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第3章
幸福な男2
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「ああ、もちろんだ。おまえらも次こそは優勝できるように頑張れよ!」
「といって――まだまだ卒業式まで時間があるし、AO入試組で見に行くから練習、気合い入れなよ。今年は入賞だけど、来年は優勝を目指すように! まだ、ここで泣くなよー」と副部長の尊が笑い、その場にいた人間たちは、どっと笑いが込み上げた。
そうしてお好み焼きや、もんじゃ焼き、焼きそばに焼きうどん、とんぺい焼きなんかを焼いては、夕食として食べた。
女子のマネージャーたちが作ってくれた焼きクレープをデザートにして、勘定を終える。
これで高校でのバスケも終わりかと、しみじみする。
二次会でカラオケなんて話も持ち上がったけど、中には共通テストや一般入試で志望する大学への入学を考えているやつもいるから、宴もたけなわな状態でお開きとなった。
バスケをしながら勉強もこなすなんて、すげえ根性あるなと感心しながら、受験メンバーを応援する。
そうして苦楽をともにした見知ったメンバーと別れ、俺と尊は電車に乗った。
最寄り駅に降りれば、外は雪がちらほらと降っている。どうりで寒いわけだなと思っていれば、隣りにいた尊が濃紺の折りたたみ傘を差す。
「葵、一緒に相合傘して帰ろうよ」
高校に入ってから尊は、俺を呼び捨てにして呼ぶようになった。
平凡なツラをしている男が「葵ちゃん」なんて可愛い名前は合ってないと他校のバスケ部の生徒から、からかわれたのがきっかけだ。
以来、尊は俺を呼び捨てで呼ぶようになった。でも、ちゃん付けで呼ばれているときよりも少し距離が縮まったような気がして嬉しい。
家族以外の人間は、俺のことを「槙野」と呼ぶ。だから血縁関係でない人間で俺のことを「葵」と呼び捨てするのは、尊だけ。
ただ名前を呼ばれるだけなのに、すげえ心臓がドキドキして喜んだり、試合で負けそうなときは勇気をもらえた。大会で負けたときも尊に抱きしめられて名前を呼ばれるだけで、次こそは絶対に勝つ。練習しまくって見返してやる。頑張ろうと思えた。
なんて単純なんだろうと自分でも呆れる。
いつからか俺の中で尊の存在は無視できないくらいに大きくなっていた。
「あのあな、おまえと俺じゃ二十センチ以上、身長差があるんだ。おまえ、肩とか、頭とか濡れちまうぞ!」
「大丈夫だよ、雨がザンザン降りってわけじゃないし。家まで徒歩十五分なんだから」
「だけど……」
そうして俺と尊が話をしていると改札を通ってきた人たちが傘を差したり、そのまま雪の中を歩いて帰路につく。中には恋人や家族に車で迎えに来てもらっている人たちもいる。
人がいなくなり、駅の職員も窓口の透明な窓を閉め切っている。
電車が音を立てて発車し、辺りはしんと静まり返った。
尊は体をかがめて、俺の耳元でそっと耳打ちをした。
「今なら人もいないよ。一緒に手を繋いで帰りたいんだ。恋人の願い、叶えてくれない?」
頬や体の内側が熱くなるのを感じながら、息を吐いた。白い雲のようなものが口から出てきて、まるで機関車にでもなったような気分になる。
「……ったく、しょうがねえな。風邪、引いたりするなよ」
「うん、気をつける。ありがとう、わがままに付き合ってくれて」
手袋をはめた手で尊の大きな手を握り、尊が差した傘の中へ入って並んで歩く。
「あっという間に終わっちゃったね、三年間」
「……そうだな。もっと長く感じるかと思ったけど、気がついたら後、三ヵ月で卒業して大学生か」
「ねっ、大学も葵ちゃんと同じところを行けるから嬉しいよ。スポーツ推薦校の枠、お互いにもらえてよかったね」
「ああ、おまえのスパルタ教育の賜物ってやつだな。バスケをやりながらも、赤点も取らなかったし、いい成績をとれたから父さんと母さんも喜んでたよ」
まなじりを下げて、尊が笑った。
「それなら、よかった。おじさんとおばさんの信頼を裏切るわけには、いかないからね。葵は冬休み、どうするの? うちの両親は、仕事の関係もあってハワイで新年を迎えるけど、僕は留守番。大会試合の後でクタクタだから少し、家でウダウダしたいなーって思って」
「うーん……俺んとこは、父さんの実家がある四国のほうに帰省する……明日の朝、出かけるって」
いとこや甥・姪に会いたい気持ちがないと言えば、嘘になる。
でも今年は……。
「俺も留守番したいって父さんたちに話してあるんだ」
「えっ、いいの、葵?」
「うん……正月くらい家で過ごしてえなって。後さ、おまえとデートしたり、バスケやったり、お参りしたいなって思うんだけど……ダメか?」
「ダメじゃないよ。うん、いいよ。東京のほうへ遊びに行くことも、あんまりなかったもんね。僕もバスケが好きだけど、葵もバスケバカだなー。大会が終わったばっかりだよ?」
「うるせえ。大学入ってもサークルでやるんだから、いいだろ。餅やら、お節やら食って、食っちゃ寝してたら体がなまるぞ」
「アハハ、確かに! 正月太りは避けたいな」
横で快活に笑っている尊を肘で突いてやる。
