マッチングアプリ

鶴機 亀輔

文字の大きさ
上 下
46 / 51
第9章

緊張と不安の初デート2

しおりを挟む
『ああ、それはよかった。オレもおまえが康成のダチだって話をよく聞いてる』

「悪いけど、変なマウント取らないでくれるかな?」

『おいおい、敬語で話すと思ったらタメ語かよ』

「その言葉、そっくりそのまま返すよ。ぼくは、あなたと会ったことも、話したことも一度だってないんだけど。礼儀を欠いてる人間に礼儀正しくする必要なんてmないよね。馴れ馴れしくしないでくれる?」

『お堅いなー』と電話口の男が声を立てて笑う。『そんなに礼儀だなんだって小うるさいくせして、すぐにケツの穴を差し出すビッチとかマジ受けるんだけど。今日の初デートも、その体で男を籠絡するつもり?』

 こんな男が康成と付き合ってるの? 信じられない……。

 気持ちが高ぶらないように抑えつつ話を続ける。

「康成からどういうふうに話を聞いているのか知らないけど、人の話に首を突っ込まないでくれる。ほっといてよ」

『そうだな、俺としてはそっちのほうが助かるよ。おまえみたいなのが康成にまで手を出してきたら、困るからな』

『いい加減にしろ! このボケナス!』

 ドゴッ! と固いものが何かにぶつかる大きな音がして、ぼくはスマホを耳から遠ざけた。

『康成、おまえ……あっ……』

『てめえは人のダチに、なんっつーことを言ってるんだよ! 最低クソ野郎……!』

「ごめん。悪かったってば……なあ、許してくれよ!」と男が情けない声で謝っている。

 それ以外にもガシャンガシャン、ドタンバタンととんでもない音がする。何かが壊れたり、倒れたり、割れたりするような音だ。

 なんだか電話をしなかったほうがよかったかもと思いながら、電話を切ろうとしたら、康成の『晃嗣!』とぼくの名前を呼ぶ声がする。

『悪い。うちのバカ彼氏が、ろくでもないことばっかり言って……代わりに謝る、ごめん』

「謝らなくていいよ。事実だし」

『そういうわけにはいかないだろ! だって、おまえは変わろうとしてるんだ。今日のデートだって、あのアホが言うようなやつじゃなくて、もっとマジなやつだろ!? 遊びで一晩寝るんじゃなくて、真剣に恋愛したいって思って、お互いの性格とか価値観なんかの相性を確かめるやつ。この間も言ってただろ。『すごく誠実な人と出会えて、デートがすっごく楽しみだ』って。どうした、何があったんだよ?』

「なんでもない、大したことじゃないんだ。きみの彼が言うように、人ってそんなに簡単に変われるものじゃない。……ぼくの本質は、きっと変わらないんだ」

 ますます北野さんと会うのが怖くなっていく。

 いくら好きな人に失恋したからって、何人もの男とセックスするようなやつを、あの人はどう思うだろう?

 黙っていても、騙したことにならない。けど、そんな事実を知ったら、北野さんでもぼくのことをいやになるかもしれない。だから――言いたくない。

 でも言わないと彼に嘘をついているような感じになりそうで、後で知られたときに、どうしようって思う。

 実際に会ってもいない人に嫌われたくない、好かれたいと思うなんて……どうかしてる。

「実はやめようと思ってるんだ。今日のデート」

『えっ……おまえ、何言って……?』

「ぼくみたいなやつと会っても北野さんのために、ならない。無意味なんだよ」

『おまえ、会いたくなくなったのか?』

「ううん……会いたいよ……。でも怖いんだ。ぼくの悪いところや、ダメなところを知られて、『いらない』って言われるのが……すごく怖い」

 すると『うーん……』と康成が唸り声をあげる。『会わないで後悔するよりも、会って後悔したほうがいいと思うぞ』

「どういう意味?」

『北野さんが次はなしって判断するにしても、実際に会って言われれば諦めもつく。だけど、今日行かなくて次はなしってことになったら、『あのときデートに行けばよかったとか』みたいな、もしもの話を延々と考えることになるぞ。そうしたら、また航大くんのときみたいに悩んだり、前に進めなくなるんじゃないか?』

