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第五章 『私の好きな人』

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 翌日、俺は悶々とした気持ちで授業を受けていた。

 基本ポジティブ馬鹿で通してきたものの、にきが関わればそうはいかない。

「翔馬、どうかした?」

 昼休み、弁当を食って一人机に突っ伏して目を瞑っていると、多分声をかけてきたのは……桃。

 顔を上げると、ほら、やっぱり。

「今日いつもと違うくない? 何かあった?」

「別に何もないけど」

「そう? 機嫌悪そうだったから」

「そんなことないけど」

 触れてほしくない所を興味本位で突っつかれると、ん、と思う。

「それより、やっぱり踊るのはクイックステップがいいな」

「じゃあ、それでいいんじゃね」

「ねぇ、本気考えてる? 私は……」

「ごめん、ちょっと売店行ってくる」

 桃の言葉を遮って席を立ち、余裕のない自分に気が付く。

 にきが誰かを好きだと言ったのは、初めてだった。それは当たり前のように、いずれ自分に向けられる想いだと思っていた俺は、アホみたい。

 一階まで降りると、売店前の自販機でパックのアップルジュースを買う。これでも飲んで、一息つくか……。

 しかし、お気に入りのアップルジュースは売り切れで、他のものをと指を彷徨わせる。

「轟?」

 そんな中、俺を呼ぶ誰かの声に顔を上げると、隣に宝先輩が立っているではないか。

「あぁ、やっぱり轟か」

「あ……お疲れ様です」

 俺も背はそれなりに高い方だが、もっと背の高い宝先輩は、上から俺を見る。

「学校内では殆ど会ったことないから、驚いた」

「ハハ、そうですね」

 何も知らない宝先輩はいつも通り、表情を変えない。笑顔は破壊的にヤバいのに、普段宝先輩はあまり笑わない。

「どうかした、元気ないじゃん」

「そんなことは……まぁ、あるんですけど」

 首を傾げる宝先輩に、俺はあることを言おうか言わまいか迷ったのだが、思えば既に言葉を零していた。

「宝先輩って、好きな人いるんですか」

「え、いきなり何」

「いや、ちょっと気になって」

 ガコンッとお茶の缶を下から取り出すと、宝先輩ははぁーっと大きく息をついた。

「よく分からない」

「それって」

「自分の気持ちがハッキリしてないから、今は何とも」

 それは一体、誰のことなのか。しかし、それ以上は教えてもらえる気配がない。

「轟は、三保とは」

「振られました。にきには好きな人がいるみたいなんです」

 俺が言うと、宝先輩はじっとこちらを見てくる。

「だから俺、そいつのことが少し嫌いなんです」

「三保って、他にそういう人いたんだ」

「まだ俺に勝ち目ありますかね」

 反応の薄い宝先輩は、何を考えているのだろう。宝先輩が分からない、と言っている相手は、誰なのだろう。

 それは瞳先輩? 他の人? もしにきだったらどうしよう……。

「じゃ、また。部活で」

 突っ込みたいのに突っ込ませてくれない宝先輩は、お茶を一口飲むとそのまま歩いていく。

 甘いジュースを飲もうとしている自分が、何だかこの時ばかりは子供のように思えた。







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