部 陽子ににっこりとした笑顔で言われることが決定したのであった。にっこりとした笑顔だからこそ恐怖が倍増する、という感じで。
──────────────Now Loading────────────
「下界西暦19434年10月4日。私達は散り散りになり、互いの命運をただ祈るばかりである。2つの辰星を巻き込んだ1つの惑星の思惑は、思いがけぬところで狂い始めるであろう。魔に染った天の使いは、凍てつく海峡に橋渡す宝玉の翼の地にて、迷える人々に再び暁をもたらす。例えそれが......」
「......的李君、ちょっといいかい?」
......一方その頃、神戸市内のとある古本屋の2階にて。的李は昔ながらの白熱電球と蝋燭、そして都会の夜景の灯りを頼りに、年季の入った木製の椅子に腰かけて古ぼけた本のページに×××を書き込んでいた。
的李の丁寧な字がずらりと並ぶページが本の初めから3分の1ほどを埋めているだけで、まだまだ白紙のページは多い。羽根ペンでその本に新たな内容を書き加えている最中、的李のいる部屋のドアが軽くノックされた。本に栞を挟んで閉じた後、1つ返事でドアの元に向かいその扉を開いた。
「......中村さん、何か......?」
「ははは、そう身構えることもないよ。正式雇用の件について、この機会に聞いておこうと思ってね」
「ああ......」
もの優しそうな老人に恐る恐る尋ねた的李に優しく声をかけた老人は、部屋の中によたよたと入ってソファに座った。......老人は的李のバイト先の店長だ。名前は中村 辰治という。的李が信頼しきっている日本の人間の1人で、今回のことを話してみたら、快く店舗2階の居住スペースの1室を貸してくれた。
......中村はもう既に家内が他界し、息子2人も上京したり結婚したりで家を離れ、若い頃に開いた店の後継を探せないでいた。かといってバイトを募集したら集まるっちゃ集まるがすぐに辞めていく者が多数で、初めは8人いたバイト店員も1人だけになった。
商店街の隅にあるしがない古本屋よりも神戸駅の近く等の都会にある本屋の方が若者の目も向きやすく、近頃の大幅な都市開発によりバイトの募集をかけても人が集まらなくなり、自分も歳になりそろそろきつくなってきたので、皆に応援されてできたこの店も自分1代だけでもう潰れるのか......と中村が思っていた頃だった。的李がバイトに応募したのは。
期待はしたがまたどうせすぐ辞めるんだろう......と思って中村は意気消沈も甚だしい様子のまま的李の面接を行った。しかし的李の面接をしているうちに、"なんて真面目で誠実な若者がやってきたのだろう"とまず自身の目を疑い、頬をつねり現実であることを的李の目の前で確かめた程に的李のバイトの希望は中村にとって嬉しいものであったのだ。
そして案の定約2、3ヶ月だった今でも的李は日々の業務をしっかりこなし(たまに不器用すぎるのが傷だが)、的李はいつしか中村の古本屋経営の大黒柱となった。
本の配置から客引きの方法、リピーターを増やすための工夫などを中村と的李と、あと1人のバイトと二人三脚で行い潰れる寸前の状態をなんとか回避した。そのくらいの店だから時給も低いが、それでも的李は古本屋でのバイトを続けている。的李としては業務内容が結構好きだからと、不器用でもできる業務が大半だからだ。
......まあ色々あって、正式雇用の話が中村から的李に伝えられているのだ。"正式雇用"といってもただの昇級ではない、店長を継ぐか継がないかの選択でもある。それも的李は重々承知だ。だから既に1週間ほど、決めあぐねているのだ。
「......まだ、正確には決めていないのだよ」
「そう急がなくてもいいさ、私もすぐに働けなくなるという訳では無いからね......ほら、珈琲だ。君の好きなミルクたっぷりのやつだよ」
的李が俯いて正式雇用の件について考えている間に、部屋備え付けの簡易キッチン内にあるコーヒーサーバーで珈琲を作った中村が的李にそれを手渡す。ブラックではないが、砂糖の入っていない甘くないカフェオレ。それを受け取りゆっくり1口だけ飲んで、的李は1つ溜息をついた。
「ありがとう........ふぅ......」
「......その様子じゃあ、彼にも話せていないんだね?」
「ああ、まあ......分かるかい?」
そしてその的李の様子を見て中村は1つ問いかけた。的李よりは断然年下だが日本の人間の中では実勢の終盤を迎え始めている頃の中村には、的李の抱えるものが手に取るように分かる。昔から人の気持ちを汲み取るのが得意な中村には特に。
