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第二章
29.落花流水(1)
しおりを挟む「……おはよう……ございます……」
昨日の衝撃的な出来事から一晩明けて、一睡も出来ないまま朝が来た。
王宮から1度自宅へ帰宅してよく鏡を見てみると、寝不足によって顔には酷い隈が出現しており化粧をしても顔色が悪い。
どんなに工夫しても改善されることは無さそうなので、諦めて診療所へ出勤した。
「──わ!!どうしたのよスミレ!!隈も酷いし、顔色も真っ青だわ!!」
「……大丈夫です。特にお気になさらず……」
「いやいや、絶対に可笑しいわよ!!待ってね、治癒魔法かけてあげるわ!!」
体調が悪いつもりは全く無かったのだが、心配したソフィアさんが治癒魔法をかけてくれて体が大分楽になった。
「……で?氷の騎士様と何があったのよ?」
「べ、別に何もありませんが……」
「ふーん。隠し事するのねぇ?」
「──うわっ!」
しらばっくれようにも、ソフィアさんはお見通しの様でアップンブリケ!とばかりに両頬をぐりぐりされる。
「そふぃあざん、はなぢしで、ください(ソフィアさん、離してください)」
「嫌よ!!可愛い可愛い後輩ちゃんの色恋について知りたくてたまらないわ!!」
「……は、はなぢますので、はなぢてください」
満足気な顔をしたソフィアさんは私の両頬から手を離した。
「……で?昨日何かあったのよね?」
「実は……」
ソフィアさんに昨日のレイとの出来事を包み隠さず説明する。
「──ええ!!告白されたのに、返事もせずに自分のほっぺを抓ったの!?!?そりゃ相手が相手だし夢かと思うのも分かるけどさ!!」
「こ、声が大きいです……。もうすぐ診療が始まりますし、小さい声で……」
「スミレ。今すぐにでも返事をしにいくのよ!!診療は私に任せてくれていいから!!」
「で、でも心の準備もありますし……。レイにも仕事があるでしょうし──」
「──おはようソフィアちゃんスミレちゃん!!今日も治癒魔法頼めるかい?」
ソフィアさんは仕事よりも優先して今すぐに返事をしに行っていいと言うが、私にそんな勇気はなくどうしようかと思っているとタイミング良くガチャッと診療所の扉が開き、患者さんがやって来た。
助かった……。
レイに今すぐにでも返事をしたい気持ちはあるし、ソフィアさんの言う通りではあるんだけど、やはりタイミングというか気持ちの準備というか……。そういうのをいちいち気にしてしまうところは日本人の良くないところなのだろうか。
***
「──スミレちゃん、酷い隈だね?昨日氷の騎士様と何かあったのかい?」
「……あ、アンナさん!小さい声でお願いします!!」
午後の診療も終わりへ近づき、患者さんの来院も少なくなってくる頃。
訪れたアンナさんに会って早々に尋ねられる。
因みに、アンナさんだけではなく診療に来た患者さんの殆どがレイの話をしてくる。
まあ昨日街中であんな事があった上に、この酷い顔色じゃ何があったかを察するなという方が無理があると思う。
「……患者さんにはアンナさんだけに言いますから誰にも言わないでくださいね?」
「うふふ。もちろんよぉ」
凄いニヤニヤしていて少し不安だが、アンナさんと付き合う中で人の噂をべらべらと喋るような人柄ではない事は知っている。
「昨日、氷の騎士様ことレイに恋人になって欲しいって言われたんです。でも、ずっと憧れの人だったのと身分が違うのもあって夢かと思って信じられなくて……」
「信じられなくて、ほっぺを思いっきり抓ったのよね~?」
ニヤニヤしたソフィアさんが横から話題に入ってきた。
「ふふ。スミレちゃんって本当に可愛いわね。そんな事する人、聞いたことないわ」
……アンナさんの言う通りだ。そんな事する人見たこないし聞いたこともない。
自分でも自身の行動が、ちょっと前の少女漫画の主人公でもやらなそうで引いているところだ。
「本当に馬鹿だったし、相手に失礼なことをしたと思います……」
「うふふ。なら今すぐにでも返事をしてきなさいよぉ~」
「さっきソフィアさんにも言われたんですけど、なんていうかタイミングもあるし心の準備が整わないというか……」
「そんなことを気にしているのぉ?!そんなの関係ないわよぉ!愛は情熱よ??いつ冷めるか分からないんだから早めに掴み取ったほうがいいわぁ!私もね、旦那には自分から食ってかかったのよぉ?」
「そ、そうなんですか。以外です」
「この国じゃ珍しいことじゃないし、女性からアプローチすることだってよくあるのよぉ?」
The中世ヨーロッパ!な雰囲気があるこの国でもアプローチは女性からすることは珍しくないのか。現代日本でも『イマドキ、男性からアプローチを待つ必要ナシ!!』っていうネットの恋愛記事を読んだっけな……。
