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第10章
王子様5
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「普通は、好きな人のためにそこまでできないんじゃないかな? たとえ魂の番でも、中学生でそこまでできるアルファはいないと思う。第一、朔夜くんが本当に自分勝手な独裁者だったら、人はついてこないと思うよ」
「たまたまだよ。たまたま俺以外に年の近いアルファがいないからだ。もし、俺よりも上級の――有能なアルファがいれば、きっと、みんなついて来なかった」
ノートに回答を書く手を止めた空は、睨むようにして朔夜のほうへと目線をやる。シャープペンをノートの上に置いた彼女は、冬の雪が降る直前の曇り空のような瞳を見つめる。
「だとしたら、みんなは朔夜くんよりも、あの兄妹に味方をしたはずだよ。だって、朔夜くんよりも、あの人たちのほうが力が上だったんだから」
「それは……」
「でも、そうはならなかった。朔夜くんの日向くんを思う姿を見て、みんなが朔夜くんについていくことを決めたから。あの兄妹の傍若無人で横暴な姿よりも、大切な人を守ろうと必死になっていあなたの姿に、心を動かされたの。そうじゃなきゃ、私の好きになった日向くんが、ああやって笑顔で幸せそうにしていることもなかったと。朔夜くんだから、できることがあるの。あなたじゃなきゃダメなことがある。もっと自信を持って、ねっ?」
「……ああ」
朔夜は一言返事をして相談室を後にした。剣道の試合をして疲れているわけでもないのに、どこか重い足取りで、ひとり階段を下りていく。
そして別棟の出入り口のドアの取っ手を掴み、自嘲的な笑みを浮かべた。
「俺が〈王〉だっていうのなら、どうして俺の隣に立つ日向は〈王子様〉なんだろうな」
ボソリと口にして朔夜は外へと出ていった。
日向が女でもないのに、お姫様になりたがるわけがないことを朔夜は、よくわかっていた。だとしても恋人である日向が王子様と言われている理由は、その容姿が優れ、女子や弱い者のやさしいからだけでないことも理解していた。
傍から見れば日向はオメガの男子とは思えないほどに――普通のベータの男子やアルファの男子と寸分変わらない力を持っているように見えるから〈王子様〉と呼ばれるのだ。
だが、それは日向がとてつもない無理を重ねているからできること。
オメガを見下す人間に二度と負けないよう、自分の命を守るためにやっている行為だと朔夜は知っているのだ。
*
三階までの階段を駆け上り、日向は教室の扉を勢いよく開ける。
「お、おはよう……」
教室のドアの前に置かれた石油ストーブに当たっている洋子や衛と、その近くで図書館から借りてきた漫画を回し読みしている穣、好喜は、すでにヘロヘロ状態になっている日向に向かって挨拶をした。
「せ、先生……まだ来ていない? ……遅刻? それとも……セーフ?」
「ギリギリセーフだ。日直である叢雲と野羊島が日誌を取りに行ったところだぞ」と衛が教えてやる。
「そっか。今日は、さくちゃんと角次くんなんだ……」
好喜は漫画を読むのを中断して、朔夜と角次のことをぼやき始めた。
「ったく、朔夜と角次の奴、運がいいよなー! 午前中、日誌にでっかく〈マラソン〉って書いときゃいいんだからさ。碓氷だって、そう思うだろ?」
ずいっと日向に近づき、同意を求めるものの日向は「そ、そうかもしれないね?」と曖昧な答え方をする。
「いや、おまえが言うなよな、好喜。おまえもなんだかんだタイミングがよくて、日直の仕事をしなくて済むことが多かっただろーが」と穣は好喜の頭にチョップを食らわす。
「あれ、そうだっけ?」と好喜は、ヘラヘラ笑った。
席替えのくじ引きで黒板の前の席になった日向はスクールカバンを机の上に置いた。黒のコートを脱ぎ、水色のマフラーを外し、紺色のジャージ姿になる。自分のロッカーへ服とカバンを掛けにいく(普段であれば制服を着用して登校することになっていたが、この日はマラソン大会ということで生徒はジャージを朝から着用しての登校だったのだ)。
冷たくなった手を温めようと日向は、洋子と衛の隣へ行き、ストーブにあたる。
「あったかいねー。洋子ちゃん」
「そうねー。外の寒さが身に堪えるわー、ひなちゃん。うちのお母さんとおばあちゃんが今朝、話していたんだけどー、今日は雪が降るかもしれないってー」
「そうなんだ。じゃあ、マラソンは中止かな?」
「いや、それはないんじゃねえか? 天気予報は晴れだったし。何より先生たちが授業よりマラソンって感じだからな」
「確かに。先生たちも『授業の準備をしなくて済むぞー!』って喜んでたよね。ところで心ちゃんと鍛冶くんは、どこに行ったの?」
「ベランダよー」と洋子は窓のほうを指差した。
「ベランダ? まさか――光輝くんたちが!?」
眉間にしわを寄せて日向が訊けば、「違う、違う」と穣と好喜が手を振って否定する。
「自分からベランダに行ったんだよ、あいつら」
「本当は、屋上に行きたいって言ってたよなー」
