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セックスをしない夫婦
8話
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私と正樹はひどくゆっくり、ゆっくりと距離を詰めていった。
それは恋人として、ではなく人と人としてということも含まれていた。
時折会っては話をするというような生活が一年近く続いた。
友人のような、知り合いのような、それ以外のような、不思議な関係の気がしていた。
それが不思議だと思えないくらいには、私たちにとっては自然な関係だった。
恋人になってほしいと言ってきたのは正樹の方からだった。
嬉しかった。同時に少し、怖かった。
また前のようになるのではないかと。自分のペースよりも早く物事が進んでいくのではないかと。
私はとても恐れていた。正樹を信じていないわけでもないのに。どうしても、どうしても怖かったのだ。
「すぐに何か変えようってわけじゃないんだ」
でも正樹は普段と全く変わらない穏やかな顔でそう告げてくるから、怖かった気持ちは少しずつ、少しずつ溶けていった。
「ただ、恋人になりたいって思っただけ」
どうかな、と優しく微笑まれて、私はきちんと考えた。
今までみたいに、押し切れられてのお付き合いは嫌だったし、自分の意思で正樹と恋人になりたかった。
考えて考えて、次に会った時、私も恋人になりたいと告げた。
正樹が笑ってくれることが嬉しく、私も好きな人と恋人になれたことが嬉しかった。
私は正樹が好きだった。今までとは少し違う好意のような気もしたけど、それでも好きだった。
今まで好きになった誰より好きだった。
「手、繋いでもいいかな」
あれはいつ頃だっただろう。付き合い始めて随分と経った頃、私の方からそう言った。
どうしてかは分からない。でも、始めて手を繋いでみたいと思った。
冬の寒い日だったからかもしれない。彼の手が赤くて冷たそうだったかもしれない。理由なんて分からないし、はっきり言えばどうでもいい。
ただ、彼に触れてみたいと思った。
「うん、繋いでみようか」
付き合い始めてからも私たちは変わらなかった。一定の距離を保って歩き話し接していた。
だから触れ合ったのは、それが正真正銘始めてだった。
お互いにおそるおそると触れた。ゆっくりと覚束ない様子で触れ合い握り、そのまま数歩歩いた。
気恥ずかしくて、すぐに離した。
でも幸せだった。手が冷えることもなかった。
手を繋ぐというより、握手に近かった。時間にして一分も繋いでいない。
それでも繋いだ手は幸せだった。
これが私たちにあっているスピードなのだとお互いに実感していた。
ゆっくり、ゆっくりと距離を詰めて、心を近づける。それが何より幸せだった。
それは恋人として、ではなく人と人としてということも含まれていた。
時折会っては話をするというような生活が一年近く続いた。
友人のような、知り合いのような、それ以外のような、不思議な関係の気がしていた。
それが不思議だと思えないくらいには、私たちにとっては自然な関係だった。
恋人になってほしいと言ってきたのは正樹の方からだった。
嬉しかった。同時に少し、怖かった。
また前のようになるのではないかと。自分のペースよりも早く物事が進んでいくのではないかと。
私はとても恐れていた。正樹を信じていないわけでもないのに。どうしても、どうしても怖かったのだ。
「すぐに何か変えようってわけじゃないんだ」
でも正樹は普段と全く変わらない穏やかな顔でそう告げてくるから、怖かった気持ちは少しずつ、少しずつ溶けていった。
「ただ、恋人になりたいって思っただけ」
どうかな、と優しく微笑まれて、私はきちんと考えた。
今までみたいに、押し切れられてのお付き合いは嫌だったし、自分の意思で正樹と恋人になりたかった。
考えて考えて、次に会った時、私も恋人になりたいと告げた。
正樹が笑ってくれることが嬉しく、私も好きな人と恋人になれたことが嬉しかった。
私は正樹が好きだった。今までとは少し違う好意のような気もしたけど、それでも好きだった。
今まで好きになった誰より好きだった。
「手、繋いでもいいかな」
あれはいつ頃だっただろう。付き合い始めて随分と経った頃、私の方からそう言った。
どうしてかは分からない。でも、始めて手を繋いでみたいと思った。
冬の寒い日だったからかもしれない。彼の手が赤くて冷たそうだったかもしれない。理由なんて分からないし、はっきり言えばどうでもいい。
ただ、彼に触れてみたいと思った。
「うん、繋いでみようか」
付き合い始めてからも私たちは変わらなかった。一定の距離を保って歩き話し接していた。
だから触れ合ったのは、それが正真正銘始めてだった。
お互いにおそるおそると触れた。ゆっくりと覚束ない様子で触れ合い握り、そのまま数歩歩いた。
気恥ずかしくて、すぐに離した。
でも幸せだった。手が冷えることもなかった。
手を繋ぐというより、握手に近かった。時間にして一分も繋いでいない。
それでも繋いだ手は幸せだった。
これが私たちにあっているスピードなのだとお互いに実感していた。
ゆっくり、ゆっくりと距離を詰めて、心を近づける。それが何より幸せだった。
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