「だからねアンナさん、私はずっと仕事なんかいいから返事をしに行きなさい!!って言ってるのにスミレったらタイミングが~とか言っていつまで経っても行かないのよ?!」
「そんなの関係ないわよ!!寧ろ、今こそそのタイミングなんじゃないのぉ!!」
「わ、私は草食系女子なんです……」
「……草食系?スミレ、お肉の方が好きだよね?」
「うふふ。サラダもお肉もシャルム王国は美味しいわよねぇ~」
……会話が噛み合っていないが、どうやらこの世界には草食系やら肉食系という言葉はなかったらしい。
***
「──さて、治癒魔法も終わりました。体調にお変わりはないですか?」
アンナさんは本日最後の患者さんとなった。
ソフィアさんは今日は夜に予定があるとの事で少し早く上がったので私が院の締めの作業をする。
「んとねぇ……横ばいだと思うわぁ。火傷してから気をつけてるけど、重いものはもう持てないわぁ。でもね、工夫すればまだお店は出来そうねぇ」
「そうですか……。何かお手伝いできることがあればいつでも言ってください。アンナさんにはお世話になってますし、アシュク診療所のナースとしてではなく、私個人としてお手伝いしたいんです」
「何言ってるのよぉ。お世話になってるのはこちらのほうじゃない。明日はお休みよね?ゆっくり休むのよぉ?後は騎士様へのお返事も忘れずにねぇ」
「そ、それはタイミングを見てお伝えしてきます!!!そしたら扉開けますね……──」
アンナさんが帰宅するため、診療所の扉を開けようとすると異様に軽い。
誰かが同時に開けている様なので、ドアを開けている人に声をかける。
「扉はこちらで開けますので手を離して頂いて大丈夫ですよ──」
「こんにちわ。スミレ」
「──れ、レイ!?」
扉を開けた先には氷の騎士様こと、レイが立っていた。
「……こ、こんにちわレイ。ど、どうして診療所に?」
「ルーからスミレがここで勤務をしていると聞いてな。顔を見に来たんだ。診療がもう終わる頃だと思って来たんだが……今は大丈夫か?」
「全然!だ、っだいじょ……」
「スミレ?……大丈夫か?」
突然の訪問に混乱している私の顔をのぞき込むレイに更にドキドキして言葉が上手く出てこない。
もちろん来てくれるのは全然大丈夫だし、嬉しいぐらいなんだけど彼の顔を見ると昨日のことが脳内を過ぎり緊張してしまう。
「──うふふ。こんにちわ。貴方様は氷の騎士様……ことアルジェルド様ですわね?」
フリーズしている私を見かねたのかアンナさんが後ろからレイに声をかけた。
「確かスミレちゃんの恋び──」
「……あ、アンナさん!!!」
場を繋いでくれたのはとても有難いのだが、私にとっては今触れてほしくないことを言おうとしている気がしたので、急いでアンナさんの口を塞ぐ。
「……初めましてご婦人。私はレイ=アルジェルドと申します」
そんな様子を見てニコっと微笑むレイ。
「私はアンナと申します。スミレちゃんにいつもお世話になってますのよぉ。おほほ……」
いい男ねぇ……と耳打ちしてくるアンナさん。
レイに聞こえそうでやめて欲しいが、彼女のお陰で少し気持ちが和らいだ。
「仕事は今終わったところだから大丈夫だけど、突然どうしたの?」
「スミレ。スミレが良ければだが、これから食事にでも行かないか?」
「……ご、ご飯ですか!?」
一緒に食事……だと。
嬉しいがこのタイミングはやはり、返事は急がないとは言っていたけど早く欲しいのかな?
「……あ、それとスミレだけじゃなく、もし宜しければアンナさんも一緒に如何ですか?」
彼を急かしてしまう行為をしたのは私だし、今夜きちんと返事をするべきなのかもしれない……などと考えている間にアンナさんを誘うレイ。
返事を急いでる訳では無いのかな?
アンナさんがいるのは私としては全然嬉しいけど。
「いいですね。アンナさんも良ければ一緒に行きませんか?」
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「邪魔だなんてことはありませんよ」
「アンナさんがいてくれたら、もっと楽しい時間になりそうです」
「そうですか……。しかし私はただの平民ですわよ。アルジェルド家の方と食事を囲うなど……」
「アンナさん、そんなこと言ったら私も平民ですよ!!」
「私は身分などは気にしませんので。アンナさんが良ければ是非」
「そうですか。そう仰ってくださるのであれば、是非」
「それとアンナさん、私はここでは騎士でも貴族でもないただのレイです。お互いに気を使っては食事も楽しく頂けないでしょう?気軽にレイとお呼びください」
「……うふふ。いいんですの?それではそう呼ばせてもらいますわねぇ。レイ」
こうして3人で夜ご飯を食べに行くことになった。
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