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第1章

ある男の意見2

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 だけど、そんなものは大したことじゃない。ひどいのは泊りがけのときに、俺だけ食事が出ない・もらえないことだった。

 コンビニも、飲食店も隣町まで車を一時間以上走らせなければないような村に、本家の邸宅があった。まるで監獄のような家屋で、一度屋敷に足を踏み入れたら、当主の「解散」という言葉が口から出るまで自由に出入りすることを禁じられる。本家の人間は看守のように分家の人間たちの一挙一動を見張っている。

 母方の祖母は当主と血のつながった兄妹だが、その出自により本家への出入りを禁じられていた。

 しかし、その子供である俺の母は当主により、幾度も本家へ連れて来られていたのである。しかし祖母の子供である母も、女たちからひどい嫌がらせを受けていたのだ。

 親子そろって、一族からひどい仕打ちを受けている状況に、母は悔しそうな顔をして泣くまいと唇をみしめていた。

 父は父で妻や子供に何もできないことを歯がゆく思い、ふつふつと湧き上がる怒りを堪えていたのだ。

 本家の庭は学校のグラウンドのように広く、裏は山になっていたから親戚の子供たちがよく遊んでいた。

 お盆休みのときに鬼ごっこをしていた。兄が鬼の役で、親戚の子供たちを追いかけ回す。親戚の子供たちは兄に捕まらないように走って逃げ回っている。

「兄ちゃん、俺も遊びたい! ねえ、俺も入れて――」

 兄に声を掛け、手を握る。

 すると兄は「触るな」と俺の手を振り払い、冷たい目で見た。「おまえなんかと一緒に遊んだら、俺まで仲間外れにされる。おまえのせいで俺も、父さんも、母さんも、みんな苦しい思いをしてるんだ。……あっち行けよ、疫病神」

 そうして彼は、何事もなかったかのように親戚の子供たちとふたたび遊び始めた。

 親戚の子どもたちは兄とは遊ぶものの俺には見向きもしない。「朔夜のことは、この世に存在しない者と思え」と親や当主から、きつくい言い聞かされていたのだろう。

 声を掛けても無視される。一緒に遊ぼうと思い、仲間に入ろうとすればみんな、別の場所へ移動していった。

 幼い頃の兄は、同じ両親をもつ兄弟とは思えないほどに他人行儀だった。

 俺が泣いて助けを求めても手を差し伸べてくれない。どこまでも合理主義な人だし、へたに俺と関わって、厄介事に巻き込まれるのがいやだったのだろう。

 何よりあの人は、俺のバース性がアルファに変化するまで俺を〈弟〉として見ていなかったのだ。



 当時、俺が住んでいた場所は北関東の市街地から遠く離れた、寂れた田舎町。人口の少ないへんなところでは、アルファとめぼしい子どもの数がゼロに等しかった。

 その関係で兄も、母も、祖母もアルファであることを歳の近い子どもたちから、ずいぶんと珍しがられた。アルファを代々輩出する家だと羨望の眼差しを向けられ、もてはやされる。大したことをしていないのに尊敬され、祭り上げられるのは、いささか大げさに感じたものの悪い気はしなかった。

 でも一部の人間からはひどく嫌悪され、これ見よがしに陰口や悪口を言われた。



 ――あの子って、叢雲さんの家のご主人に似ていないわね。奥さんが浮気してできた子なの?

 ――いやあねえ、違うわよ。だって朔夜くんは奥さんやご主人と似てないもの。

 ――心の優しい人たちだから、誰かが橋の下か、ゴミ箱に捨てた赤ん坊を拾って自分の子として育てているのよ。

 ――ああ、そういうこと。素性の知れない赤ん坊を自分の子どもと同然に育てるなんて、人徳のある人たちね。

 ――だから朔夜くんはアルファじゃないのよ。将来ろくな大人にならないわ。そうに決まってる。

 ――もしも、この町に犯罪者が出たりしたらなんて、考えるだけで、ぞっとするわ。何もなければいいけど。早くこの町から出ていってくれないかしら。



 ――おまえ、生意気なんだよ。アルファが生まれる家だからってなあ、おまえも同じアルファだとは限らねえんだぞ!

 ――そうだ、そうだ。こーちゃんは昔からこの町にいて、おまえなんかよりもずうっと偉いんだぞ。新参者が偉そうにすんな!

 ――うばやまで捨てられた捨て子のくせに、調子に乗ってんじゃねえ!



 あの頃の俺は、周りの人間の言うことを気にして、いじけていた。

 何が真実か、うそかわからなくて意地の悪い人間たちの悪意ある言葉を、うのみにした。

 自分は、実の両親から捨てられたみなしごのオメガだと思い込んで泣いていたんだ。



 幼稚園のない休日は外にいることが多かった。

 母は銀行員としての仕事に疲れ、休日は起きるのが遅かった。かといってアルバイトをひとり雇うのも、やっとな父の仕事を手伝わないわけにいかない。

 父は自営業でラーメン屋を営んでいたから、休みの日は客が来るかどうかの勝負どころ。まかないで子供の料理を作ることはできても、遊びの相手をする暇はなかった。

 何より、「勉強の邪魔になるから、おまえは外で遊んでろよ。幼稚園の友だちなんか連れてきて、ゲームなんか始めたら、承知しないからな」と兄から締め出しを食らっていたのだ。彼の言うことを聞かなかったせいで、これ以上嫌われたり、家の中に居場所がなくなってしまうのが怖かったんだ。だから俺はおとなしく、公園へ向かった。
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