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第2章

花のアクセサリー

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 黄色いたんぽぽの花冠を、朔夜は日向に見せた。

 花冠の出来映えに日向は感嘆する。

「これ、さくちゃんがひとりで作ったの!?」

「そうだ。おまえ、春休みに親戚の結婚式へ行った話を何度もしてただろう。『花嫁さんも、花婿さんもお花の冠をしていて、かわいかった』って。きぬに話したら、たんぽぽの冠の作り方を教えてくれたんだよ。で、あいつに教わりながら作ってみた」

「そうなの!? さくちゃん、手先が器用なんだね。こんなにすてきなものを僕がもらってもいいの?」

「もちろんだ、おまえのために作ったんだから」

 日向は、朔夜に花冠をかぶせてもらうと、草むらの中でクルクル回った。

「ありがとう、さくちゃん。すっごくうれしい! 大事なものって、これのことだったんだね」

 びくりと肩を揺らすと朔夜は、ロボットみたいにかくかくした動きをする。

「いや、えっと……冠を作っていたら絹香が、『こういうのもできるわよ』なんて言うからさ。つい、作っちまったんだ」

「何々? 見せて!」

 どこか緊張した声色で朔夜は返事をして、ごくりと唾を飲み込むと、シロツメクサの花でできた指輪を日向の眼前に突き出した。

「その……受け取ってくれるか? もちろん、たんぽぽの冠もおまえに渡したかった。けど、それ以上に、この指輪を渡したかったんだ。だから俺が言う大事なものっは、こっち」

 小さな白い花の指輪と朔夜の顔を交互に見て、日向は口を開いた。

「僕、男の子だよ。男の子のお友だちに指輪は贈ったりしないんじゃ……」

「友だちじゃねえ」

 間髪を入れずに朔夜が答える。

 朔夜の言葉が信じられなくて日向は真顔になり、「えっ?」と訊き返す。

「俺は、おまえを友だちと思ったことは一度だってねえよ」

 長いこと水を与えられず、萎れてた花のように日向は元気をなくした。

「そっか。僕、さくちゃんのお友だちじゃないんだん。さくちゃんがやさしくしてくれるから、勘違いしちゃった。ごめんね」

 すっかり気落ちした日向を前にして、朔夜はあわてて弁解した。

「日向のことが嫌いで『友だちじゃねえ』って言ったんじゃねえぞ。勘違いするなよ!?」

「じゃあ、どういう意味?」

 朔夜は、日向の右手を手に取る。小さな手の平の上にシロツメクサの指輪を載せれ握らせる。

「俺にとって日向は特別なんだ。友だち以上の存在で宝物なんだよ。だれよりも、何よりも、おまえのことが一番大切なんだ」

 瞬間、日向は頭の中が真っ白になった。石のように身体を固まらせ、身動きが取れなくなってしまう。

 あれ? これって漫画で見たシーンと似てる。主人公の男の子がヒロインに……もしかして僕、さくちゃんに告白されてるの?

 同性で、友だちだと思っていた朔夜に思いを告げられる。まさに青天のへきれきだった。

 だが、「好き」とか「つきあって」という明確な言葉を言われた訳ではない。日向は悩んだ。「さくちゃんは僕のことを恋愛対象として見ているの?」と訊こうかどうかどうか考える。

 朔夜は、日向の心情の機微に気づかぬまま、自信に満ちた表情をする。

「俺と日向は魂の番だ。おまえは俺のオメガで、俺はおまえのアルファだからな」

「魂のツガイ?」

「そうだ。この指輪は、おまえが他のアルファやベータのところへ行かないように、取られないようにするための……」

 そこまで言うと朔夜は何度も「こ、こ、こ……」と壊れたレコードみたいに繰り返した。耳まで真っ赤にして、だらだらと全身に汗をかく。汗ばんだ手を握りしめ、目をぎゅっとつぶる。

「婚約指輪だ!」と大声で朔夜は叫んだ。

 息をすることも、瞬きをすることも忘れて日向は、目の前で震えている朔夜のことを凝視する。

 朔夜は、自分の心臓が早鐘を打つのを感じながら、日向の返事を待った。

 一陣の風が吹くと群生している草たちが、ざあざあと音を立てて揺れる。

 恐る恐る朔夜が目を開ける。そこには、眉を八の字にして困惑顔をしている日向がいた。

「さくちゃん、婚約指輪の意味はわかるけど……『オメガ』と『アルファ』ってなあに?」

 がっくりと朔夜は肩を落とした。

 そもそも日向がオメガバースについて知らない可能性があるなんて思いもしなかったからだ。

「ねえ、僕にもわかるように教えてよ!」

 日向は朔夜の腕をぐいぐい引っ張った。

 身じろぎをすれば鼻先が触れてしまうほどの距離に、朔夜はドキリとする。

 大好物のバニラアイスよりも、もっと甘い匂いが日向の身体から香る。

 ぬれ色をした髪が風に揺れて朔夜の肌をかすかに擽った。

 黒いまつ毛はマッチ棒を乗せられそうなくらいに長い。

 瞬きをすれば、光の加減で黒にも、濃い紫にも、深い藍にも見える大きな瞳が現れる。小さな宇宙のような瞳の中に、青、緑、水色といった星々が浮かんでいる。

 象牙色をした肌はすべすべしていて手に吸いつくような触り心地だ。頬も、唇も薄紅色をして、どちらも本物の桃のようにふっくらとしている。
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