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第四章 『雨音に耳を澄ませて』
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しおりを挟む~奈古千隼~
カフェ開店一周年記念の立食パーティー、俺は店員として制服を着て食事などを運ぶ係を任されていた。
このカフェにはデザート以外にも軽食も置いてあり、今日は来てくれた方達に食事がふるまわれていた。
「トマトパスタとエビグラタンです」
大皿に盛られた料理をテーブルに置き、ドリンクコーナーに置いてあるガラスジャグの残量を確認する。
夕方から行われたパーティーだが、日が暮れる頃、桃園と鳰さんは二人でやって来た。
「おす、奈古、頑張ってるな」
「まぁね」
「な、奈古君、お疲れ様です」
「鳰さんも、仕事お疲れ様です」
桃園のいつもの強引さに折れた鳰さんは、今日パーティーに来てくれた。
でも、実際パーティーって苦手なタイプだろうに、ご苦労様だ。
「奈古君、アップルジュースの追加お願い」
「はい、今行きます」
他のスタッフの声に、俺は二人と別れてすぐに冷蔵庫のアップルジュースを確認した。
今日は時給がいつもより50円アップしているし、頑張らないと。
バタバタはしないが、それなりに忙しく過ごしていると、いつも目の端には桃園と鳰さんがいた。
楽しそうな桃園、いつも風上さんにも同じ笑い顔、向けてるくせに。
でも、桃園が何かを言った瞬間だった、鳰さんが珍しく笑顔を見せたのだ。
何を言ったのかは分からないが、その後桃園が鳰さんに向かって変顔を見せており、それにも鳰さんはクスクス笑っていた。
──ちゃんと笑ってる……。
俺の前では見せたことのない笑顔を、守屋さんはまだしも、桃園の前でも見せている。
何だろ、なんか、納得いかない。
自分が面白いこと一つ言えないからだとは分かっているが、桃園より自分の方が彼女と関わる機会は多かった。
別にいいけど、いいんだけど。
「みやちゃんのちゃんと笑った顔、俺初めて見ました。嬉しいかも」
「や……やだな」
「じゃあじゃあ、この顔は? 結構自分じゃ面白いと思ってるんですけど」
変顔すれば、笑ってくれるのか?
「奈古君、ポテトの追加できたから、持って行ってくれる?」
「あ、はい、分かりました」
今日の鳰さんは、俺と一緒にいる時より楽しそうで、ただ、楽しそうで。
俺と一緒にいる時は、全然笑ってくれないし、笑っても苦笑いか、口の端が上がるくらい、ちょっと悔しい部分がある。
その後、桃園は鳰さんを店長にも紹介したようで、わざと彼女だと言って場を賑やかにした。
その時間だけは、鳰さんの顔の筋肉も引きつっているようだったが、今日は、いつもより笑っていたのだ。
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