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【第2部】第1章 湖畔離宮
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「待ちなさい」
湖から戻って、再び朝市の通りを歩いている私たちの後ろで、女性の声がする。
女性の手には、木の枝が握られており、枝先は、クレイン殿下の護衛の者に向けられていた。
「あなたたち、この若夫婦の後を付け回しているね。悪いことを考えているじゃないだろうね」
木の枝を持っていたのは、初老の婦人であった。
護衛の者は、クレイン殿下の指示を待っている。
「ご婦人、騒がせて申し訳ない。彼らは、私の護衛なのだ。決して、私たちを付け回しているのではない。だから、その枝を下ろしてくれないか」
クレイン殿下は、婦人に優しく話しかける。
「お嬢さん、この男の話は本当かい? 正直に言ってごらん。私なら、お嬢さんを救えるわよ」
私は、慌ててクレイン殿下と同じ説明をする。
婦人は、疑いの眼差しを向けたままである。
クレイン殿下が、婦人に近づいて小声で言う。
「ご婦人、内緒にしてほしいのだが、私は妻と旅行に来ているのだ。湖畔の離宮に泊まっている」
婦人は、クレイン殿下が誰だか察したのだろう。
すぐに、木の枝を下げると、クレイン殿下や護衛の者に詫びた。
「おばあ様、何してるの」
若い女性が近づいてくる。
「申し訳ありません、祖母がご迷惑をお掛けして」
若い女性は、私たちに頭を下げる。
「気にしないでくれ、誤解はもう解けている」
クレイン殿下は、笑顔で若い女性に言う。
「いつもでも、昔みたいにはいかないのよ。もう、おばあ様は騎士団じゃないのだから」
私は、聞き逃さなかった。
「あの、騎士団って?」
「私はね、昔、騎士団にいたのよ。一応、偉かったんだけどね、……まあ、あなたのご主人には負けるけど。でも、それもずっと昔の話だよ」
「も、もしかして、祖父のことをご存知ではないですか? アザレアって言います」
私は、もしかしたら、この婦人がおじい様の親友のことを知っているかも知れないと期待した。
「ああ、リブートなら、私の親友だよ。そうかい、お嬢さんは、リブートの孫かい」
婦人は、目を細めて微笑む。
「リブートは、元気かい?」
私は、おじい様のことを婦人に話した。
婦人も、若い頃のおじい様のことをいろいろ話してくれた。
「じゃあ、リブートによろしくね」
婦人は、孫と一緒に歩いて行った。
「リブート殿に、良い土産話ができたな」
クレイン殿下が、婦人たちを見送りながら言った。
「はい、おじい様も喜ぶと思います」
「マーレット、私と結婚したばかりに、自由を失わせてすまない」
「急に、どうしたのですか? クレイン殿下」
私は、クレイン殿下の方を見る。
「いや、私と結婚しなければ、あの婦人たちのように、リブート殿と自由に過ごせたのであろうと思ってな」
「クレイン殿下、私は今、とても幸せです。おじい様やお義母さん、お義父さんも、私が幸せになることを一番喜んでくれます。だから、そんな風に思わないで下さい」
「そうか、ありがとう。マーレット、これからも、私を支えてくれ」
「はい、クレイン殿下」
湖から吹く風が、ほてった頬に心地よかった。
私たちは、朝市の通りを湖畔の離宮に向かって歩き始めた。
湖から戻って、再び朝市の通りを歩いている私たちの後ろで、女性の声がする。
女性の手には、木の枝が握られており、枝先は、クレイン殿下の護衛の者に向けられていた。
「あなたたち、この若夫婦の後を付け回しているね。悪いことを考えているじゃないだろうね」
木の枝を持っていたのは、初老の婦人であった。
護衛の者は、クレイン殿下の指示を待っている。
「ご婦人、騒がせて申し訳ない。彼らは、私の護衛なのだ。決して、私たちを付け回しているのではない。だから、その枝を下ろしてくれないか」
クレイン殿下は、婦人に優しく話しかける。
「お嬢さん、この男の話は本当かい? 正直に言ってごらん。私なら、お嬢さんを救えるわよ」
私は、慌ててクレイン殿下と同じ説明をする。
婦人は、疑いの眼差しを向けたままである。
クレイン殿下が、婦人に近づいて小声で言う。
「ご婦人、内緒にしてほしいのだが、私は妻と旅行に来ているのだ。湖畔の離宮に泊まっている」
婦人は、クレイン殿下が誰だか察したのだろう。
すぐに、木の枝を下げると、クレイン殿下や護衛の者に詫びた。
「おばあ様、何してるの」
若い女性が近づいてくる。
「申し訳ありません、祖母がご迷惑をお掛けして」
若い女性は、私たちに頭を下げる。
「気にしないでくれ、誤解はもう解けている」
クレイン殿下は、笑顔で若い女性に言う。
「いつもでも、昔みたいにはいかないのよ。もう、おばあ様は騎士団じゃないのだから」
私は、聞き逃さなかった。
「あの、騎士団って?」
「私はね、昔、騎士団にいたのよ。一応、偉かったんだけどね、……まあ、あなたのご主人には負けるけど。でも、それもずっと昔の話だよ」
「も、もしかして、祖父のことをご存知ではないですか? アザレアって言います」
私は、もしかしたら、この婦人がおじい様の親友のことを知っているかも知れないと期待した。
「ああ、リブートなら、私の親友だよ。そうかい、お嬢さんは、リブートの孫かい」
婦人は、目を細めて微笑む。
「リブートは、元気かい?」
私は、おじい様のことを婦人に話した。
婦人も、若い頃のおじい様のことをいろいろ話してくれた。
「じゃあ、リブートによろしくね」
婦人は、孫と一緒に歩いて行った。
「リブート殿に、良い土産話ができたな」
クレイン殿下が、婦人たちを見送りながら言った。
「はい、おじい様も喜ぶと思います」
「マーレット、私と結婚したばかりに、自由を失わせてすまない」
「急に、どうしたのですか? クレイン殿下」
私は、クレイン殿下の方を見る。
「いや、私と結婚しなければ、あの婦人たちのように、リブート殿と自由に過ごせたのであろうと思ってな」
「クレイン殿下、私は今、とても幸せです。おじい様やお義母さん、お義父さんも、私が幸せになることを一番喜んでくれます。だから、そんな風に思わないで下さい」
「そうか、ありがとう。マーレット、これからも、私を支えてくれ」
「はい、クレイン殿下」
湖から吹く風が、ほてった頬に心地よかった。
私たちは、朝市の通りを湖畔の離宮に向かって歩き始めた。
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