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29.いい恋
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「……悪いとは、思ってるのよ。確かにあの人はすっごい馬鹿男だったけど、小さかったあんたに普通に生きなさい、普通に生きなさいって言うのは……良くなかったなって」
母が馬鹿男だと言う父の事を俺はほとんど覚えていないけど、母が稼いでくるお金を頼りにして父は常に家に居るような人だった。
別れたきっかけは何だっただろう。よく覚えていないけど。母がすっぱり切ったのかもしれない。俺と美奈の事を考えて。
「美奈がねー泣くのよ」
「……は?泣いたの?」
「泣いたのよー。母親としてはね、娘の涙って弱いのよね。お兄ちゃんに普通に生きろってもう言わないであげてって。今も自分が見えない所で言ってると思ってたのかな、あの子は」
俺の前では全然泣かないな、とふと思った。
浩也の前ではそういえば泣いていた、と思い出して胸の奥が痛くなった。
もやもやはしても痛くなるのは珍しくて母より俺の方がため息を吐きたい気分だった。
「ねーもう、普通に生きろなんて言ってないわよねー、最近は。あんたは真面目すぎるから、はっちゃけても良いくらいよー」
最近っていうか、もう何年も言われてない。
忘れてたくらいだ。……浩也とあんな風になるまで。
「ごめんね」
「…………」
気にしてない。とは言えなかった。
「あの子ね、私だって普通じゃない!って泣きながらこれ渡してきたのよ」
手に持っていた文庫本を軽く浮かせる。
可愛らしいピンクの布地に包まれたそれは、母の趣味っぽくないなとは思っていて、でも美奈のだったのかと驚く。
「いやー、びっくりしたびっくりした。時代は繰り返すって言うけどね。私も学生時代はまったのよ。今ほどこういう本、多くはなかったけど」
「……こういう、って?」
まさかな、と思いつつ問う。
「えー、あんたも読んだって聞いたけど?今はなんて言うんだっけ。ボーイズラブ?そんなやつ。いやー、あの子もいい趣味してるわー。これ、あんたも読ませてもらいなさい。すっごい良いとこ突いてくるのよ。私達のツボを押さえてるわ」
「……美奈には、言ったの?自分も、その……好きって」
「えー、あんな恥ずかしいです、言いたくないです、でもお兄ちゃんの為だから!って顔で渡してきたら……ねえ?言わないわけにもいかないじゃない?」
ねえ?って言われても。
ていうか……なんで趣味バラすことが俺の為になるんだよ。
「……あんたも好きなように生きたらいいと思うわよ。あの子みたいに」
……確かに美奈は自由奔放に生きてる感じではあるけど。
まあ、楽しそうに笑うなあ、とは思う。
母はパラパラと文庫本のページをめくった。
「いやー、この子らいい恋してるわー。青春っていいわねー」
そしてふとこちらを見て、ふっと微笑を零した。
「あんたもねえ……自由にいい恋しなさい。直斗」
でも好きな人は紹介しなさいよ、楽しみにしてるから。と続けられて俺も少しだけ笑った。
母が馬鹿男だと言う父の事を俺はほとんど覚えていないけど、母が稼いでくるお金を頼りにして父は常に家に居るような人だった。
別れたきっかけは何だっただろう。よく覚えていないけど。母がすっぱり切ったのかもしれない。俺と美奈の事を考えて。
「美奈がねー泣くのよ」
「……は?泣いたの?」
「泣いたのよー。母親としてはね、娘の涙って弱いのよね。お兄ちゃんに普通に生きろってもう言わないであげてって。今も自分が見えない所で言ってると思ってたのかな、あの子は」
俺の前では全然泣かないな、とふと思った。
浩也の前ではそういえば泣いていた、と思い出して胸の奥が痛くなった。
もやもやはしても痛くなるのは珍しくて母より俺の方がため息を吐きたい気分だった。
「ねーもう、普通に生きろなんて言ってないわよねー、最近は。あんたは真面目すぎるから、はっちゃけても良いくらいよー」
最近っていうか、もう何年も言われてない。
忘れてたくらいだ。……浩也とあんな風になるまで。
「ごめんね」
「…………」
気にしてない。とは言えなかった。
「あの子ね、私だって普通じゃない!って泣きながらこれ渡してきたのよ」
手に持っていた文庫本を軽く浮かせる。
可愛らしいピンクの布地に包まれたそれは、母の趣味っぽくないなとは思っていて、でも美奈のだったのかと驚く。
「いやー、びっくりしたびっくりした。時代は繰り返すって言うけどね。私も学生時代はまったのよ。今ほどこういう本、多くはなかったけど」
「……こういう、って?」
まさかな、と思いつつ問う。
「えー、あんたも読んだって聞いたけど?今はなんて言うんだっけ。ボーイズラブ?そんなやつ。いやー、あの子もいい趣味してるわー。これ、あんたも読ませてもらいなさい。すっごい良いとこ突いてくるのよ。私達のツボを押さえてるわ」
「……美奈には、言ったの?自分も、その……好きって」
「えー、あんな恥ずかしいです、言いたくないです、でもお兄ちゃんの為だから!って顔で渡してきたら……ねえ?言わないわけにもいかないじゃない?」
ねえ?って言われても。
ていうか……なんで趣味バラすことが俺の為になるんだよ。
「……あんたも好きなように生きたらいいと思うわよ。あの子みたいに」
……確かに美奈は自由奔放に生きてる感じではあるけど。
まあ、楽しそうに笑うなあ、とは思う。
母はパラパラと文庫本のページをめくった。
「いやー、この子らいい恋してるわー。青春っていいわねー」
そしてふとこちらを見て、ふっと微笑を零した。
「あんたもねえ……自由にいい恋しなさい。直斗」
でも好きな人は紹介しなさいよ、楽しみにしてるから。と続けられて俺も少しだけ笑った。
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