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第三章 『落涙の後に』
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しおりを挟む~幸いより~
それまで頑張っていた仕事が、憂鬱でたまらない。
どうしてこんなことになってしまったのか、現実を受け入れきれないでいる。
私を傷を付けた人は前触れなく目の前に現れて、平然な態度を見せてくる。
五月もGWが終わると、いよいよウェディング当日になり、朝レストランに向かい、料理やアルコール準備、飾りつけなどをしていく。
初めてのレストランウェディング、皆緊張しているものの、一生に一度の晴れの舞台。夫婦にとって最高の一日にしたい。
「幸さん、グラスの準備をしたいから、こっちに来て」
私は森川店長と人数分のグラスを布巾で磨いてゆく。
「挙式して、ご夫婦は正午にレストランに到着予定なの。そして、午後一時時から食事会スタート。結婚式かぁ、いいなぁ」
アラフォー独身の店長は、うっとりした表情を見せる。
「好きな人と結婚するなんて、幸せなんだろうね」
「……そうですね」
「幸さんは結婚願望とかある?」
私に離婚歴があることを知らない店長は、何気なく聞いてきたらしいが、私は曖昧に笑ってその場を逃げ切った。
幸せな人を羨み、妬むことはないだろうものの、どうしても駿ちゃんとの式や披露宴を思い出してしまうだろう。記憶は過去に引きずり込まれ、ギリギリ私を苦しめる。
全ての準備が整い、夫婦やプランナーの篝さんに松本さん達を待っていると、彼らは正午少し過ぎにレストランにやって来た。
「ご結婚、おめでとうございます」
スタッフ全員で迎え入れると、夫婦は幸せそうに頭を下げてきた。
ウェディングドレスを脱いで、一度私服に着替えた花嫁さんだが、緩い編みこみのされた可愛いヘアスタイルに、写真に映える派手目の化粧を施し、松本さんと一緒に奥の更衣室へと通された。
これからヘアスタイルの変更や、メイク直し、ここで着るドレスに着替えなければならない。
「森川店長、ドレスとネイルは無事に届いてますか」
「はい、バッチリ届いてますよ」
「良かった、昨日ネイルサロンから、小指のチップがなくなったって連絡があってたんです」
質問した篝さんはホッとして店内を見渡した所で、偶然目が合って近付かれた。
でも、篝さんの奥には一緒に来た駿ちゃんもいて、私は視線を逸らして瞬きを繰り返す。
「幸さん、お疲れ様です」
「お疲れ様です」
「今日は良い日になりそうですね」
「……本当ですね」
篝さんとは、一度一緒に帰ったきりで、その後二人で会うことはなかった。
それは、打ち合わせの度に、駿ちゃんも一緒に来ていたからかもしれない。
きっと篝さんは松本さんから情報を得て、駿ちゃんが私の元夫だと知っているだろうが、彼が特にそのことについて突っ込んでくることはなかった。
「俺もいつか、結婚式挙げたいなぁ」
淡い想像を膨らます篝さんと私は、状況が違う。
篝さんはこれからの未来に、希望しかないのだろう。
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