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2話 変わったもの、変わらないもの

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 幼い子どもがかわいいものが好きと言っても優しく微笑まれるだけだ。
 それなのに、どうして大きくなって同じことを言うだけで顔を顰められるのだろう。
 私は昔と変わらず好きな格好をしているだけなのに「中学生にもなってそんなにピンクの服ばかり着て」と母はいつも鬱陶しそうな顔をして私を叱るのだ。
 私はただ昔と同じようにかわいいものが好きで、かわいいものを身に纏っていたいだけなのに。それだけなのに。
 数年前には可愛らしいと言って受け入れられたものが、年月と共に否定されるようになんて、そんなのおかしい。ちっとも理屈が通っていない。


「全くナンセンスだと思うでしょう、日向」


 ちくちくと針を動かしながら、私はそう言った。
 地道にひと針ひと針、丁寧に丁寧に進めていけば、必ず完成するこの作業が私は好きだ。
 もちろんミシンも早いし楽しいけれど、こうやって手で作業するのは、手芸の醍醐味だと思う。
 苛立ちのあまり、ふいふいと針を振り回したくなる衝動に駆られるけど、危ないことはぐっと堪える。
 針をそんなことに使うのは、それこそナンセンス。


「紗穂ちゃん、ナンセンスって言葉が使いたいだけでしょ」


 私の向かいに座る日向がくすくすと笑いながらそう言う。
 日向の手もゆっくりと丁寧に針をつまんでいて、私と同じ動きを繰り返している。
 日向の言うことはごもっともだったので、私は思わず、ふふっと笑ってしまう。


「わかっちゃった? 日向はなんでもお見通しなんだから」


 幼馴染だからねぇ、とさらりと日向が言うから、私たちは顔を見合わせて耐えきれないように声を上げて笑った。
 私たちの部室である家庭科準備室は手狭だから、反響するように声が響くのが楽しい。
 だけどそれが廊下まで聞こえるのは困るから、聞こえないように私たちは笑いつつも声を潜めた。
 それでも面白さは消えなくて、くっくっくっと控えめな笑い声は続く。
 私たち二人しか部員のいない手芸部の活動をここでしていることは、もちろん教師にはちゃんと報告しているけれど、生徒にはあんまり知られたくない。

 だって色々と面倒なのだ。
 二人で同じ部屋にいることも、手芸部にいることも、他人には関係ないのにみんな首を突っ込みたがる。
 どうしてなのだろう、関係ないはずなのに。
 そう考えると、私が何を着ても関係ないはずなのに母が口を挟んでくることも似たようなものなのかもしれない。
 うーん、人間は成長するにつれて他人の事情に首を突っ込まずにはいられなくなるのかな。それは嫌なことだ。

 まあそれはともかく、この部室は二人の秘密基地って感じで、こそこそと隠れるのはそれはそれで楽しい。
 何もかも他人に知らせる必要なんてきっとない。
 それに日向といるとそれだけで楽しくて、私はどうしても溢れてしまう笑みを止められないのだ。
 ひとしきり笑いが治ったところで、私はこほんとわざとらしく咳をしてから仕切り直す。


「でもね、やっぱりナンセンスなの。だって、中学生になったらピンクの服を着ちゃいけないなんて決まりがどこにあるの?」


 私の言葉に、まあねぇと日向が曖昧に笑う。
 母の苦言は大抵、はいはいそうですかと受け流してはいるけれど、それでもやっぱり胸に刺さることはある。
 だって、そうでしょう?
 私にあんなに素敵なメイクセットを贈ってくれた母が、かわいいと私を褒めたその口で、いつまでそんな物を着るつもりなのと罵るのだ。
 変わったことなんて、私が年を重ねただけなのに。私は私なのに。なんにも変わらないのに。


「私はただ、かわいいものが好きなだけなのに」


 それの一体どこがどう悪いというのか、と熱弁を振るう私を見て、日向が困った顔をする。
 別に日向を困らせたいわけでも、日向に怒っているわけでもないから、日向を困らせるのは不本意だ。
 どうしたものかと思い、私が黙ると日向はちょっと微笑みながら口を開いた。


「紗穂ちゃんはピンクのかわいい服がよく似合うものね」

「ありがとう。日向だってかわいいものがよく似合う」


 本当のことを言っただけなのに、日向の顔がますます困った風に歪められて、針を持つ手がきゅうと握られてしまう。
 そんなことないよ、と日向の消え入りそうな声を聞いていると、こっちまで悲しくなってくる。


「可愛くなりたいと思う人は、もうその時すでにかわいいのよ。だから、日向はかわいいの」

「出た、紗穂ちゃんの名言」

「だって、それが真実なんだから」


 日向はかわいいよ。そう私が言うと、日向は嬉しさと困惑をぐちゃぐちゃに混ぜたような顔をして笑った。


「紗穂ちゃんは、変わんないなぁ」


 褒めてくれて嬉しい、と笑おうとしたのに日向は続けて、いいなぁと本当に羨ましさを滲ませた声色で言うのだ。
 少し悲しそうに聞こえてしまって、私はなんて答えていいか分からなくなってしまった。
 私がなんて言おうか悩んでいる間に、日向が取り成すみたいに慌てて笑みを作った。
 日向が無理に笑っているのは好きではないけど、じゃあどうやってそれを止めればいいのかということも、私には分からない。
 母は私にもう大きくなったのだからと言うし、私自身も中学生なのだからもう大きいと思うこともあるのだけど、其の実そんなに変わってないんじゃないのと思うこともある。
 だって、こんなに大切な友人ひとり、的確に慰めて笑わせることもできない。


「紗穂ちゃん、なに作ってるの?」


 そういえば、という風に唐突に尋ねられる。
 気を遣わせているな、とは思ったけど、それを指摘していいのかは分からないから、私は笑ってみせる。


「んー、秘密」


 秘密かぁ、と日向がくしゃりと今度は無理にではない笑みを見せてくれる。
 それに満足しながらも私は日向の手元へとそっと視線を移した。
 日向の手に握られているのは白いハンカチで、淡い綺麗な色合いの刺繍糸が見事なバランスで散らばっている。
 日向はこうして控えめな可愛いものを部活で作ることが多い。
 もちろん日向の好きなものを好きなように作ればいいとは思うけど、日向は本当はもっと他の物も作ってみたいんじゃないかなって時々思う。
 でも多分、控えめなものを作る理由は持っていても周囲に何か言われないためだろうから、強くは言えない。
 言う方が悪いのに、とは思うけど。
 気にしなくていいのに、と私はいつも言うけど日向は決まって「そうじゃないよ」と否定するのだ。
 日向曰く、可愛すぎて自分には似合わないからとこうして小さくかわいいものを自分のお守りみたいに日向は作るのだ。
 日向は本当にかわいいものがよく似合うから、日向が好きなものを好きなように作ったり持てたり出来ればいいのにと、私は思う。


「もうすぐわかるよ」


 なんで秘密なの、と首を傾げる日向に私はそう答えた。
 だってこれは日向のために作っているのだ。
 もうすぐってなあに、とますます不思議そうな顔をする日向に笑いかけながら、私は手の中の小花に模したそれを針で優しく突いた。
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