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第二章
30.彼の視点② 前編
しおりを挟む「──団長。魔物の湧きも落ち着いてきており、街の自警団で処理できるレベルまでにはなったと思われます。そろそろ王都へ帰還できるかと」
腰まである白髪をさらりと靡かせながらユキが言う。
──国境付近の街まで遠征に行って早1ヶ月が経過した。
遠征は当初1週間ほどの予定ではあったが、想定よりも魔力の淀みが酷く永遠と魔物は湧き続けた。街の自警団と協力し、遠征後は大きな被害を出さずにここまで抑え込むことが出来た。
「……そうだな。この1ヶ月で自警団の戦力も上がったし、もう離れても問題ないだろう。あと数日様子を見て王都へ帰ろう」
「はい。ではその様に手配しておきます」
「ああ。ありがとう」
ユキは部下でありながら妹みたいな存在で、もう10年以上の付き合いになる。
幼い頃に高い魔力から忌み子として周囲に畏れられ、孤児院の入口に置き去りにされていたところを前第1騎士団の団長の俺の父親が見つけ、王宮で引き取った。
圧倒的な魔力と剣と魔法のセンスで齢20にして、第1騎士団の副団長となった。
また、状況察知能力や周囲を纏め士気を高める力も高く、次期第1騎士団団長に彼女が就任しても誰しもが依存は無いだろう。
「それにしても長かったな」
「ええ、魔物の数が想定以上でしたね。初日に関しては団長がいなければ全滅していたかも知れません」
「俺が居なくてもユキがいるなら大丈夫だろう」
「そ……、そんな事はありません!団長がいたからこそ、団員も自警団も被害を最小限にしてここまで食い止められたのです!」
「ふ。いつもユキは俺の事を褒めてくれるな。ありがとう」
「ほ、他の皆も団長には敬意と感謝の気持ちを持って任務を遂行していると思います!!」
一見クールに見えてユキは意外とすぐ顔が赤くなる。しっかりしているが、甘いものや可愛いものが好きだったりというところを見るとやはり20歳の若い女性なのだと実感する。
「……それにノア。お前も来てくれて本当に助かった。魔力の淀みが酷い箇所を正確に特定してくれたお陰で魔物が沢山湧いてくる前に駆除することが出来た」
「兄さんの力になれたならよかった」
俺と同じアルジェルド家特有のライトブルーの瞳に、スミレとはまた違った色合いの青みがかった夜空の様な黒髪を持つ男。女性のような見た目から性別を間違われることが多い彼は俺の弟のノアだ。
ノアは幼い頃から魔力が高く魔法の才があった。現在22歳だが、18歳でダヴィッドより第3騎士団団長の座を明け渡され今に至る魔法の天才。
国境付近の魔力の淀みは様々な箇所で確認できたが、俺とユキでは詳細な場所の特定までは困難であり魔力探知の得意な第3騎士団への王宮へ支援要請をしたところノアが派遣されて来た。
ノアは独自に開発した魔法式を用いて、この土地の魔力の淀みを解析し、魔力が淀んでいる場所を特定するだけではなく魔物が発生するタイミングまで正確に言い当てたのには流石としか言えない。
「えぇ~。もぉ帰るの?もっと楽しみたかったんだけどぉ!!」
「聖女様、大変申し訳ありませんが魔物はもう街の自警団で対応できる程度まで落ち着いてきております。我々と一緒に王都へ帰還していただきます」
王都への帰還を嘆いているのは、シャルム王国の聖女ことラヴィ様だ。
彼女はスミレより2週間程度早くこの世界へ召喚され、早々に治癒魔法を上級まで使いこなし、それだけではなく高位の聖属性まであっという間にマスターしてしまった。
その為、第2騎士団の遠征時にも派遣され今回はノアの護衛兼、追加の衛生兵として着いてきたのであった。
「もっと狩りたかったんだけどなぁ~。王都周辺ってここに比べたら魔物って弱いんでしょ?」
「聖女様は何故そこまで魔物を狩りたいのですか?危険ですし普通は恐れられる方が多いと思いますが……」
