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夫が働かない夫婦

31話

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 顔を伏せながら話している途中で、ふと気がつくと、私の目の前にコップが置かれていた。
 ちらりと横目で確認すると、田辺さんが自分の分を淹れる際に私の分も用意してくれたらしい。
 ありがとうございます、となんとかお礼を言ってから頭を下げる。それからそっとその温かいお茶を一口飲む。
 普段ほとんど口にしない緑茶は、苦味が少なくて優しい味をしていた。こういうの優也は好きかな、なんてことを不思議と思った。


「さっき話し合うようにしてる、なんて言ったけど、私もちょっと前は上手く話せてない時もあったの」


 唐突な田辺さんの言葉に思わずそちらを向きたくなるのをなんとか耐える。


「前ってことは、今は、その……上手く、話せてるんですか?」

「うん、そうだね」


 私の問いかけに、田辺さんが明るい声色で頷く。
 最近の田辺さんの雰囲気が変わったのは、それが理由だろうとなんとなく見当をつける。


「夫婦って二人の世界じゃない?もちろん良い時にはすごく良いんだけど、やっぱり上手くいかない時もあるから」

「そう、ですね」

「うちも表面上は上手くいってたし、別に喧嘩してたとかじゃないんだけど、色々考えて言えなくなってた事とかもやっぱりあったから、最近はもっと色々話してる、かな」


 いいな、と素直に思った。私もそんな風に話せたら、何か変わるだろうか。
 例えば優也に思ってることをきちんと伝えられたら、優也が辛そうな顔をすることはなくなるのだろうか。
 もし、そうなったら、それはどれほどいいことだろう。


「やっぱりなにか、きっかけとか、あったんですか」


 私でも参考にできることだろうか、と恐る恐る尋ねた。
 真似できるならできたらいいな、とは思うのだ。田辺さんのようには出来ないだろうけど。それでも、少しくらいは。


「私の場合はね、話を聞いてもらったの。夫と出会った時のことから、今までのこと。全部」

「それは、ご友人とかに、ですか?」

「ううん、ネットで会ってその日初めて顔を見た人」


 その言葉に思わず瞬きを繰り返す。
 意外だった。そういうことが今時珍しい話ではないということは知っているし、別にどうとも思わないけど、少し意外だった。
 でも、よく見知った相手より話しやすいのかもしれない、とも思う。


「その人はね」


 田辺さんはゆっくりと詳しく丁寧にその時のことを教えてくれた。
 昼休みが終わる時間までそれは続いた。田辺さんの時間を使ってしまったことは申し訳無かったけど、それでもその話を聞けてよかったと思った。
 私の中で、何かが確実に、動いていた。
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