横断歩道に差しかかり、歩行者用信号の青が点滅し、赤になった。雪の中を車が行き交うのを眺め、気分を落ち着かせる。ゆっくりと顔を上げて尊のほうを見上げる。
「といって――まだまだ卒業式まで時間があるし、AO入試組で見に行くから練習、気合い入れなよ。今年は入賞だけど、来年は優勝を目指すように! まだ、ここで泣くなよー」と副部長の尊が笑い、その場にいた人間たちは、どっと笑いが込み上げた。
そうしてお好み焼きや、もんじゃ焼き、焼きそばに焼きうどん、とんぺい焼きなんかを焼いては、夕食として食べた。
女子のマネージャーたちが作ってくれた焼きクレープをデザートにして、勘定を終える。
これで高校でのバスケも終わりかと、しみじみする。
二次会でカラオケなんて話も持ち上がったけど、中には共通テストや一般入試で志望する大学への入学を考えているやつもいるから、宴もたけなわな状態でお開きとなった。
バスケをしながら勉強もこなすなんて、すげえ根性あるなと感心しながら、受験メンバーを応援する。
そうして苦楽をともにした見知ったメンバーと別れ、俺と尊は電車に乗った。
最寄り駅に降りれば、外は雪がちらほらと降っている。どうりで寒いわけだなと思っていれば、隣りにいた尊が濃紺の折りたたみ傘を差す。
「葵、一緒に相合傘して帰ろうよ」
高校に入ってから尊は、俺を呼び捨てにして呼ぶようになった。
平凡なツラをしている男が「葵ちゃん」なんて可愛い名前は合ってないと他校のバスケ部の生徒から、からかわれたのがきっかけだ。
以来、尊は俺を呼び捨てで呼ぶようになった。でも、ちゃん付けで呼ばれているときよりも少し距離が縮まったような気がして嬉しい。
家族以外の人間は、俺のことを「槙野」と呼ぶ。だから血縁関係でない人間で俺のことを「葵」と呼び捨てするのは、尊だけ。
ただ名前を呼ばれるだけなのに、すげえ心臓がドキドキして喜んだり、試合で負けそうなときは勇気をもらえた。大会で負けたときも尊に抱きしめられて名前を呼ばれるだけで、次こそは絶対に勝つ。練習しまくって見返してやる。頑張ろうと思えた。
なんて単純なんだろうと自分でも呆れる。
いつからか俺の中で尊の存在は無視できないくらいに大きくなっていた。
「あのあな、おまえと俺じゃ二十センチ以上、身長差があるんだ。おまえ、肩とか、頭とか濡れちまうぞ!」
「大丈夫だよ、雨がザンザン降りってわけじゃないし。家まで徒歩十五分なんだから」
「だけど……」
そうして俺と尊が話をしていると改札を通ってきた人たちが傘を差したり、そのまま雪の中を歩いて帰路につく。中には恋人や家族に車で迎えに来てもらっている人たちもいる。
人がいなくなり、駅の職員も窓口の透明な窓を閉め切っている。
電車が音を立てて発車し、辺りはしんと静まり返った。
尊は体をかがめて、俺の耳元でそっと耳打ちをした。
「今なら人もいないよ。一緒に手を繋いで帰りたいんだ。恋人の願い、叶えてくれない?」
頬や体の内側が熱くなるのを感じながら、息を吐いた。白い雲のようなものが口から出てきて、まるで機関車にでもなったような気分になる。
「……ったく、しょうがねえな。風邪、引いたりするなよ」
「うん、気をつける。ありがとう、わがままに付き合ってくれて」
手袋をはめた手で尊の大きな手を握り、尊が差した傘の中へ入って並んで歩く。
「あっという間に終わっちゃったね、三年間」
「……そうだな。もっと長く感じるかと思ったけど、気がついたら後、三ヵ月で卒業して大学生か」
「ねっ、大学も葵ちゃんと同じところを行けるから嬉しいよ。スポーツ推薦校の枠、お互いにもらえてよかったね」
「ああ、おまえのスパルタ教育の賜物ってやつだな。バスケをやりながらも、赤点も取らなかったし、いい成績をとれたから父さんと母さんも喜んでたよ」
まなじりを下げて、尊が笑った。
「それなら、よかった。おじさんとおばさんの信頼を裏切るわけには、いかないからね。葵は冬休み、どうするの? うちの両親は、仕事の関係もあってハワイで新年を迎えるけど、僕は留守番。大会試合の後でクタクタだから少し、家でウダウダしたいなーって思って」
「うーん……俺んとこは、父さんの実家がある四国のほうに帰省する……明日の朝、出かけるって」
いとこや甥・姪に会いたい気持ちがないと言えば、嘘になる。
でも今年は……。
「俺も留守番したいって父さんたちに話してあるんだ」
「えっ、いいの、葵?」
「うん……正月くらい家で過ごしてえなって。後さ、おまえとデートしたり、バスケやったり、お参りしたいなって思うんだけど……ダメか?」
「ダメじゃないよ。うん、いいよ。東京のほうへ遊びに行くことも、あんまりなかったもんね。僕もバスケが好きだけど、葵もバスケバカだなー。大会が終わったばっかりだよ?」
「うるせえ。大学入ってもサークルでやるんだから、いいだろ。餅やら、お節やら食って、食っちゃ寝してたら体がなまるぞ」
「アハハ、確かに! 正月太りは避けたいな」
横で快活に笑っている尊を肘で突いてやる。
横断歩道に差しかかり、歩行者用信号の青が点滅し、赤になった。雪の中を車が行き交うのを眺め、気分を落ち着かせる。ゆっくりと顔を上げて尊のほうを見上げる。
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