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10話 強くない私
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家でぐすぐすしていても仕方ないのだからと、次の日私は日向の家を訪ねることにした。
だって私が延々と悩んでも全く持って前には進めないのだから。私はちゃんと日向と話がしたい。
日向の家は近所だから歩いて向かうことにした。
親同士も仲が良かったから昔は何度か日向の家に行ったことがあるけど、学校からは私の家の方が近いから、最近は近寄ってすらいない。
日向がなんとなく私が家に近づこうとするのを拒んでいる雰囲気もあるから、無理強いするのも良くないなと思った結果だ。
でも今日は仕方がない、と自分に言い訳する。
だって休み明けなんて待ってられないし、学校には例のあの人達がいるのだ。あの人達よりも先に私が会わなければ。
兎にも角にも善は急げだと、私は一つ深呼吸をしてから日向の家のインターホンを押した。
どちら様ですか、という声がインターホン越しに聞こえる。
「えっと、紗穂です。日向に会いに来ました」
私がそう言うと、しばらくして玄関の扉が開いた。
そこに居たのは日向の妹だった。前に会った時より当たり前だけど大きくなっている。
私の顔を見て、あ、というような顔をした。
会うのはとても久しぶりだけど、この反応ってことは、多分向こうもなんとなくは覚えてくれていると思う。
「久しぶり、えっと、姫花ちゃん、だよね。日向、お兄ちゃんいるかな」
「……うん、いるよ」
「中に入ってもいいかな?」
姫花ちゃんは少し迷うような表情をして、でも知り合いだったからか、思い切ったようにこくんと頷いてくれた。
こっち、と姫花ちゃんに案内されるままに進む。
そこはリビングで、朝食を食べていたらしい日向はいきなり入ってきた私を呆気にとられたように見ていた。
「紗穂ちゃん?」
「日向と話に来たの」
日向が微かに身体を強張らせたことを確かに感じながら、私は口を開いた。
「昨日はごめん」
日向に何か言われる前にと思ったのに、私の言葉に被せるように日向も同時に謝ってきたから驚いてしまう。
それは日向も同じだったようで、目を丸くしてお互いをしばらく見つめ合ってしまつた。
「なんで紗穂ちゃんが謝るの」
「なんで日向が謝るの」
また同じように尋ねてしまって困惑してしまう。
どうしよう、と悩む私を他所に、だってだって、と日向が泣きそうな声で言う。
「だって、紗穂ちゃんは強いのに、すごく強くて、かっこよくて、かわいいのに、僕はそんな風になれないから」
顔をくしゃくしゃにして、それでも日向は私を見ていた。
「僕は紗穂ちゃんの友達なのに」
泣き崩れる日向の顔はぐしゃぐしゃで、かわいいもの一つ身につけていなくて、それでも私にとって日向がかわいいことに変わりはない。
日向がそうありたいと思う限り、私の目にはずっとそう映る。
「日向、私は強くない!」
「紗穂ちゃん?」
「だって、日向は酷いって思っちゃったから。本当に強い人はそんなこと思わない」
ごめんね、ともう一度口にする。
私は日向のことを悪だと決めつけてしまったから。本当はそうではなかったのに。
強いというのは自分と違う人のことを許容できることだ。
「日向は酷い、酷いよ。でも、本当に酷いのは私。ごめんね、日向の気持ち、考えなくて」
私は確かに傷ついたけど、それを日向を傷つける免罪符にしてはいけない。
そもそも私が先に日向を傷つけていたのだ。
「ずっと、日向の気持ちを無視してごめんね」
私まで泣きそうになりながら言うと、日向の目から幼い頃と全く同じような大粒の涙がぽろんと零れ落ちた。
紗穂ちゃん、と日向がくしゃくしゃの顔で私を呼ぶ。
