上 下
2 / 33
セックスをしない夫婦

2話

しおりを挟む
 昼休みはいつも少し憂鬱だ。
 うちの職場の社食は手頃な値段で味も悪くないから、多くの社員が利用している。私もその一人だ。
 だけど、一緒に食べる人との会話には時折息が詰まるものがある。


「田辺さん、聞いてる?」


 こくん、と今日のAランチのハンバーグをほとんど噛まずに飲み込んでしまった。
 聞いてますよ、と必死に柔らかな声を装って答える。
 なら、いいけど。少しでも気を悪くすると途端に面倒になる人がそう納得してくれて、ほっと息を吐いた。
 落ち着いて味わうことも出来ない。家で正樹と一緒に食べた朝食が懐かしい。つい数時間前のことなのに。


「だからね、うちの旦那ったら」


 うんうんと頷いて、聞いてますよアピールを繰り返す。周りの人も似たようなものだけど少しずつ違う
 そうなんですねー。うちもですよ。そういうの嫌ですよね。左右から飛んでくる言葉たち。
 そんな相槌、一体どこから湧いてくるのだろう。私はちっとも良い言葉が浮かんでこないから、こうしてひたすら頷くことしか出来ない。

 入社したばかりの頃はまだ一人で食べたり、その時々で食べる人が違ったからよかった。
 でもだんだんと食べる人が固定されていくうちに、息が詰まるようになった。元々人と一緒に食事をするのは好きじゃない。正樹は特別枠だ。
 今では同じ部署の女性陣のほとんどが固まって食べるようになり、他の席に座ろうとすると、こっちよと手招きされるのだ。
 アリ地獄に招かれてるみたい、なんて酷いことを思ってしまう。
 楽しい人は楽しいのだろう。きっと。私が楽しめないだけで。私が悪いのだ。
 でも正直に言うと、一日の中で一番苦痛な時間だ。今日みたいな会話の時は特に。


「やっぱりずっと仲良し、なんてわけにもいかないわよね」


 そうよね、そうに決まってるわよね。促される返答に、期待された答えに、微かに目眩がした気がした。
 結婚相手と上手くいかない愚痴を吐くのは自由だ。人間同士なのだから上手くいかない時もある。
 でも、それをどこも同じなのだと安心しようとするのはどうしてだ。全く同じ夫婦なんてどこにいるというのだ。
 そう思うのに、昨日あんな風にスマホで検索した自分を思い出して、この人と何も変わらないじゃないかと苦しくなる。
 ぎゅう、と膝の上で握った拳が痛かった。


「えー、うちは仲良しですよ」


 ふっ、と息が出来た気がした。
 その言葉を発したのは、まだ結婚して一年にもなってない向坂さんで、あっけらかんと告げる様子がひどく輝いて見えた。


「そりゃあ、向坂さんのところは新婚だからね」


 新婚のうちはね、うちだってね。と先ほどと比べればまだ少しは息のしやすい会話に戻って、思わず涙が出そうなほど安堵する。
 自分の意見を臆さずに言えるって、一体どれだけ世界が輝いて見えるのだろう。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

偽装夫婦

詩織
恋愛
付き合って5年になる彼は後輩に横取りされた。 会社も一緒だし行く気がない。 けど、横取りされたからって会社辞めるってアホすぎません?

貴妃エレーナ

無味無臭(不定期更新)
恋愛
「君は、私のことを恨んでいるか?」 後宮で暮らして数十年の月日が流れたある日のこと。国王ローレンスから突然そう聞かれた貴妃エレーナは戸惑ったように答えた。 「急に、どうされたのですか?」 「…分かるだろう、はぐらかさないでくれ。」 「恨んでなどいませんよ。あれは遠い昔のことですから。」 そう言われて、私は今まで蓋をしていた記憶を辿った。 どうやら彼は、若かりし頃に私とあの人の仲を引き裂いてしまったことを今も悔やんでいるらしい。 けれど、もう安心してほしい。 私は既に、今世ではあの人と縁がなかったんだと諦めている。 だから… 「陛下…!大変です、内乱が…」 え…? ーーーーーーーーーーーーー ここは、どこ? さっきまで内乱が… 「エレーナ?」 陛下…? でも若いわ。 バッと自分の顔を触る。 するとそこにはハリもあってモチモチとした、まるで若い頃の私の肌があった。 懐かしい空間と若い肌…まさか私、昔の時代に戻ったの?!

10 sweet wedding

国樹田 樹
恋愛
『十年後もお互い独身だったら、結婚しよう』 そんな、どこかのドラマで見た様な約束をした私達。 けれど十年後の今日、私は彼の妻になった。 ……そんな二人の、式後のお話。

傷痕~想い出に変わるまで~

櫻井音衣
恋愛
あの人との未来を手放したのはもうずっと前。 私たちは確かに愛し合っていたはずなのに いつの頃からか 視線の先にあるものが違い始めた。 だからさよなら。 私の愛した人。 今もまだ私は あなたと過ごした幸せだった日々と あなたを傷付け裏切られた日の 悲しみの狭間でさまよっている。 篠宮 瑞希は32歳バツイチ独身。 勝山 光との 5年間の結婚生活に終止符を打って5年。 同じくバツイチ独身の同期 門倉 凌平 32歳。 3年間の結婚生活に終止符を打って3年。 なぜ離婚したのか。 あの時どうすれば離婚を回避できたのか。 『禊』と称して 後悔と反省を繰り返す二人に 本当の幸せは訪れるのか? ~その傷痕が癒える頃には すべてが想い出に変わっているだろう~

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

生まれ変わっても一緒にはならない

小鳥遊郁
恋愛
カイルとは幼なじみで夫婦になるのだと言われて育った。 十六歳の誕生日にカイルのアパートに訪ねると、カイルは別の女性といた。 カイルにとって私は婚約者ではなく、学費や生活費を援助してもらっている家の娘に過ぎなかった。カイルに無一文でアパートから追い出された私は、家に帰ることもできず寒いアパートの廊下に座り続けた結果、高熱で死んでしまった。 輪廻転生。 私は生まれ変わった。そして十歳の誕生日に、前の人生を思い出す。

夫に元カノを紹介された。

ほったげな
恋愛
他人と考え方や価値観が違う、ズレた夫。そんな夫が元カノを私に紹介してきた。一体何を考えているのか。

処理中です...