「それは……いやだな」

 正直に思いを告げれば、康成は『だから日にちを改めるにしても絶対、会ったほうがいい。そっちのほうがおまえのためにも、北野さんのためにもなる』と念を押してきた。

『なんにもならないって言うけど、きっと北野さんは、晃嗣とデートできることをすごく楽しみにしてる。で、おまえの話を聞くに、二回目のデートもしたいって考えてるぞ』

「会ったこともない相手なのに?」

 あんなに誠実でやさしい人なんだから、きっとぼく以上の人は、すぐ現れる。

『そうだな。遊び相手や寝る相手ならできるかもしれない。けど、家族になれるくらいの恋人を見つけるのは時間も、手間もかかる。だからマッチングアプリだけでなく、結婚相談所まで使ってるんだ。そこのプロがおまえを紹介してきて、おまえの写真を見たり、実際にメッセージのやりとりとか、電話してるうちに、いいなって思ったんだろ。向こうは、おまえが期待している以上かもしれないんだぞ。それなのに、おまえが来てくれなかったら傷つくんじゃないか?』

 航大に「好き」と言われたくて、夜が明けるのをじっと待っていたことを思い出す。同時に公園の前で時計やスマホの画面を見て、ぼくが来るのを待つ北野さんのイメージが目の前に浮かんだ。

「でも、ぼくは……」

『まだ最初なんだし、相手のことを一から十まで、まるっと知る必要だってない。そこにいる、その人のありのままの姿を……嘘をついていない本当の姿が見られればいい。それで思ったこととか、伝えたいことを話してみろ』

 自信たっぷりに康成は「大丈夫だ」と力強く言ってくれた。「もし、おまえが玉砕したら、そのときは朝まで話を聞いてやる。骨も全部拾ってやるから行ってこいよ」

 ひどいことを言うなと思いつつ、笑ってしまう。

「そういう話は、やめてほしいんだけど」

『え、悪い……』としどろもどろになる康成に「嘘だよ」と話し、カバンを手に取る。

「ありがとう、康成。いってきます」

『おう、行って来い!』
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

恋した貴方はαなロミオ

須藤慎弥
BL
Ω性の凛太が恋したのは、ロミオに扮したα性の結城先輩でした。 Ω性に引け目を感じている凛太。 凛太を運命の番だと信じているα性の結城。 すれ違う二人を引き寄せたヒート。 ほんわか現代BLオメガバース♡ ※二人それぞれの視点が交互に展開します ※R 18要素はほとんどありませんが、表現と受け取り方に個人差があるものと判断しレーティングマークを付けさせていただきますm(*_ _)m ※fujossy様にて行われました「コスプレ」をテーマにした短編コンテスト出品作です

どうやら俺は悪役令息らしい🤔

osero
BL
俺は第2王子のことが好きで、嫉妬から編入生をいじめている悪役令息らしい。 でもぶっちゃけ俺、第2王子のこと知らないんだよなー

社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈

めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。 しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈ 記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。 しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。 異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆! 推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!

君のことなんてもう知らない

ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。 告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。 だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。 今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが… 「お前なんて知らないから」

変なαとΩに両脇を包囲されたβが、色々奪われながら頑張る話

ベポ田
BL
ヒトの性別が、雄と雌、さらにα、β、Ωの三種類のバース性に分類される世界。総人口の僅か5%しか存在しないαとΩは、フェロモンの分泌器官・受容体の発達度合いで、さらにI型、II型、Ⅲ型に分類される。 βである主人公・九条博人の通う私立帝高校高校は、αやΩ、さらにI型、II型が多く所属する伝統ある名門校だった。 そんな魔境のなかで、変なI型αとII型Ωに理不尽に執着されては、色々な物を奪われ、手に入れながら頑張る不憫なβの話。 イベントにて頒布予定の合同誌サンプルです。 3部構成のうち、1部まで公開予定です。 イラストは、漫画・イラスト担当のいぽいぽさんが描いたものです。 最新はTwitterに掲載しています。

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

孤独を癒して

星屑
BL
運命の番として出会った2人。 「運命」という言葉がピッタリの出会い方をした、 デロデロに甘やかしたいアルファと、守られるだけじゃないオメガの話。 *不定期更新。 *感想などいただけると励みになります。 *完結は絶対させます!

トップアイドルα様は平凡βを運命にする

新羽梅衣
BL
ありきたりなベータらしい人生を送ってきた平凡な大学生・春崎陽は深夜のコンビニでアルバイトをしている。 ある夜、コンビニに訪れた男と目が合った瞬間、まるで炭酸が弾けるような胸の高鳴りを感じてしまう。どこかで見たことのある彼はトップアイドル・sui(深山翠)だった。 翠と陽の距離は急接近するが、ふたりはアルファとベータ。翠が運命の番に憧れて相手を探すために芸能界に入ったと知った陽は、どう足掻いても番にはなれない関係に思い悩む。そんなとき、翠のマネージャーに声をかけられた陽はある決心をする。 運命の番を探すトップアイドルα×自分に自信がない平凡βの切ない恋のお話。

処理中です...