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ー光ー 第十章 鬼使神差

第百三十四話 天俊熙

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 半日が経った。
 もう日は沈み、月が輝いている。
 多くの建物は崩壊し、桜の木は枯れて花びらが無くなっている木や、折れて倒れている木もある。
 そしてもう生きている神が見当たらなくなった。


「流石ですね光琳様。まさかこんな早くに終わってしまうとは」

「弱すぎる」


 二神は見晴らしの良い塔の最上階で辺りを見渡している。
 あの年中桜が舞い、美しい桜雲天国は現在、廃墟の街のようになっている。

 風が吹くと、血の匂いが鼻に刺さる。
 しかひそこらじゅう血の匂いがするため、もう慣れてしまった。


「ひと休みしますか」


 落暗がそう言った......とその時。


「光琳様っ!後ろ!!......っ!」

「...!?」


 落暗が大声を上げた......と、落暗は何者かに突き落とされ、塔の最上階から転落してしまった。
 そして何者かが天光琳の背後に立っていた。
 天光琳は振り返る時間もなく、鬼神の力を使い背後に立っている者を跳ね飛ばした。


「......っ!...ゲホゲホッ」


 まだ一神生きていたようだ。
 その者はそのまま壁にぶつかり、血を吐き出しながら倒れ込んだ。しかしまだ意識はあるようだ。天光琳はその者の首を掴み持ち上げた。
 すると、顔がはっきりと見えた。


「......」


 その者は腹部と口から血を流しながら小さな声で喋った。


「...光...琳......」

「.........俊熙...」


 背後に立っていた者は天俊熙だった。
 天光琳は何者か確認せずに攻撃をしたため、まさか攻撃した相手が天光琳の従兄弟であり一番仲が良い天俊熙だとは思わなかったのだろう。
 そして何故か急に頭が痛くなった。


「......光琳......はな...して......」


 天俊熙はカスカスの小さな声で言った。
 天光琳は天俊熙の首を掴んでいた手を緩め、ゆっくりと地面に下ろした。
 何故地面に下ろしたか分からない。
 殺すつもりだったのだが......。

 天俊熙を下ろしたのは良いが、天光琳の頭痛は治まらなかった。
 天光琳はしゃがみこみ、頭を抱えた。

 天麗華、天宇軒、天万姫......今まで殺してきた大切な仲間たちの記憶が蘇る。
 皆の笑顔、皆の優しさ、楽しかった思い出......。
 そして突然涙が溢れてきた。


「......うっ......」


 天俊熙は傷口を震える手で抑えながら苦しそうに唸っている。もう手遅れだろう。この出血量だと、いくら神であっても助からない。

 ......もう時期死んでしまうだろう。


「...俊熙......僕は......」


 天光琳の目の色は先程の黒色ではなかった。
 薄群青色の瞳だ。

 頭痛が治まり、天俊熙の方を見た。


「......なんで...僕...俊熙を......」


 ずっと無感情でいた天光琳だが、小さい頃から仲が良かった天俊熙の瀕死状態の姿を見て大粒の涙を流しながら言った。
 今は落暗の姿は無い。恐らく洗脳が解けたのだろう。


「...ごめんなさい......ごめんなさい......」


 天光琳は天俊熙の腹部から流れる血を押さえながらいった。すると天俊熙は弱々しい声でゆっくりと話し始めた。


「ごめんな......お前に隠し事をして......そのせいで...こうなったんだよな......」

「違う......僕が話を聞かなかったから......」


 仲直りしたということで良いのだろうか。
 天俊熙は痛みに耐えながら微笑んだ。


「......言わないとな......。花見会の時に...言っていた...あと一つの能力......」

「!!」

「それは......」

 天俊熙は一度深呼吸をした。


他神たにんの...将来が分かる...能力なんだ......」


 天光琳は目を大きくして驚いた。


「将来が分かる...能力......」


 まさか『いつか教える』の"いつか"が、この時になるとは......。
 それにしても、将来が分かる能力なら隠す必要はあるのだろうか。
 何故あんなに言わずに隠していたのだろうか。


「......お前が...いつかこうなってしまうことは...分かっていた......なのに......お前を......助けられなかった......」


 花見会の時には既に、天光琳が鬼神に取り憑かれ、国を支配する...という未来が見えていたのだろう。
 通りで隠していたわけだ。


「お前にいつか言わなきゃって......ずっと思ってた。だけど......だけど、言ったらお前が変わってしまうんじゃないかって......怖くて言えなかった......っ...ゲホッ」

