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第一章
17.彼の視点 後編
しおりを挟む「──長、団長!!!」
「……ん?」
俺の名を読んでいたのは、第1騎士団副団長のユキだ。
ユキは腰まである白髪のロングヘアに前髪を切り揃えているのが特徴的で、綺麗な顔をしていると思う。
彼女は美しいだけではなく、とても強力な水魔法と細いレイピアから繰り出される素早い斬撃は魔物を一瞬で一網打尽にすることが出来き、頼もしい部下だ。
「団長、最近ボーッとし過ぎです」
「……そうか?そんなつもりは無かったんだが、すまない」
ユキが言うには、最近俺は気が抜けているらしい。
氷の騎士様の威厳がないだとか、そんなんでもし王都がいきなり魔物に襲われたらどうするんですかとか色々注意を受けた。
あの後、スミレとは約束こそしていないが毎晩あの白いベンチで会うようになっていた。
他愛もない話から王女様へ現代日本の医療処置である経鼻経管栄養法という処置を開始したこと、約2週間の遠征より帰還したルーがスミレに怒っていきなり掴みかかったことなどを聞いた。
ルーの奴、心配なのは分かるが女性にいきなり掴みかかるだなんて血の気が多すぎる。
あいつはシルバーウルフ属というのもあってかなり力が強く、爪も鋭い。彼女はなにもないから大丈夫というが、日頃から魔物相手に戦う兵士ですら畏れ敬うルーの威圧感や力の強さはかなり怖かっただろう。
彼女は、別にルーは手を上げたとかではなく、肩を掴まれただけで大切な王女様がいきなり見ず知らずの女に何かされそうになってたら不安にもなるし、むしろそんなに大切にされている王女様を早く助けてあげたくなったと言う。
なんにせよ彼女には無理をして欲しくない。
毎日出来るなら会って話をしたいが、約束をしている訳では無いし彼女の負担になってはいけないと思う。
彼女はそんな旨を伝えると、「そう思ってもらえてるなら私も嬉しい。この世界に来てからレイと話すのが息抜きになってる。ありがとう」と笑って見せた。
そんな彼女が愛しく思え、気がつけば頭を撫でていた。
──王都から少し離れた森の奥。
現在、定期的な魔物討伐へやって来た第1騎士団は魔物の群れに囲まれていた。
直接視界から見える訳では無いが、淀んだ魔力から大体の場所、数、大体ではあるが魔物の種類が分かりる。
……大きさは全長2m前後、四足で狼のような形状をしており、数は50は超えているだろう。
それに対し、騎士団の人数は俺と副団長のユキ、一般兵を含めて20人程度。
……今日は中々多い。
この辺りであれば、いつもなら多くても10匹程度なので一瞬で討伐は終わるのであるが今回はそうはいかないだろう。
「……皆下がれ。俺がやる」
1匹1匹相手をしていては時間が掛かるし、なにより怪我人が出てしまう可能性もあるので早々に魔法で駆除してしまったほうがいいだろう。
「団長、ここは私に任せていただきたい」
魔法で魔物を処理しようとした時、ユキが名乗り出た。
今にも物陰から魔物達は飛びかかってこようとしているが、ユキは冷静に言った。
……今日は彼女に任せることにするか。
『この世の流れる水たちよ、我に力を貸したまえ──水の被弾!』
魔力によって集められた水がユキの手のひらへと集まり、それはショットガンの弾の様に様々な方向へ勢いよく発射される。
その水の弾は魔物の頭部を的確に撃ち抜き、1発で20対程度の標的を射止めた。
「───今だ、行け!!!!!!」
ユキの掛け声で一般兵もそれに乗じて一気に攻め込んでいく。
再度魔法を繰り出し、バッサバッサと敵を切り裂いていくユキ。その勢いで切り込む兵士。
魔物の群れは一瞬のうちに壊滅した。
何人か怪我人が出たが、大した傷ではなく初級の治癒魔法ですぐに癒えそうだ。
……俺の出る幕はなかったらしい。
「騎士団は危なくないの?