「かわいいもの、付けられなくていいよ。かわいいもの、無理に作らなくていいよ。日向が好きなものを嫌いになるより、よっぽどいい」
日向は日向のままでいいのだと、今まで言えなくてごめんね。
「日向が大切なものはずっと胸の奥にしまっておきたいと思うなら、それが日向の好きなものに対する愛なら、私は応援する」
ありのままの日向が私は好きで友達になったのだということを、どうして忘れてしまったのだろう。
無理に変わろうとする必要なんて少しもない。日向は日向だ。
「それでも、私にとって日向がとてもかわいいことに変わりはないんだよ」
あなたがいくら自分を嫌おうと、それだけは私にとって変わらない事実だ。
「日向は私の大切な友達だよ」
私がそう言い切ると、紗穂ちゃん、と日向が私の名前を呼んだ。
それから、僕ね、と何かを話そうとした。
確かに何かを言おうとしていたのに、日向の訴えは、バタンという玄関の扉の開く音にかき消された。
「誰が来てるの」
ずっと前に聞いたことのあるその声に、お母さん、と姫花ちゃんが答えているのが聞こえる。
その声が焦ってるように聞こえるのは気のせいだろうか。
紗穂ちゃん、と何故か日向までもが焦ったように私を呼ぶ。
それに答える前にバタバタと激しい足音が聞こえて、リビングに日向のお母さんが現れる。
「あ、日向のお母さん。お久しぶりです」
随分久しぶりだな、と私が思ったのもつかの間、日向のお母さんの顔が驚愕で歪む。
そしてどうしてか、とてつもない怒りを放ちながら私に向かってきた。
お母さん! と日向が叫ぶ声が妙に遠くで聞こえる。
「出て行きなさい!」
私に掴みかかる勢いで向かって来た日向のお母さんに足がすくんだ。何も言えなかった。
「紗穂ちゃん、帰って。ごめん、ごめんね、帰って。今日は帰って!」
いつもの大人しさはどこに行ったのだろうという勢いで、日向が自分の母親を私の前から離すように押しやっている。
血走ったような目を向けられて、日向の言葉に背中を押されるように、私は日向の家を飛び出した。
だって私が延々と悩んでも全く持って前には進めないのだから。私はちゃんと日向と話がしたい。
日向の家は近所だから歩いて向かうことにした。
親同士も仲が良かったから昔は何度か日向の家に行ったことがあるけど、学校からは私の家の方が近いから、最近は近寄ってすらいない。
日向がなんとなく私が家に近づこうとするのを拒んでいる雰囲気もあるから、無理強いするのも良くないなと思った結果だ。
でも今日は仕方がない、と自分に言い訳する。
だって休み明けなんて待ってられないし、学校には例のあの人達がいるのだ。あの人達よりも先に私が会わなければ。
兎にも角にも善は急げだと、私は一つ深呼吸をしてから日向の家のインターホンを押した。
どちら様ですか、という声がインターホン越しに聞こえる。
「えっと、紗穂です。日向に会いに来ました」
私がそう言うと、しばらくして玄関の扉が開いた。
そこに居たのは日向の妹だった。前に会った時より当たり前だけど大きくなっている。
私の顔を見て、あ、というような顔をした。
会うのはとても久しぶりだけど、この反応ってことは、多分向こうもなんとなくは覚えてくれていると思う。
「久しぶり、えっと、姫花ちゃん、だよね。日向、お兄ちゃんいるかな」
「……うん、いるよ」
「中に入ってもいいかな?」
姫花ちゃんは少し迷うような表情をして、でも知り合いだったからか、思い切ったようにこくんと頷いてくれた。
こっち、と姫花ちゃんに案内されるままに進む。
そこはリビングで、朝食を食べていたらしい日向はいきなり入ってきた私を呆気にとられたように見ていた。
「紗穂ちゃん?」
「日向と話に来たの」
日向が微かに身体を強張らせたことを確かに感じながら、私は口を開いた。
「昨日はごめん」