因みにノアは護衛など必要ないぐらいに強い。
しかし魔法使いは後衛の役割を果たすことが多いので、前衛として第1騎士団か第2騎士団の兵を数名付けて派遣されることになったらしいのだが、その話を聞きつけた聖女様は率先して前衛を引き受けたいと仰ったらしい。
聖女様が前衛……?と最初は疑問に思い、ノアに迷惑を掛けているのではないかと少し心配していたがノアが言うには彼女は最強の狂戦士らしい。
「私ね、この世界にはあるか分からないけど、元々モデルとキックボクサーっていう職業で食いつないでたのよ。この世界には身体強化っていう魔法があるじゃない!それを試しに使って魔物を倒してみたらすんごーーく気持ちよくてねぇ!」
「……ラヴィ様はもっと聖女様らしく後衛で治癒魔法を唱えてくださればいいのです。無理して危険なことをしなくても……」
そう言って呆れた様子で聖女様を咎めるのは、聖女様とノアの護衛として派遣されてきた第2騎士団副団長のトラン=サブマ=シャルム。
サブマ=シャルム……つまり、ルーの身内であり実の弟だ。
彼もシルバーウルフ血が濃く出ており、銀に近い青白磁色の毛色をさらりと靡かせている。
兄弟揃って顔立ちはハッキリとしているが、兄のような野性的な美しさではなく、女性的でもなく男性的でもない……中性的な美しさだと言うものが多い。
第2騎士団の副団長ともあって戦闘力も実力もルーのお墨付きだが、お調子者の兄とは違って何事にも慎重で丁寧な男だ。
「ノアからもラヴィ様に何か言ってよ」
「……聖女様には何言っても聞かないから嫌だ」
「トラン、ノア。何2人でヒソヒソしてるの?」
「「な、何も話していません!!!」」
そんな実力者の2人に物を言わせない聖女様の戦闘力は凄まじかった。
第2騎士団は主に身体強化魔法を使用して身体の強化を行い武器は使わず己の体を用いて戦う者が殆どだ。
聖女様は初めて第2騎士団の遠征に派遣された際に自分も身体強化を使ってみたいと行ったそうで、団員も最初は魔法を唱えてみるだけならと聖女様に教えたそうだ。
するとどうしたものか、討伐の際に前衛に聖女様が繰り出して、気がつけば聖女様が魔物を団員よりも多く討伐しているという。
兵の報告を聞いてルーも最初は信じられなかったが、実際に聖女様が戦う様子を見て魔物討伐のチーム編成に組み込んだ程の腕前とのことだ。
「 ──身体強化 」
王都への帰路で魔物に度々襲われたが、俺やユキ、他の団員の出る幕はなく、聖女様は身体強化を行い華麗な脚技でバッサバッサと魔物を蹴り倒していく。
「まだまだぁ!物足りないわね!!ノア、近くに魔物の気配は?」
「……1キロ南西に10匹程度の反応がありますが、王都とは真逆ですしこの魔力の質ですと見過ごしても問題はない魔物だと思われます」
「でも、もし。近くに子供や戦えない村人がいたらどうするの?いくわよ!!」
「……はぁ。お好きにしてください」
「ノア、ラヴィ様に魔物の位置を教えたらダメだろ……!見過ごせる範囲なら黙っておいてくれ……!このペースだと王都に帰るのに数週間は掛かる!」
「……トラン、僕は嘘を付けないんだ。嘘なら兄さんが得意だよ、息を吐くようにサラッとつくからね」
「な……!子供の頃に婚約者を作りたくなくてついた嘘だろ!!それはカウントしないでくれ……」
「そうです。団長は嘘をつけません。ノア様だとしても団長を貶すことは許しませんよ」
「ユキ、本気にしないでよ。兄さんを揶揄っているだけだから」
「そ、そうなのか……」
道中を邪魔する魔物は殆ど聖女様が処理をしてくれた。
遠くにいてこちらを襲う様子のない魔物まで手をかける様子は聖女様とは言い難いものであった。
街中に彼女が狂戦士という異名が広まるのはそう遅くは無いだろう。
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