私のいた世界は平和で、魔物なんて空想上の生き物だったから……」
ある日スミレに聞かれたこと。
騎士団は危険では無いのか、ニホンには
存在しなかったという魔物の存在。
この仕事が危険でないといったら嘘になるが、ルーやユキといった実力者が多く魔物を圧倒する力を持つ為に死者が出ることは少ない。
騎士団は第1から第3まであり、第1騎士団は剣や魔法が使えるオールラウンダーな人材が集まり、第2騎士団は身体強化などの魔法を用いて己の拳や脚で戦うものが多い。第3騎士団は国内の優秀な魔術師が集まっており、俺の弟も所属している。魔術師で構成されている第3騎士団は魔法のみでの戦闘を得意としたり魔法研究に携わる者がいたりと少し他の騎士団とは毛色が違う。
基本的には討伐は第1と第2騎士団が行い、第3騎士団はそのサポートをしたり魔法研究を行い魔法や文明の発展に貢献したりといった機能を持っている。
普段の仕事といえば、王宮や近隣の町の巡回を行い、街近隣の魔物を定期的に討伐する程度だった。
しかし最近魔物が活性化してきており、近隣の巡回では済まなくなり頻回な討伐要請やこの前のルーの様に実力のある王宮内の騎士団を魔物によって被害が拡大している国境付近まで遠征に向かったりと忙しくなってきた。
スミレの世界ではとても平和で、魔物は空想上の生き物であるという。
……魔物なんて存在しなくていい。
魔物は何処からともなく現れて、言葉は通じないどころかいきなり襲いかかってくる。
魔物が存在することで、戦争など人同士の争いは少ないのかもしれないが、魔物による死者は星の数ほどいる。
王宮内の魔導師の話によると、この世界は、植物や動物等の生物の体内だけではなく、空気中、水の中、火の中、土の中、太陽の日差しなど調理した食べ物の中にいたるまでありとあらゆるところに魔力が満ちているらしい。
そして、世界中に存在する魔力が一定の場所に蓄積し穢れて淀み生まれるのが魔物と言われている。
……つまりこの世界に魔力が存在する限り魔物は消えないのだが、魔力は生物のエネルギーであり枯渇してしまうと死に至るので魔物の存在が無くなるということは有り得ない。
現状では定期的に討伐を行い、出来るだけ被害が出ないようにすることしかできないのだ。
「あ、あの。レイはさ。
部下がいたり、ルー様のことを親しくんだりしてるけど、もしかして王族や貴族だったりするの……?」
騎士団の話をしていて、自然と”部下”という言葉を使っていた。普段の癖で話してしまってはいたが、ルーのことも”様”と付けて呼ばないのは国王様王女様、ルーの家族と俺ぐらいだろう。
スミレは察しがいい。もう隠せないか。
「……後で誰からか聞くよりは自分で言った方がいいよな。」
自分のフルネームは、レイ=アルジェルドであることを伝えた。
自分が貴族の息子でありルーは昔からの親友であることや第1騎士団の団長を務めていることも隠さず伝えた。
「す、凄いですね……」
思わず敬語を使うスミレ。
そりゃそうだろう、俺でも逆の立場なら敬語を使ってしまうと思う。
しかし、彼女とは気の使い会う関係にはなりたくないので今までと変わらないように接して欲しいことを伝えた。
「そういえば、スミレ。
王女様の容態も少し落ち着いてきたんだろう?……息抜きに今度休みに街へ行かないか?久しぶりに休みが取れそうなんだ」
スミレの話しぶりとルーから聞く様子だと王女様の容態はだいぶ落ち着いてきたらしい。
前回、ユキの活躍により魔物が一掃されたので少しなら久しぶりに休暇が取れそうだった。
「え?……街に?
……私なんかとでよければ是非」
すぐにスミレから承諾が出た。
ユキが最近街に新しく可愛らしいカフェが出来て、そこのイチゴを使った飲み物が絶品らしいとはしゃいでいたのを思い出した。
スミレは甘いものが好きだと言っていたので、喜んでくれたら嬉しい。
「───スミレもずっと王宮に篭っていているし、一緒にいければと考えていたんだが……」
待て、浮かれて1人で喋り通している。
スミレの様子を見ると、こちらを見て微笑んでいた。
「前の世界でもカフェが好きで、仕事終わりによくコーヒーなどを買いにいってたんだ。街の土地勘もまだないし、レイが案内してくれるのであればすごく助かります。
……とても楽しみです。」
こうして俺はスミレを街へと誘うことができたのだった。
一日だけ休暇を取るので騎士団を頼むことをユキに話すと、
「………え?団長、どこにいくんですか?」
と怪訝な顔をするユキ。
「街だ」
「誰と……ですか」
「別に誰でもいいだろう」
このやり取りに少し兵舎がザワついたような気がするが、気の所為だろう。
約束から3日後、スミレとの約束は実現することになった。
ルーに、
「お前が休暇をとるだなんて珍しいな?女か?」
と直球に聞かれて誤魔化したが無理だった。
「……ははーん、例の巫女様か。毎晩夜這いしてるもな?」
「……よ、夜這いって!!!お前!!
ただ、庭園のベンチでお互い息抜きに話しているだけだ」
「お前が女に入れ込むなんて初めてじゃないか?女はいいぞ、男と違って肌が柔らかくて──」
「本当に……やめろ」
スミレとはそんなんじゃない。
……周囲の気温が下がっていく。少し感情が昂ると魔力が溢れ出て、いつもこうなってしまう。
「……寒!!!
やめろレイ、すまん!揶揄い過ぎた!!しかしだな、ユキはいいのか?あいつはお前の事が……」
「……何故ここでユキが出てくるんだ?
