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第2章
大切な人たち1
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気がつくと、見慣れた自分の部屋のベッドの上に横たわっていた。
寝起きだからか頭がぼうっとする。体を起こすとドアをノックする音が聞こえる。
「ルキウスさま、朝のお食事の時間にございます。お目覚めですか?」
僕は服も着替えず、寝間着のままの状態でベッドから飛び出した。スリッパも履かずに裸足でドアへ向かう。
勢いよくドアを開ければ、父の代から執事長を務めているオレインが柔和な笑みを浮かべていた。
「おはようございます、ルキウスさま。いつもでしたら起きていらっしゃる時間ですのに、本日はいかがなさいましたか?」
「オレイン……!」
――オレインは証人として王宮に呼び出された。僕が反逆者であると言えば無罪放免となり、一生遊んで暮らせるほどの大金をもらえたはずだ。
それなのに彼は、僕が罪人でないと主張し続けた。そして、ひどい拷問を受けて絶命した。
反逆者に手を貸した者として、集団墓地とは名ばかりの場所に打ち捨てられたオレインの亡骸は死体の山に埋もれ、骨を拾うことすらできなかったと聞く。
彼の顔を見た瞬間、涙が止まらなくなった。
いきなり僕が泣き出して、オレインは、ぎょっとする。
「もしや、お体の具合が優れないのでございますか!?」と焦り始める。「失礼いたします」
心配性なオレインは断りを入れると僕の額と自分の額に手をやり、熱を測った。
「旦那様、奥様、大変です! ルキウス様がお熱を出されました……!」
僕は、昔から体が丈夫ではなかったし、子供の頃は「いつ死んでもおかしくない状態だ」と医師から言われていた。実際に命を落としかけたことも何度かある。
それでも十八を超えてからは、めったに具合を悪くすることはなくなっていた。だから熱を出していることに自分でも驚いている。
もしかして『過去』の女神様の力で過去の世界へ戻った反動が来てるのかな? 重い頭で考えていれば、オレインに部屋へ戻るよう、促される。
「さあさあ、ベッドでお休みください。このオレインめが医師を呼んで参りますぞ」
何事ごとだろうと騒ぎを聞きつけたメイド長やメイドたちが僕の部屋の前に集まってくる。
「執事長、何事ですか?」とメイド長がオレインに尋ねた。
「ルキウスさまがお熱を出されたんだ。急いで氷枕と氷水をお持ちせよ。それから料理長に命じて、すりおろしたりんごも用意するんじゃ」
僕の様子とオレインの慌てぶりを目にするとメイドたちは朝の掃除を一旦やめ、オレインの命令を遂行する。
メイド長が冷たいレモン水を注いでくれて、それで喉を潤した。それから横になっていたら、水に浸したタオルを僕の額の上に置いてくれた。
オレインより十歳年下のメイド長は、口数の少ない寡黙な女性だ。笑顔を見せることなんてほとんどないが、根は優しく優秀で、母様からの信頼も厚い。オレインと同じように僕が生まれる前からクライン家に仕えていた。
騒動の一件があった際に彼女もメイドたちとともにクライン家の職を解かれた。エドワードさま側の官僚たちの手回しにより、次の職が見つからず、そのまま凍死したという噂を牢屋の中で聞いたのを覚えている。
若いメイドたちも路頭に迷い、娼婦に身を落としたものがいる。
料理長や庭師たちも浮浪者となってしまった。
オレインは七十五を過ぎた老人とは思えないほどの健脚ぶりで部屋から出ていった。瞬間移動の魔法を使ってもいないのに、いつの間にか窓の向こう側に行っていて「ハイ・ヨー! どうどう!」という掛け声と馬のいななきが聞こえた。
咳き込んでいたら父様と母様が部屋に駆けつけてきて、メイド長が壁際に控える。
「ルキウス、大丈夫か?」
父様が心配そうな顔をして、僕の顔を覗き込み、汗だくになっている僕の手をギュッと握った。
「幼子のように泣きじゃくって、どうしたのです? じきにオレインがお医者様を呼んできてくれます。もう少しの辛抱ですよ」
穏やかな笑みを浮かべて母様は、僕の額に滲む汗を花の刺繍が施されたハンカチーフで拭いてくれた。
「ごめんなさい……父様……母様……ごめんなさい」
「どうした、ルキウス。どこか痛むのか?」
ひどく焦った顔つきで問いかけてくる父様の言葉に、僕は首を横に振る。
「違います。僕が弱いから……迷惑をかけてばかりなのが不甲斐なくて……情けなく思うのです……」
僕の家族は、僕が同性愛者であることを認めてくれている。同性愛者を不快に思い、つま弾きにする人も少なくない。だけど祖母や両親、兄弟、今は亡き祖父も僕の恋をいつだって応援してくれた。
エドワードさまとの交際についてを報告したときも笑顔で祝福してくれた。
僕は恵まれていた。それのに、みんなの期待を裏切り、ひどい目に遭わせてしまった。
父様が、深くため息をついた。
「何を言うんだ、ルキウス。『迷惑をかける』? そんなことは考えなくていい。私たちは家族なんだ。バカなことは考えなくていい」