わけがわからず、日向は頭にクエスチョンマークを浮かべ、困惑する。
「とにかく見てみろよ。胡蝶も火山も面白いことをやっているぞ!」と衛は愉快そうに笑った。
「たまたまだよ。たまたま俺以外に年の近いアルファがいないからだ。もし、俺よりも上級の――有能なアルファがいれば、きっと、みんなついて来なかった」
ノートに回答を書く手を止めた空は、睨むようにして朔夜のほうへと目線をやる。シャープペンをノートの上に置いた彼女は、冬の雪が降る直前の曇り空のような瞳を見つめる。
「だとしたら、みんなは朔夜くんよりも、あの兄妹に味方をしたはずだよ。だって、朔夜くんよりも、あの人たちのほうが力が上だったんだから」
「それは……」
「でも、そうはならなかった。朔夜くんの日向くんを思う姿を見て、みんなが朔夜くんについていくことを決めたから。あの兄妹の傍若無人で横暴な姿よりも、大切な人を守ろうと必死になっていあなたの姿に、心を動かされたの。そうじゃなきゃ、私の好きになった日向くんが、ああやって笑顔で幸せそうにしていることもなかったと。朔夜くんだから、できることがあるの。あなたじゃなきゃダメなことがある。もっと自信を持って、ねっ?」
「……ああ」
朔夜は一言返事をして相談室を後にした。剣道の試合をして疲れているわけでもないのに、どこか重い足取りで、ひとり階段を下りていく。
そして別棟の出入り口のドアの取っ手を掴み、自嘲的な笑みを浮かべた。
「俺が〈王〉だっていうのなら、どうして俺の隣に立つ日向は〈王子様〉なんだろうな」
ボソリと口にして朔夜は外へと出ていった。
日向が女でもないのに、お姫様になりたがるわけがないことを朔夜は、よくわかっていた。だとしても恋人である日向が王子様と言われている理由は、その容姿が優れ、女子や弱い者のやさしいからだけでないことも理解していた。
傍から見れば日向はオメガの男子とは思えないほどに――普通のベータの男子やアルファの男子と寸分変わらない力を持っているように見えるから〈王子様〉と呼ばれるのだ。
だが、それは日向がとてつもない無理を重ねているからできること。
オメガを見下す人間に二度と負けないよう、自分の命を守るためにやっている行為だと朔夜は知っているのだ。
*
三階までの階段を駆け上り、日向は教室の扉を勢いよく開ける。
「お、おはよう……」
教室のドアの前に置かれた石油ストーブに当たっている洋子や衛と、その近くで図書館から借りてきた漫画を回し読みしている穣、好喜は、すでにヘロヘロ状態になっている日向に向かって挨拶をした。
「せ、先生……まだ来ていない? ……遅刻? それとも……セーフ?」
「ギリギリセーフだ。日直である叢雲と野羊島が日誌を取りに行ったところだぞ」と衛が教えてやる。
「そっか。今日は、さくちゃんと角次くんなんだ……」
好喜は漫画を読むのを中断して、朔夜と角次のことをぼやき始めた。
「ったく、朔夜と角次の奴、運がいいよなー! 午前中、日誌にでっかく〈マラソン〉って書いときゃいいんだからさ。碓氷だって、そう思うだろ?」
ずいっと日向に近づき、同意を求めるものの日向は「そ、そうかもしれないね?」と曖昧な答え方をする。
「いや、おまえが言うなよな、好喜。おまえもなんだかんだタイミングがよくて、日直の仕事をしなくて済むことが多かっただろーが」と穣は好喜の頭にチョップを食らわす。
「あれ、そうだっけ?」と好喜は、ヘラヘラ笑った。
席替えのくじ引きで黒板の前の席になった日向はスクールカバンを机の上に置いた。黒のコートを脱ぎ、水色のマフラーを外し、紺色のジャージ姿になる。自分のロッカーへ服とカバンを掛けにいく(普段であれば制服を着用して登校することになっていたが、この日はマラソン大会ということで生徒はジャージを朝から着用しての登校だったのだ)。
冷たくなった手を温めようと日向は、洋子と衛の隣へ行き、ストーブにあたる。
「あったかいねー。洋子ちゃん」
「そうねー。外の寒さが身に堪えるわー、ひなちゃん。うちのお母さんとおばあちゃんが今朝、話していたんだけどー、今日は雪が降るかもしれないってー」
「そうなんだ。じゃあ、マラソンは中止かな?」
「いや、それはないんじゃねえか? 天気予報は晴れだったし。何より先生たちが授業よりマラソンって感じだからな」
「確かに。先生たちも『授業の準備をしなくて済むぞー!』って喜んでたよね。ところで心ちゃんと鍛冶くんは、どこに行ったの?」
「ベランダよー」と洋子は窓のほうを指差した。
「ベランダ? まさか――光輝くんたちが!?」
眉間にしわを寄せて日向が訊けば、「違う、違う」と穣と好喜が手を振って否定する。
「自分からベランダに行ったんだよ、あいつら」
「本当は、屋上に行きたいって言ってたよなー」
わけがわからず、日向は頭にクエスチョンマークを浮かべ、困惑する。
「とにかく見てみろよ。胡蝶も火山も面白いことをやっているぞ!」と衛は愉快そうに笑った。
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