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涙の章

八話

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 藤はあれからいつも怯えを含んだ顔をして私を見る。
 責められているようにも感じて不愉快で、同時にその顔を歪ませて泣かせたくなる。
 いつから根付いていたのだろう、この暴力的な感情は。どうしてこの子にだけ、こんな感情を抱くの?
 知らずに生きていけるのなら、どれだけよかったことか。

 けれど、時は戻せはしない。私はあの時のように人払いをする。
 そうして二人きりになるのだ。もうあの時のように長々と待ってなどやらない。
 貴女一人、幸せになどさせない。逃さない。


「女御様、あの、私がなにか、粗相をしてしまったのでしょうか?」


 おどおどとした視線はきっと無意識だろう。別に人に媚びるために作られたものではないと思いたい。
 けれどそれが他の人に向けられるのは耐えられないと思う。
 私にだけ向けていればいい。私はもう逃げられないのだから、この子一人逃してなどやらない。


「昨夜、御上と逢瀬をしたのは貴女も知ってのことだと思うけれど」

「は、はい。もちろん、存じ上げております」

「珍しく、御上は私を気に入ってくれたようなの」


 藤の肩がぴくりと揺れた。それが何を意味するか、私にはわからない。


「私のことを愛らしいと言ってくださったわ」

「それは、何よりのことで……」

「貴女の顔を真似したからでしょうね」


 え、と藤の口から小さく零れ落ちる。


「それは果たして、私を愛してくださったと言えるのかしら」

「わ、わたくしには……」

「わからないとでも言って誤魔化すつもり?そうやっていつも私を馬鹿にして、それで私が黙ると思っているのなら、大間違いよ、藤」


 そんなつもりは、と藤が泣きそうな顔で首を振る。
 哀れな仕草だった。子どものようにも妖艶な女のようにも見える。
 すぐにでも、怯えないで、と慰めてあげたくなる愛らしさ。
 だけどそんなこと、私は決してしてあげない。


「貴女のせいよ」


 彼女の肩を荒く掴み、顎を指先できつく掴む。
 甲高く小さな悲鳴が上がった。藤の肉に私の指が食い込む。痛い思いをすればいい。消えない傷でも付けてやろうか。
 私以外の誰も、この子に触れたいとなど思えないように。


「全部、全部、お前のせいよ、藤」


 女御様、と藤の口から怯えの言葉が漏れるけど、止めてなどやらない。


「ねえ、藤。私はあの方に愛されて、少しも嬉しいと思えなかったのよ」


 どうして、と喘ぐように尋ねられる。
 私は今、どんな顔をして笑っているのだろうか。
 きっとこの子には似ても似つかないでしょうね。


「お前のせいよ」


 耳元で囁くと、藤の顔が絶望に染まる。
 まるで呪いのよう。ずっとそうして、愛らしさなど捨てた顔をしていればいい。
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