日向に何か言われる前にと思ったのに、私の言葉に被せるように日向も同時に謝ってきたから驚いてしまう。
それは日向も同じだったようで、目を丸くしてお互いをしばらく見つめ合ってしまつた。
「なんで紗穂ちゃんが謝るの」
「なんで日向が謝るの」
また同じように尋ねてしまって困惑してしまう。
どうしよう、と悩む私を他所に、だってだって、と日向が泣きそうな声で言う。
「だって、紗穂ちゃんは強いのに、すごく強くて、かっこよくて、かわいいのに、僕はそんな風になれないから」
顔をくしゃくしゃにして、それでも日向は私を見ていた。
「僕は紗穂ちゃんの友達なのに」
泣き崩れる日向の顔はぐしゃぐしゃで、かわいいもの一つ身につけていなくて、それでも私にとって日向がかわいいことに変わりはない。
日向がそうありたいと思う限り、私の目にはずっとそう映る。
「日向、私は強くない!」
「紗穂ちゃん?」
「だって、日向は酷いって思っちゃったから。本当に強い人はそんなこと思わない」
ごめんね、ともう一度口にする。
私は日向のことを悪だと決めつけてしまったから。本当はそうではなかったのに。
強いというのは自分と違う人のことを許容できることだ。
「日向は酷い、酷いよ。でも、本当に酷いのは私。ごめんね、日向の気持ち、考えなくて」
私は確かに傷ついたけど、それを日向を傷つける免罪符にしてはいけない。
そもそも私が先に日向を傷つけていたのだ。
「ずっと、日向の気持ちを無視してごめんね」
私まで泣きそうになりながら言うと、日向の目から幼い頃と全く同じような大粒の涙がぽろんと零れ落ちた。
紗穂ちゃん、と日向がくしゃくしゃの顔で私を呼ぶ。
「かわいいもの、付けられなくていいよ。かわいいもの、無理に作らなくていいよ。日向が好きなものを嫌いになるより、よっぽどいい」
日向は日向のままでいいのだと、今まで言えなくてごめんね。
「日向が大切なものはずっと胸の奥にしまっておきたいと思うなら、それが日向の好きなものに対する愛なら、私は応援する」
ありのままの日向が私は好きで友達になったのだということを、どうして忘れてしまったのだろう。
無理に変わろうとする必要なんて少しもない。日向は日向だ。
「それでも、私にとって日向がとてもかわいいことに変わりはないんだよ」
あなたがいくら自分を嫌おうと、それだけは私にとって変わらない事実だ。
「日向は私の大切な友達だよ」
私がそう言い切ると、紗穂ちゃん、と日向が私の名前を呼んだ。
それから、僕ね、と何かを話そうとした。
確かに何かを言おうとしていたのに、日向の訴えは、バタンという玄関の扉の開く音にかき消された。
「誰が来てるの」
ずっと前に聞いたことのあるその声に、お母さん、と姫花ちゃんが答えているのが聞こえる。
その声が焦ってるように聞こえるのは気のせいだろうか。
紗穂ちゃん、と何故か日向までもが焦ったように私を呼ぶ。
それに答える前にバタバタと激しい足音が聞こえて、リビングに日向のお母さんが現れる。
「あ、日向のお母さん。お久しぶりです」
随分久しぶりだな、と私が思ったのもつかの間、日向のお母さんの顔が驚愕で歪む。
そしてどうしてか、とてつもない怒りを放ちながら私に向かってきた。
お母さん! と日向が叫ぶ声が妙に遠くで聞こえる。
「出て行きなさい!」
私に掴みかかる勢いで向かって来た日向のお母さんに足がすくんだ。何も言えなかった。
「紗穂ちゃん、帰って。ごめん、ごめんね、帰って。今日は帰って!」
いつもの大人しさはどこに行ったのだろうという勢いで、日向が自分の母親を私の前から離すように押しやっている。
血走ったような目を向けられて、日向の言葉に背中を押されるように、私は日向の家を飛び出した。
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