エタニティ・イエロー

宝ひかり

文字の大きさ
上 下
45 / 83
第五章 『アジサイ、揺れる』

5

しおりを挟む






 三年経っても、心の傷は癒えることなく、お店の立ち並ぶエリアは未だ通ることさえもできないし、下ネタの飛び交うテレビのバライティさえも、スルー出来なくなってしまった。

 愛していた人の裏切りは大きく、大きくて、大き過ぎて。

「幸さん、このペースだと次の電車切り間に合わないんで、少し急ぎましょうか」

「あっ、はっ……はい」

「何か考えてました?」

「いや、何も……」

 一人心の闇に目を向けていると、異変に気付いたらしい篝さんが、わざわざ立ち止まって私を見下ろしてくる。

「幸さん、大丈夫?」

「大丈夫です……私は」

「ホントに?」

「はい、ホン、トに。……大丈夫」

 もう風俗店のエリアからは遠ざかったし、今一緒にいるのは、駿ちゃんではなく篝さんだ。

 篝さんは、駿ちゃんじゃない。

「篝さん、急ぎましょう。電車……間に合わなくなっちゃう」

「……泣きそうな顔してる」

「……え?」

「幸さん、辛そう」

 そして何を思ったのか、篝さんはその場でゆっくり自分の持った傘を畳むと、私の赤い傘に中腰になって入って来たではないか。

 小さな傘に、二人きり。外は暗く、誰もいない。

 間近で目が合い、一瞬だけ、時間が止まる。

 しかし屈まれることによって急接近し、ドッドッと心臓の音が急激に早くなってしまい、私は後ずさって傘から出てしまった。

 瞬間、雨粒が全身を濡らし、何度も瞬きを繰り返す。

 い、今……すごく、ち、近くなかった……?

「ごめんなさい、ビックリさせちゃいましたね」

「あ、いや……いきなり入ってこられたから」

「幸さんが辛そうだったから、つい、気になって」

 ただ篝さんは心配そうな表情で濡れる私に傘を返すと、再び自分のグリーンの傘を差して、こちらを見下ろす。

「あの……その……ホントのことを言うと……怖かったんです」

「もしかして、そういうお店の多い場所の近くだったから?」

「……はい。……何か、すみません」

「謝らないで、幸さんが謝ることじゃない」

 こちらこそごめんなさい、と謝る篝さんだが、篝さんが謝ってくる理由こそ何もないじゃない。

「お店の選択、間違えましたね」

「……いえ、お肉は美味しかったので。篝さん、困らせちゃって、本当にごめんなさい」

「ううん、全然」

 私の小さな声にも篝さんは耳を傾けてくれ、私達は立ったまま視線を合わせる。

「……篝さんは、優しいですね」

「そんなことないですよ。俺はただ……」

「……ただ?」

「幸さんの悲しそうな顔、見たくないだけで」

 あぁ、きっとこの人はモテるんだろうな。

 好意なんてないのに、サラッとこんなこと言って、私に消したい過去がなかったら、単純にトキめいてそうだ。

 ──帰りましょう、と再び言ったのは、私の方が先だった。

 この名の付けようのない感情を、何と呼べばいいかは、分からなかった。





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

結構な性欲で

ヘロディア
恋愛
美人の二十代の人妻である会社の先輩の一晩を独占することになった主人公。 執拗に責めまくるのであった。 彼女の喘ぎ声は官能的で…

隣の人妻としているいけないこと

ヘロディア
恋愛
主人公は、隣人である人妻と浮気している。単なる隣人に過ぎなかったのが、いつからか惹かれ、見事に関係を築いてしまったのだ。 そして、人妻と付き合うスリル、その妖艶な容姿を自分のものにした優越感を得て、彼が自惚れるには十分だった。 しかし、そんな日々もいつかは終わる。ある日、ホテルで彼女と二人きりで行為を進める中、主人公は彼女の着物にGPSを発見する。 彼女の夫がしかけたものと思われ…

どうして隣の家で僕の妻が喘いでいるんですか?

ヘロディア
恋愛
壁が薄いマンションに住んでいる主人公と妻。彼らは新婚で、ヤりたいこともできない状態にあった。 しかし、隣の家から喘ぎ声が聞こえてきて、自分たちが我慢せずともよいのではと思い始め、実行に移そうとする。 しかし、何故か隣の家からは妻の喘ぎ声が聞こえてきて…

ずぶ濡れで帰ったら彼氏が浮気してました

宵闇 月
恋愛
突然の雨にずぶ濡れになって帰ったら彼氏が知らない女の子とお風呂に入ってました。 ーーそれではお幸せに。 以前書いていたお話です。 投稿するか悩んでそのままにしていたお話ですが、折角書いたのでやはり投稿しようかと… 十話完結で既に書き終えてます。

アクセサリー

真麻一花
恋愛
キスは挨拶、セックスは遊び……。 そんな男の行動一つに、泣いて浮かれて、バカみたい。 実咲は付き合っている彼の浮気を見てしまった。 もう別れるしかない、そう覚悟を決めるが、雅貴を好きな気持ちが実咲の決心を揺るがせる。 こんな男に振り回されたくない。 別れを切り出した実咲に、雅貴の返した反応は、意外な物だった。 小説家になろうにも投稿してあります。

【完結】夫もメイドも嘘ばかり

横居花琉
恋愛
真夜中に使用人の部屋から男女の睦み合うような声が聞こえていた。 サブリナはそのことを気に留めないようにしたが、ふと夫が浮気していたのではないかという疑念に駆られる。 そしてメイドから衝撃的なことを打ち明けられた。 夫のアランが無理矢理関係を迫ったというものだった。

処理中です...