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9話 守ってくれたもの

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『日向のいう、普通ってなあに』


 日向に化粧を施した、幼かったあの日。
 私は確かにそう尋ねた。
 そして日向がなんて答えたかさえ、私はとてもよく覚えている。
 日向の涙が幼く柔い頬を伝うように、ぽろんと零れ落ちて、同時に微かに震えた声も一緒に吐き出されたのだ。


「かわいいものを好きっていわないこと」


 どうしてこんなに辛そうな顔をして、言いたくないことを日向は口にしているのだろうと、ただただ不思議だった。
 日向が傷ついていることがとてもよく分かったから。


「男の子はかわいいものじゃなくて、かっこいいものが好きじゃなきゃいけないんだ」

「そんなことない」

「そんなこと、あるんだよ」


 即座に否定した私の言葉を日向がやんわりと否定する。
 それは拒絶にも似た頑なさで、そんなことないったらない、と私は言うことが出来なかった。


「男の子はみんな、正義のヒーローを好きにならなきゃいけないんだ」


 そんなことない、と私はなんとか言ったけど、日向は返事もしてくれなかった。
 そんなのおかしい、と幼い私でも分かっていた。
 好きって理屈ではないのだから、誰が何を好きになったって、そんなの自由じゃないかと今思っていることと根本的には何も変わっていない。


「なのに、どうしてぼくは、ヒーローを好きになれないんだろう」


 ぼろぼろと溢れた涙が綺麗な化粧を取り除いていく。
 日向からかわいいを奪っていく。
 無理に好きにならなくたって、日向は日向だよ。
 そう言っても日向にはちっとも響いていないようだったと、よく覚えている。
 私もあの頃から本当のところは少しも変わっていないけど、日向も変わっていない。
 私達はずっと同じところで足踏みを続けているのかもしれない。
 ベッドの上で記憶を探っていると、ふとこんなことも思い出した。

 私達がまだ小学生だった頃。確か三年生か四年生くらいだっただろうか。
 段々と男子は男子同士、女子は女子同士で遊ぶようになっていたけど、私達は変わらず仲が良かった。
 学校からの帰り道、日向がぽそぽそと小さな声で私に愚痴のようなものを言っていた。
 日向がこんなことを言うのは珍しい、と思った私はふむふむ聞いていたのだけど、どう考えても日向はちっとも悪くないことだったから首を傾げてしまっていた。


「つまり、みんなが好きなヒーローアニメを日向は見てなかったから、仲間外れにされたってこと?」

「うん、まあ、そうかな」

「そんなバカな話、ある?」


 しんっじられない、と一刀両断した私を日向が苦笑しながら見ていた。


「でも、僕がみんなと同じものを好きになれないのが悪いから」

「日向は悪くない。悪いのは向こう。好きなものが人それぞれなのは当たり前じゃない」 


 私だってかわいいものが大好きだけど、別に好きじゃない人を責めようとは思わない。とまだ自由を謳歌していた私は胸を張って言った。
 ピンク色のワンピースを誰にも阻害されずに着れていた頃だ。


「ううん、みんなに合わせればいいって分かってるのに、どうしても好きになれない僕が悪いんだよ」

「でも、好きになれないのは日向が悪いんじゃない。だって好きじゃないんでしょう? 仕方ないじゃない」


 私の言葉に日向は悲しそうに目を伏せた。


「正義のヒーローは僕を助けに来てくれないけど、かわいいものは僕を守ってくれるから」


 それはきっと、間違いなく日向の本音だった。
 そこまで思い出して、同時に胸がぎゅっと苦しくなる。
 あんなに一緒にいたのに、あんなに話していたのに、こんなにも私は日向の言葉を覚えているのに、どうしてこうなってしまったのか分からない。
 日向が私のことを置いて行ったことなんて、今までただの一度もなかったのに。
 私はいつだって日向の悲しい言葉に対して違うと言い続けてきたのに、どうして分かってくれないの。
 私の何が間違っていたの。私は間違ってないでしょう。だって日向は悪くない。
 私達は何一つ間違っていないのに。


『正義のヒーローは僕を助けに来てくれないけど、かわいいものは僕を守ってくれるから』


 日向のその言葉をもう一度思い出して、そして、ひどく唐突に、雷にでも打たれたかのように、私は気がついた。
 私にとって私の好きなかわいいものとは私を強くしてくれるものだったけれど、日向にとっては違ったのではないか、と。
 日向にとってかわいいものとは自分を守ってくれるものだったのではないか。
 それは日向にとって何より大切で、毅然とした態度が取れなくても、強くなれなくても、かわいいものが好きなことに変わりはなかったのではないか。
 私はずっと日向を否定してきたのではないだろうか。
 私はずっと日向の考えを思いを意思を取るに足らないことだと思ってはいなかったか。
 日向がいつも下を向いてかわいいものが好きだと胸を張れないことを心のどこかで見下してはいなかったか。


「日向は、守られたかった」


 今日あの人達から向けられたあの眼差し。酷い言葉。
 私が中学になった頃からぶつけられるようになったそれらを日向はもっと前からぶつけらていた。日向はずっと苦しんでいた。
 日向に辛く当たるこの世界で、日向は守られたかった。私は世界と戦いたかった。
 ただそれだけの違いだったのに、私は結局のところ日向を傷つける人たちと同じになっていた。
 自分と同じであれと日向に押し付けていた馬鹿な自分に気がついて、私は幼い日向と同じようにぼろぼろと涙を零した。
 私の悪いところなのではと自覚はしているのだが、泣いて泣いたら少しすっきりしてしまった。
 そのことに罪悪感を感じずにはいられなかった。
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