母様が僕の髪をやさしい手つきですきながら「そうですよ」と微笑んだ。「あなたは、わたしたちの大切な子供です。何があってもわたしたちは、あなたの味方ですよ」
寝起きだからか頭がぼうっとする。体を起こすとドアをノックする音が聞こえる。
「ルキウスさま、朝のお食事の時間にございます。お目覚めですか?」
僕は服も着替えず、寝間着のままの状態でベッドから飛び出した。スリッパも履かずに裸足でドアへ向かう。
勢いよくドアを開ければ、父の代から執事長を務めているオレインが柔和な笑みを浮かべていた。
「おはようございます、ルキウスさま。いつもでしたら起きていらっしゃる時間ですのに、本日はいかがなさいましたか?」
「オレイン……!」
――オレインは証人として王宮に呼び出された。僕が反逆者であると言えば無罪放免となり、一生遊んで暮らせるほどの大金をもらえたはずだ。
それなのに彼は、僕が罪人でないと主張し続けた。そして、ひどい拷問を受けて絶命した。
反逆者に手を貸した者として、集団墓地とは名ばかりの場所に打ち捨てられたオレインの亡骸は死体の山に埋もれ、骨を拾うことすらできなかったと聞く。
彼の顔を見た瞬間、涙が止まらなくなった。
いきなり僕が泣き出して、オレインは、ぎょっとする。
「もしや、お体の具合が優れないのでございますか!?」と焦り始める。「失礼いたします」
心配性なオレインは断りを入れると僕の額と自分の額に手をやり、熱を測った。
「旦那様、奥様、大変です! ルキウス様がお熱を出されました……!」
僕は、昔から体が丈夫ではなかったし、子供の頃は「いつ死んでもおかしくない状態だ」と医師から言われていた。実際に命を落としかけたことも何度かある。
それでも十八を超えてからは、めったに具合を悪くすることはなくなっていた。だから熱を出していることに自分でも驚いている。
もしかして『過去』の女神様の力で過去の世界へ戻った反動が来てるのかな? 重い頭で考えていれば、オレインに部屋へ戻るよう、促される。
「さあさあ、ベッドでお休みください。このオレインめが医師を呼んで参りますぞ」
何事ごとだろうと騒ぎを聞きつけたメイド長やメイドたちが僕の部屋の前に集まってくる。
「執事長、何事ですか?」とメイド長がオレインに尋ねた。
「ルキウスさまがお熱を出されたんだ。急いで氷枕と氷水をお持ちせよ。それから料理長に命じて、すりおろしたりんごも用意するんじゃ」
僕の様子とオレインの慌てぶりを目にするとメイドたちは朝の掃除を一旦やめ、オレインの命令を遂行する。
メイド長が冷たいレモン水を注いでくれて、それで喉を潤した。それから横になっていたら、水に浸したタオルを僕の額の上に置いてくれた。
オレインより十歳年下のメイド長は、口数の少ない寡黙な女性だ。笑顔を見せることなんてほとんどないが、根は優しく優秀で、母様からの信頼も厚い。オレインと同じように僕が生まれる前からクライン家に仕えていた。
騒動の一件があった際に彼女もメイドたちとともにクライン家の職を解かれた。エドワードさま側の官僚たちの手回しにより、次の職が見つからず、そのまま凍死したという噂を牢屋の中で聞いたのを覚えている。
若いメイドたちも路頭に迷い、娼婦に身を落としたものがいる。
料理長や庭師たちも浮浪者となってしまった。
オレインは七十五を過ぎた老人とは思えないほどの健脚ぶりで部屋から出ていった。瞬間移動の魔法を使ってもいないのに、いつの間にか窓の向こう側に行っていて「ハイ・ヨー! どうどう!」という掛け声と馬のいななきが聞こえた。
咳き込んでいたら父様と母様が部屋に駆けつけてきて、メイド長が壁際に控える。
「ルキウス、大丈夫か?」
父様が心配そうな顔をして、僕の顔を覗き込み、汗だくになっている僕の手をギュッと握った。
「幼子のように泣きじゃくって、どうしたのです? じきにオレインがお医者様を呼んできてくれます。もう少しの辛抱ですよ」
穏やかな笑みを浮かべて母様は、僕の額に滲む汗を花の刺繍が施されたハンカチーフで拭いてくれた。
「ごめんなさい……父様……母様……ごめんなさい」
「どうした、ルキウス。どこか痛むのか?」
ひどく焦った顔つきで問いかけてくる父様の言葉に、僕は首を横に振る。
「違います。僕が弱いから……迷惑をかけてばかりなのが不甲斐なくて……情けなく思うのです……」
僕の家族は、僕が同性愛者であることを認めてくれている。同性愛者を不快に思い、つま弾きにする人も少なくない。だけど祖母や両親、兄弟、今は亡き祖父も僕の恋をいつだって応援してくれた。
エドワードさまとの交際についてを報告したときも笑顔で祝福してくれた。
僕は恵まれていた。それのに、みんなの期待を裏切り、ひどい目に遭わせてしまった。
父様が、深くため息をついた。
「何を言うんだ、ルキウス。『迷惑をかける』? そんなことは考えなくていい。私たちは家族なんだ。バカなことは考えなくていい」
母様が僕の髪をやさしい手つきですきながら「そうですよ」と微笑んだ。「あなたは、わたしたちの大切な子供です。何があってもわたしたちは、あなたの味方ですよ」
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