その問いかけに苦笑いをうかべながら再び珈琲を口に運ぶ的李に、中村はゆっくり答えた。
「まあね。君のことだから、粗方迷惑はかけられないと言った理由なんだろう」
「......迷惑は今まで散々かけてきているから、これからはむしろ助けになってあげたいのが山々なのだよ。それでも迷惑をかけることはあるけれど...... 」
「直接本人に言えばいいのに」
「それは絶対に嫌なのだよ」
嫌々、と言ったふうに首を横に振ってみせた的李に中村はにこりと微笑んだ。
「ははは、なら仕方ない。とにかく、そうせかせかすることでもないんだから、ゆっくり決めるといい。では私はそろそろ眠るとしよう。君は......」
「もう少したったら寝るのだよ。おやすみなさい」
「おやすみ」
そして階段の木が軋む音が遠ざかりやがて聞こえなくなった頃、的李は再び本を開き続きを書き留めた。
「例えそれが............一時的なものであっても。」
その1文を書き終わったあとすぐにまた本を閉じて、いつものソファベッドより幾分か狭いシングルベッドへと場所を移した。目に少し焼き付いた白熱電球のフィラメントの光が消える頃、的李は完全に夢の中へと旅立っていた。
──────────────To Be Continued────────────
「へえー......ん?ちょっと待って、ヴァルハラって......」
「ああ、ウィズオート皇国の東方にあるヴァルハラ=グラン·ギニョルの事じゃ。吾輩はそこの主じゃからの。よろしく頼む」
「では私も......改めて、ヴァルハラ·グラン·ギニョルの使用人長を務めさせて頂いている、ダンタリオンと申します。今後ともご贔屓に」
「......」
「......た、聖火崎?」
「どしたの?」
「......な、」
「な?」
「なんてVIPに会っちゃったのかしら!!こ、これ......とんでもない奇跡よ!?」
そしてそれを聞くなり大声を上げて膝から崩れ落ちた。その聖火崎の様子を見るなりその場にいたマモンとダンタリオン以外の悪魔は、明日雹どころか爆炎術式がそこら中に落ちまくるのではと心から思った。だって、いや悪魔に対して割と険悪でないこいつだからかもしれないが、いやでも......
......勇者が1人の悪魔に会えたことに、感動して崩れ落ちるなんて。
「いや7罪に会えている時点で汝はVIPに会ってるんじゃが」
「そんなに凄いやつなのか?そのばるはら......」
「当たり前よ!!この世界で言うところの安倍総理みたいなものよ!?」
「ええ、そんなに?」
「うん!!マモンはね、下界一の大富豪で、東方にあるでぇー............っかいお屋敷の主人なの。それでね、そのお屋敷があるから人間界東方は経済状況がいいんだよ!!マモンがお金回りを良くしてるから、景気もいいし!!」
「マジか!!......て言われてもやっぱり、分かりにくいなぁ......」
マモンは自身の横で繰り広げられる他人によって語られるマモン自身の武勇伝に耳を押さえ、そんな事とは知らない聖火崎と葵雲の手によってマモンの武勇伝はどんどんまくし立てられていく。
しかしそれを聞いてもいまいちぱっときていない望桜に、鐘音が恐らく今までで1番分かりやすいマモンの財産の説明を一言で済ませた。
「地球全部のお金のうち、35%くらい個人で所持してる感じ」
「え、ま、マジで!?すっげええええええええええええええじゃんっ!!!」
「長い長いww」
そしてその例えに望桜もまた先程の聖火崎同様かそれ以上の大声を上げた。
「で、吾輩がここを訪ねたのには理由があってな」
「ああ、ファフニールか」
「そうです。彼奴は一応、御館様と私の大事な家族ですから」
......そう、嵐のようにやってきたマモンとダンタリオンの2人には、分かりきってはいるがある理由があって望桜宅を訪ねたのだ。それはマモンの雇っている使用人......正確にいえば近衛兵長·ファフニール関連の事だ。
それを察している望桜はマモン達を自室に通した。マモンもダンタリオンを従えてそれについて行きながら事の経緯を話す。
「彼奴は第拾参弦聖邪戦争、勇者軍の南方解放......いや、防衛と言った方が正しいな。その南方防衛戦後にフィオメーレ郊外の荒野で無惨な姿になって倒れていたのをたまたま通りかかった吾輩が発見し、救出した後から我が館で働いておる近衛兵じゃ」
