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第三章 『落涙の後に』
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しおりを挟む~美野田駿~
風俗店やキャバクラが立ち並ぶエリアを、篝さんと二人歩いていく。
いつものようにMレストランでの打ち合わせ後、レストランから出た所にあるバス停でバスを待っていたのだが、中々来ないため、次のバス停まで歩こう、となったのである。
時刻は昼過ぎで、まだ呼び込みはされないが、立ち並ぶ風俗店の存在は目立つ。
「篝さんって、風俗行ったことありますか?」
「あぁ……そういうのは、ないですね」
サラッと答える表情は笑っているわけではなく、キョトン、としている感じ。
「篝さんは、興味ないんですか」
「特に、今まで考えたことなかったですね。将来彼女とか奥さんができた時、嫌だなって思われる方が、こっちも嫌なので」
「そっか、真面目なんですね」
以前の職場の同僚や、友人など、意外と行っている人が多い中、稀有な存在のようで、果たしてそれは誠実なのか、世間を何も知らないただの馬鹿真面目なのか。
春の暖かな日差しを浴びながら、篝さんは風俗店に興味を示さずスタスタ歩いていく。
「正直言うと、俺が風俗行ったのがバレたのが原因で、いよりと別れたんです」
だが、言った所でパタリと足を止めた篝さんは、俺の顔をじっと見据えて、少々の沈黙を挟んだ後、徐に口を開いた。
自分よりも高い位置にある顔の表情が、先程に比べて強張っている。
「それが原因だったんですね。知らなかった」
「俺、最低ですよね。いよりがいるのに、フラフラ遊んでたんです」
「確かに、それはちょっと……ですね」
男だからフォローしてもらえるかと思ったら逆で、若干引かれているようにも見える。せっかく話をしているのに、そういう反応は求めていなかったのに。
「美野田さんは、今も行かれているんですか」
「いよりと別れてからは、めっきり行ってないですよ。軽はずみな気持ちで行ったこと、後悔しかしてません」
「……そうですか」
再び歩き出した篝さんは、それ以上は突っ込まずに、バス停まで来ると黙って電光掲示板に目を向ける。
──あ、俺、最低だって思われてる?
こんな白けた空気になるなら、言わなきゃ良かったな。
「幸さんって、昔からあんな感じだったんですか?」
「あんな感じって……ビクビクしていること?」
「そうですね、以前はどうだったんだろう、って思って」
「前はもっと明るかったですよ。俺と付き合う前にもトラウマはあったっぽいけど、まだよく笑って、よく話していました」
でも、俺と結婚してから、いよりは俺のことを頻繁に疑っていた。
好きだから、失いたくないから、怖いと。俺がいなくなってしまったら、どうしようもない、と。
俺はいよりのトラウマを、心を踏みにじって、今のいよりを作ってしまった。
酷く責任は感じていて、だからこそ昔のいよりに戻ってほしくて、再会してから声をかけるようにしても、いよりは俺を避けている。
恐ろしい物でも見るかのような素振りに、こうされても仕方がないのに、申し訳なさでいっぱいだ。
「トラウマか……まぁ、プライベートなことだと思うし、これ以上は聞かないでおきますね」
「そうですか。……あ、バス来た。乗りましょうか」
風俗店の前に止まったバスの一番後ろに座って、俺は流れゆくお店をぼんやり眺めて、溜め息を零した。
本当に、後悔している。だって、楽しかったこの場所が、俺は今、こんなにも息苦しいのだ。
怒りたいのは、悲しいのは、悔しいのはいよりのはずなのに、俺も同じくらい、色んな感情でぐちゃぐちゃなんだ。
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