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鶴機 亀輔

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第4章

溺れる者は藁をも摑む1

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   *



 法学部のバイトの先輩に教わった法律事務所を後にする。

 ネットの誹謗中傷に強い弁護士だ。話をしたら、芝谷さんのことも快く引き受けてくださった。

 けど――本音は、なんでこんなことをしなきゃいけないんだろうって感じ。

 時間もお金も馬鹿みたいにかかる。

 時間もお金も大切な人に使うものなのに、どうして、どうでもいい人に使わなきゃいけないんだろう。

 でも、ぼくだって、もう我慢できない。

 本当は訴えるとか、法廷で裁判をするとかは、どうでもよかった。とにかく、だれでもいいから芝谷さんを懲らしめてほしい、それだけ。自分がどれだけ愚かなことをしているのか、人から指摘されて、少しは頭を冷やせばいいんだ。

 顔を上げればすでに日が傾いている。あっという間に時間が過ぎて夕暮れどきだ。

 朝食も、昼食も食べていない。おなかがひどくすいている。地図アプリを起動して、駅前に評価の高いイタリアンレストランがあるのを確認する。

 レストランへと入り、好物のカルボナーラとイタリアンサラダを頼む。なんでもいいから空腹をどうにかしたかった。

 店内は、今年の夏をどう過ごすのか相談し合っている高校生や大学生、井戸端会議をしている妙齢の女性で賑わっていた。

 先に、頼んでおいたアイスコーヒーがやってくる。いつもならミルクを入れて飲むのだが、ストレートで飲みたい気分だった。ひんやりと冷たい黒い液体で喉を潤す。カランと氷が動く。

 あれ? 違和感を覚えて首を傾げる。

 すると店員が来て、カルボナーラとサラダをテーブルの上へ置いた。お礼を言い、卓上のフォークを手に取る。クルクルと巻き取ったパスタに、おそるおそる口をつける。

 いつもなら――塩のきいたパンチェッタがしょっぱくて味わい深いとか、胡椒の香りと辛さが食欲を増進させるとか、玉子と牛乳、チーズがバランスよく混ざっていて甘くまろやかだと思うのに――味がよくわからない。

 昨夜までは普通に食べられていた。

 だけど今は……砂やゴムでも嚙んでいるみたいで、食べ物の味を感じにくくなっている。

 気持ち悪い。

 胃が空っぽでキリキリ痛い。食欲が満たされないと身体が喚いている。でも食べ進まない。

 フォークでパスタを巻き取る手が、どんどんゆっくりになり、ついには止まる。

 茫然としていればスマホの通知音がする。

 航大から連絡が来たのかと思い、急いでスマホを取り出す。

 画面を見れば、SNSで意気投合したゲイの人からだった。

 Z大の人で同い歳。すでに何度か会っている。けっして悪い人じゃない。始めてできたゲイの友だちだった。

 ただ恋人と別れたぼかりだからか、デートをするたびに「ホテルへ行こうよ」と誘ってくる。それだけが、どうしてもいやだった。

 いつも適当な理由を並べて、のらりくらりかわしながら、夜になるとアパートへ帰った。



 処女は高校のときにセフレで捨てた。今さら純情ぶるつもりもない。

 それでもセフレだった男に何度抱かれても、航大を思う気持ちは消えなかった。他の男に抱かれて快楽を得ている自分が、ごみ集積場に積み上げられたゴミ袋の中の汚物のように思えた。精神的に疲弊してしまい、セフレの関係を解消してもらったのだ。出会ってから半年ももたなかった。



『今、どこ? 何してる?』というメッセージに、ぼくは即レスした。

『用事があったから東京にいるよ』

『池袋』

 タップし終えるとすぐに返信が来た。

『オレも!』

『池袋の西口にいる』

『今から会わない?』

 すでに時刻は五時を過ぎている。この後、彼と会ったらいつも通り「ホテルに行かない?」と誘われる可能性が高い。

 いつものぼくだったら適当にはぐかして帰途につくだろう。

 でも――今は、何もかもが全部どうでもよかった。

 航大と芝谷さんのことで振り回されて、ひどく疲れていた。頭の中がグチャグチャ。何もかもを放りだしてしまいたかった。

『いいよ』とぼくは返信をして、席を立った。



   *



 シャワーの蛇口のハンドルをひねって、お湯を止める。備えつけのバスタオルで身体を吹き、下着を身に着けずそのままバスローブを羽織る。髪をドライヤーで乾かし、ベッドへ続くドアを開ける。

「お待たせ」

 ベッドに腰掛けている男の隣へ座る。ベッドのスプリングが、ギシリと軋む。

「秋くん、こうやってホテルに来れたのはうれしいけど、どうしたの? なんか元気ないし、具合が悪いなら今日はやめておこうよ、ねっ」

 そうして男に気遣われ、肩を擦られる。

「具合が悪いわけじゃないから平気。ただ、失恋しただけだよ」

 すると男が目を見開き、ぼくの顔を凝視する。

「一晩中気持ちよくしてほしいんだ。自分がだれなのかも忘れて、前後不覚になるくらいグチャグチャにして」

「いいの? 本当に」と訊いてくる男の唇を、唇で塞ぐ。

「うん、シよ」

 そうすれば嚙みつくようなキスをされる。舌と舌を絡ませあい、時折吸う。上顎部のザラザラした部分を舐めている間に肩から腕を擦られ、手が下へと下へと移動していく。

 バスローブの合わせから腿に触れられ、バスローブの腰紐を解かれる。

 唇で首筋から鎖骨、左胸部を愛撫される。そうして左の乳首に男の唇が触れる。
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