「俊熙...!」


 天俊熙は再び大量の血を口から吐き出した。


「大丈夫だから...話......最後まで聞いてくれ......」


 大丈夫ではない。しかし天光琳には助けられないため、せめて天俊熙の言うことは聞いておこう...そう思った。


「お前がこうなってしまうことを言った瞬間...鬼神が襲ってきて、お前を一瞬で洗脳してしまうかもしれない......そう思ったんだ」


 だからあえて言わなかった。言わなくても、天光琳が鬼神に出会わないようにすればいい......そう思っていたのだ。

 自分の仕事がない時はなるべく近くにいるようにしていたのだ。花見会の次の日から、修行と稽古は必要ないはずなのに、天光琳と天桜山に行ったり、よく近くにいたのはそれが理由なのかもしれない。

 鬼神はずっと天光琳のそばにいるかもしれない......しかしいつか言わなければいけない...。
 天俊熙は複雑な気持ちをずっと抱えていた。

 また、取り憑かれやすくなるのは、精神状態が不安定になったときだ。
 精神状態がやられると、取り憑き、洗脳しやすい。

 そのため天光琳が暗い顔をしていると、いつも心配してくれたのは、このことだったのかもしれない。少しでも悩みや苦しみを軽く出来れば...取り憑かれにくくなる。

 しかし、上手くいかなかった。
 落暗は天光琳が一人でいる時を狙った。
 それも精神状態が不安定の時に。

 玉桜山で出会った時、天光琳に力を移し、その力で天光琳の精神を少しずつ乱していった。そして精神が崩壊した時を狙い、天光琳を洗脳した。
 あの時、天俊熙から逃げなければ...落ち着いて話を聞けば......こんなことにはならなかったのかもしれない。

 天俊熙からすると、分かってる最悪な未来がどんどん近づいてきて恐怖でしかなかっただろう。
 あの『なぜ変わらない』と頭を抱えていたのは、きっと鬼神を倒したのに未来が変わらなかったからだろう。
 それなのに天光琳は全く気づかなかった。さらに怪我までさせた。


「もう...喋らないで......。待ってて、今僕が......いや、医術に長けてる神を呼んで...、.....あ.......っ...」


 天光琳は頭が真っ白になった。
 鬼神の力を得たことにより、医術の力も使えるようになった。しかし、これは鬼神の力だ。鬼神ではない天俊熙に力を与えると、恐らく意味が無いし、むしろ悪化する可能性がある。
 そのため、医師の国峰を...いや、医師は全員殺してしまった。


「僕が何とかするから......」


 そういったものの、何も出来ない。


「僕は......うぅ......ごめんなさい...ごめんなさい......」

 天光琳は大粒の涙を流しながら言った。
 どれだけ泣いても謝っても、時間は戻らない。そして......天俊熙は助からない。


「...もう...いい......大丈夫だ......」


 天俊熙は傷口を抑えてくれている天光琳の手を振り払った。


「...俊...熙...?」

「はな...れてて...」


 天俊熙はゆっくりと手を伸ばし、近くに落ちていた十五センチぐらいのガラスの破片を震える手で掴んだ。


「何を...」


 天光琳は天俊熙が何をしようとしているのか
 分からなかった。


 (まさか...!?)


 分かった時にはもう遅かった。
 天俊熙は自分の首をガラスでグサリと深く切った。


「...!」


 首元からも大量の血が吹き出した。それと同時に、今ある神の力全てを使って結界をはった。そのため天光琳は少し遠くへ飛ばされた。


「っ.........、!、俊熙っ!?」


 飛ばされ、塔のボロボロの柵にぶつかり痛かったのだが、痛みなんて気にしていられない。
 天光琳は直ぐに立ち上がり天俊熙の方へはしった。...が結界のせいで近づけない。
 跳ね返されてしまう。天光琳は鬼神の力を使い、結界を壊そうとした。しかし、壊せなかった。玉桜山の戦いの後、沢山修行を重ねたのだろう。何度やっても壊せない。


「俊熙、俊熙、俊熙っ!!」


 天光琳はそう叫びながら結界を強く叩いた。
 すると天俊熙は血だらけの体を引きずりながら震える両手だけを使い、ゆっくりと天光琳の近くへ来た。そして片手を上げ、結界越しで天光琳と手を合わせた。


「結界を...壊して......お願い!」


 天光琳は必死にお願いしたが天俊熙は首を横に振った。


「お前は...俺を...殺してはいない......から...」

「......え...?」


 天光琳は聞き返したが天俊熙は頷くだけだった。そして......微笑んだ。
 目からは涙がこぼれている。


「今までありが...と......。」


 この言葉を最後に天俊熙は目を閉じた。生暖かい風が吹いた。枯れた桜の花弁が風に乗ってヒラヒラと落ちてきた。
 同時に結界が割れたガラスのように崩れていく。
 ......天俊熙は死んだ。

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