「はい。近衛兵長ではありますが、館敷地内での揉め事を起こした客を地下牢に放り込む仕事を主に行っていました。御館様や私、馬鹿近衛兵長の住む母屋から離れたの他の館は、ヴァルハラ=ノーリを中心に5つをホテルとして貸し出してますから」
「マモンの館の敷地内はね、いくら相手がとてつもなく憎たらしい奴であろうと、大っっ嫌いな敵対種族だろうと戦っちゃダメ!!な下界唯一の"絶対中立区"のお宿なの。そのルールを貫くために、近衛兵だけで小さな国が作れちゃうくらいの兵士を集めてて、その全員が戦闘のプロなんだよ!!」
「すっげえ......」
「もうね、下界全体をマモンの館の敷地内にして欲しいってくらいには平和なのよ、ヴァルハラの中って」
「まあ戦闘を起こしたら誰であろうと死刑か無期懲役確定なのを承知し、自身が刑罰が執行される対象になっても文句は言いませんし悪評も流さずただ刑を受けますって誓約書を、門から入る時に書かされることで有名だからね」
「マジか......」
マモンがファフニールに出会った経緯、そして自身とファフニール、ダンタリオンの家でもあるヴァルハラ=グラン·ギニョルの説明をし、それに続けてダンタリオンと葵雲、鐘音も説明した。
......マモンの館はヴァルハラ=グラン·ギニョルという母屋が最東端に位置し、5つの直方体の大きな館が並んでいる。母屋に近い方からヴァルハラ=ノーリ、アジーン、ドヴァー、トリー、チェトィリエがあり、母屋から遠ざかるほど宿泊代金は安くなる。
各館に調理室完備で、朝食付き。希望すれば昼食、夕食も付けられる。更にはアフタヌーンティーの用意までしてくれるほどのサービス徹底ぶり。そのお陰で皇国人や魔界人、悪魔等が1日900人ほど泊まりに来る。
東方の5割を占める広大な敷地内には、遊園地や牧場、畑、訓練場等がありひとつの小さな町のようにもなっていて、1日中使っても回りきれないと言われている。更に東方元帥の城·翠彗暁宮の城下町が敷地を出て直ぐの所で南北に広がっており、そこを回るのにもまた4日ほど要するし、細かいところを見て回るにはもっとかかるとも言われている。
敷地内は広大な自然と幾何学的でアンティーク調の館の風景が美しく、1歩外に出ればまるでアート作品のようなカラフルな建物の並ぶ通りから東方街のシンボルカラーである翠をふんだんに使った、まるで宝石細工のような街並みが広がっていてそれを何回も見に来る者もいる。上記で述べたことが更にヴァルハラ=グラン·ギニョルの人気をひきたてているんだろう。
......と、日本ではまず有り得ないホテルの説明と東方の街並みの説明を聞いているうちに、望桜はもはや衝撃にも慣れてき始めていた。部屋に着き、小さなことでは驚かなくなった望桜にマモンは最後の説明をした。
「最後に、いちばん高いノーリでも......」
「待て、もう俺は何が来ても驚かんからな!!」
「......1泊15000円」
その直後、次回の住民定例会で望桜達は"夜中は静かに過ごしましょう"と、1階に住むヨシダパークハイム住民のボス的存在である細木部 陽子ににっこりとした笑顔で言われることが決定したのであった。にっこりとした笑顔だからこそ恐怖が倍増する、という感じで。
──────────────Now Loading────────────
「下界西暦19434年10月4日。私達は散り散りになり、互いの命運をただ祈るばかりである。2つの辰星を巻き込んだ1つの惑星の思惑は、思いがけぬところで狂い始めるであろう。魔に染った天の使いは、凍てつく海峡に橋渡す宝玉の翼の地にて、迷える人々に再び暁をもたらす。例えそれが......」
「......的李君、ちょっといいかい?」
......一方その頃、神戸市内のとある古本屋の2階にて。的李は昔ながらの白熱電球と蝋燭、そして都会の夜景の灯りを頼りに、年季の入った木製の椅子に腰かけて古ぼけた本のページに×××を書き込んでいた。
的李の丁寧な字がずらりと並ぶページが本の初めから3分の1ほどを埋めているだけで、まだまだ白紙のページは多い。羽根ペンでその本に新たな内容を書き加えている最中、的李のいる部屋のドアが軽くノックされた。本に栞を挟んで閉じた後、1つ返事でドアの元に向かいその扉を開いた。
「......中村さん、何か......?」
「ははは、そう身構えることもないよ。正式雇用の件について、この機会に聞いておこうと思ってね」
