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第五章 『アジサイ、揺れる』
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しおりを挟む「あー、オムライスいいなぁ。うん、あたしオムライスにする。二人は?」
メニュー表を見て、ふんふん鼻歌さえも歌う一葉ちゃんは、このいよりのどんより重い空気を、どうして気付けないのだろう。
二人は幼馴染で仲も良いらしいが、性格は対照的だ。
「俺もオムライスにしようかな。いよりは?」
「……私も、同じもので」
いよりは俺の顔を見て帰るのかとも思われたが、何とか一葉ちゃんのおかげで、このまま一緒に食事ができそうだ。
そして注文を終えた後、俺は一葉ちゃんの隣に座るいよりに、ゆっくり視線を向けた。
おどおど、そわそわしながらも、時折俺を見てくる。
こちらが瞬きをするよりも前に目は逸らされるが、いよりは今俺のことを見てくれている。
「てか、何で濡れてるの?」
「……ちょっと、あって」
尋ねると、ポソポソ返事が返ってきて、いよりはその細い指でグラスを握る。
「傘、持ってきてなかったわけ?」
「……ちょっと、まぁ」
俺には、話題拒否か。
一葉ちゃんの聞くことには答えているのに、俺にはどうでもいい返し方しかしない。
「いよりさぁ、駿さんから聞いたよ。今、二人一緒に仕事してるんだって?」
「会社は違うけれど……仕事は、してるね」
「久しぶりに再会して、どう? 懐かしい感じ?」
「……懐かしいも何も……」
ごにょごにょ……。
返事を濁したいよりは、また俺を一瞬視界に入れて、眉を下げる。
「そんな顔しないでよ」
俺が言うと、いよりは表情を変えずに、態度で嫌なのを示してくる。
「俺、いよりの友達になりたいって、この間言ったじゃん」
「そんなの……一方的に、言われただけで」
「俺はさ、本気で言ってるよ」
今回、一葉ちゃんに頼んでいよりと会うことになり、一葉ちゃんには感謝している。後日、ちゃんとお礼をしたいくらいだ。
そしていよりの重い沈黙を見ていると、間もなくオムライスは運ばれてきた。
「うわぁ、美味しそう。話もいいけれどさ、先に食べようよ。アツアツが美味しいよ」
いただきます、と笑顔で手を合わせた一葉ちゃんは、スプーンにこんもり持ったオムライスを頬張って、笑顔を見せる。
あぁ、悩みなんてなく、幸せそうな笑顔。
対照的ないよりはゆっくりスプーンの口に運んで、美味しい、と呟いた後、黙ってオムライスを食べる。
夫婦だった頃は、一葉ちゃんみたいな笑顔見せてたじゃん。美味しいものを二人で共有できることが、最高に嬉しいんだって、言ってたじゃん。
「なぁ、いより」
俺は元に戻りたい。重い責任を負ってこそ、今度こそいよりを幸せにしてあげたい。
「俺達、やり直せない?」
思いのままに口を開くと、もぐもぐオムライスを食べていたいよりの目が、大きく見開かれる。
「責任、取るためにも、やり直したいんだ」
「な……何、言って……」
「俺、今、本気で言ってる。それ言うために、今日来てもらった」
ふといよりの横を見ると、一葉ちゃんは俺達の様子を見ながら、スプーンの動きを止めない。
離婚して幾度となく後悔していることを話したからこそ、一葉ちゃんは俺に理解を示してくれているのか。
「なぁ、いより、好きな人、いないんだろ」
「……いない、けれど」
「だったら、俺のこと見るだけでも、見てくれないかなって」
「駿ちゃんの、ことを……?」
「うん、俺のことを、もう一度」
誓ってフラ付かないことを、第三者である一葉ちゃんの前でも断言し、俺は宙に浮かんでいたいよりの手に、自分の手を重ねた。
数秒後に振り払われたが、いよりは少しだけ、俺のことをちゃんと視界に入れてくれ、俺はもう一度いよりの手を握り締めた。
「いよりだけだから。俺はいよりと、やり直したいから」
だからと言ってその日、いよりが急に優しくなったり、おしゃべりになったりすることはもちろんなく、食事を終えたらすぐに一葉ちゃんと帰ってしまったが、それで十分だった。
いよりとちゃんと話せただけで、一歩前進だし、俺の気持ちはちゃんと伝えられた。
本気だから。俺はいよりと、やり直したい。
思っているのは、ただ、それだけだから。
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