「ああ......」
もの優しそうな老人に恐る恐る尋ねた的李に優しく声をかけた老人は、部屋の中によたよたと入ってソファに座った。......老人は的李のバイト先の店長だ。名前は中村 辰治という。的李が信頼しきっている日本の人間の1人で、今回のことを話してみたら、快く店舗2階の居住スペースの1室を貸してくれた。
......中村はもう既に家内が他界し、息子2人も上京したり結婚したりで家を離れ、若い頃に開いた店の後継を探せないでいた。かといってバイトを募集したら集まるっちゃ集まるがすぐに辞めていく者が多数で、初めは8人いたバイト店員も1人だけになった。
商店街の隅にあるしがない古本屋よりも神戸駅の近く等の都会にある本屋の方が若者の目も向きやすく、近頃の大幅な都市開発によりバイトの募集をかけても人が集まらなくなり、自分も歳になりそろそろきつくなってきたので、皆に応援されてできたこの店も自分1代だけでもう潰れるのか......と中村が思っていた頃だった。的李がバイトに応募したのは。
期待はしたがまたどうせすぐ辞めるんだろう......と思って中村は意気消沈も甚だしい様子のまま的李の面接を行った。しかし的李の面接をしているうちに、"なんて真面目で誠実な若者がやってきたのだろう"とまず自身の目を疑い、頬をつねり現実であることを的李の目の前で確かめた程に的李のバイトの希望は中村にとって嬉しいものであったのだ。
そして案の定約2、3ヶ月だった今でも的李は日々の業務をしっかりこなし(たまに不器用すぎるのが傷だが)、的李はいつしか中村の古本屋経営の大黒柱となった。
本の配置から客引きの方法、リピーターを増やすための工夫などを中村と的李と、あと1人のバイトと二人三脚で行い潰れる寸前の状態をなんとか回避した。そのくらいの店だから時給も低いが、それでも的李は古本屋でのバイトを続けている。的李としては業務内容が結構好きだからと、不器用でもできる業務が大半だからだ。
......まあ色々あって、正式雇用の話が中村から的李に伝えられているのだ。"正式雇用"といってもただの昇級ではない、店長を継ぐか継がないかの選択でもある。それも的李は重々承知だ。だから既に1週間ほど、決めあぐねているのだ。
「......まだ、正確には決めていないのだよ」
「そう急がなくてもいいさ、私もすぐに働けなくなるという訳では無いからね......ほら、珈琲だ。君の好きなミルクたっぷりのやつだよ」
的李が俯いて正式雇用の件について考えている間に、部屋備え付けの簡易キッチン内にあるコーヒーサーバーで珈琲を作った中村が的李にそれを手渡す。ブラックではないが、砂糖の入っていない甘くないカフェオレ。それを受け取りゆっくり1口だけ飲んで、的李は1つ溜息をついた。
「ありがとう........ふぅ......」
「......その様子じゃあ、彼にも話せていないんだね?」
「ああ、まあ......分かるかい?」
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その問いかけに苦笑いをうかべながら再び珈琲を口に運ぶ的李に、中村はゆっくり答えた。
「まあね。君のことだから、粗方迷惑はかけられないと言った理由なんだろう」
「......迷惑は今まで散々かけてきているから、これからはむしろ助けになってあげたいのが山々なのだよ。それでも迷惑をかけることはあるけれど...... 」
「直接本人に言えばいいのに」
「それは絶対に嫌なのだよ」
嫌々、と言ったふうに首を横に振ってみせた的李に中村はにこりと微笑んだ。
「ははは、なら仕方ない。とにかく、そうせかせかすることでもないんだから、ゆっくり決めるといい。では私はそろそろ眠るとしよう。君は......」
「もう少したったら寝るのだよ。おやすみなさい」
「おやすみ」
そして階段の木が軋む音が遠ざかりやがて聞こえなくなった頃、的李は再び本を開き続きを書き留めた。
「例えそれが............一時的なものであっても。」
その1文を書き終わったあとすぐにまた本を閉じて、いつものソファベッドより幾分か狭いシングルベッドへと場所を移した。目に少し焼き付いた白熱電球のフィラメントの光が消える頃、的李は完全に夢の中へと旅立っていた。
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