……それよりお前、スミレに掴みかかった事謝ったんだろうな」
話を逸らそうとするルーに、この前のスミレから聞いたことを思い出し、フツフツと怒りが湧いてきた。
「それが……あの……まだ謝れていないんだ。でも悪いとは思っているんだ、アンジェも良くなってきてるし礼を言わなければいけないぐらいなんだが、なんていうかタイミングを逃していて…だな」
「……タイミングがあれば、早いうちに謝罪しろよ」
焦るルーへ釘を刺す。
スミレは怒っていないとは思うが、ルーのことが怖いかもしれない。
今後、王女様とスミレが関わる以上、ルーとの関わりも避けてはいけなくなるだろうし早く謝罪してほしい。
──スミレとは、定演のベンチで待ち合わせることにした。
お互い王宮内で暮らしているし、街で待ち合わせる理由も特にないだろう。
普段訓練や討伐ばかりで私服を着るのは久しぶりだ。……変ではないよな?久々に余所行き服を纏い、街とはいえなにが起こるかわからないので念の為腰に愛用の剣を下げて身支度を整え、少し早いが庭園へと向かった。
「すまない、待たせた」
庭園に到着すると、既にスミレがベンチで座っていた。
いつもと変わりのない動きやすい服装ではあるが、後ろでお団子に結んだり下ろしている長い黒髪は本日はハーフアップになっていて、なんだかいつもよりも可愛らしかった。
……だがしかし、いつもと少し違う雰囲気の彼女に気を取られている場合ではない。女性を待たせてしまうなんて、貴族の紳士としては失態だ。
しかしスミレは呆れる様子はなく、今着いたところだといい、
「というか、まだ予定の時間より15分も早いよ?」
と言って笑ったのだった。
2人で馬車へ乗り込み、およそ5分間でつく街へと向かう。
馬車の中は狭いため、自然と彼女との距離も近く、香水は付けていないようだが、心地よい匂いがする。
「街へ行くのはこれで2回目なんだけど、休日としては行くのは今回が初めてだから凄く楽しみだったの」
「イチゴの飲み物ってどんなんなんだろうね。私前の世界でもイチゴのドリンクには目がなくて──」
楽しそうに話す彼女が可愛くて仕方がない。
「……そうか。俺も楽しみだ」
……思わず頭を撫でてしまう。
その度に顔が赤くなるスミレが可愛くて仕方がなくて、何度も撫で出しまった。
「着いたな」
「そ、そうですね……」
シャルム王国の城下町へとたどり着くまでの5分は一瞬で過ぎ去り、彼女と馬車に乗れるなら30分ぐらいあってもいいと思う。
──王都シャンデリア。この街は王宮の城下町ということもあり王国内で1番栄えている都市だ。
街のシンボルの大きな時計台は時を刻むだけではなく、この広い街で自分がどこにいるかの確認にも使える。
スミレの小さな手を引き、目的地のカフェへと向かう。
「あれが氷の騎士様……」
「なんとお美しい殿方ですの……」
「噂どおり凛々しいお方だ……」
「あの珍しい髪色をしている隣の女は誰なんだ」
ヒソヒソとこちらを見る町人。
どうしても氷の騎士の異名とスミレの真っ黒な髪は注目の的になってしまうようだ。
「なんだか、皆がレイをみてるね。
なんかラフな格好で来ちゃってごめん。
転移してから洋服も王宮で貰った動きやすいやつしかないから、いいお店あったら後で寄ってみてもいい?」
スミレが自身の格好を気にしている。
王宮内で会う時に見た事のある服装でお洒落さよりも動きやすさを重視されており、確かに余所行きの服ではないのかもしれないが、この世界へ来てすぐに王女様に付きっきりだし服も買う時間などなかっただろう。
服装など気にはならないし、彼女と出かけられるだけで俺は満足だ。
……が、余りにも人々の視線が多く、自身の服装をチラチラと何度か確認しており、気になってしまっているようだ。
「確か目的地のカフェの近くに、部下がよく妻に連れられていくという服屋を知っているから、まだ少し早いし先にそこへいこうか」
カフェへ行く前に、服屋にでも寄ろう。
この世界の服を気に入ってくれるといいが──。
「……可愛いっ!!」
俺の心配を他所にスミレはとても楽しそうだった。
部下曰く、ここの店はシャルム王国の最先端の流行を取り入れつつ値段も手に取りやすい価格設定らしく街の女性にとても人気なのだとか。
店内には様々な色や雰囲気のドレスが並んでおり、スミレは目を輝かせている。
「……レイ、何着か試着してもいいかな」
「もちろんだ。それで、着たら見せてくれ」
「えっと、これはどう……かな?」
何着か試着し、今回は薄いパープルのドレスを選んだようだ。
他の服も素敵ではあったが、髪が黒く肌の白い彼女にこの薄い紫陽花のような色のドレスはとても似合っていた。
また、薄い紫はなんだか菫の花をも連想させた。
「全部素敵だが、これが1番似合っている」
そう言うとスミレは即座にこのドレスに決め、店員の気遣いもあり服を着替えて店を出た。
時計台を見ると昼の時間をとっくに過ぎていた。
「ごめん……、はしゃぎ過ぎてもうおやつの時間になりそうだね」
おやつの時間とは表現の仕方が面白いな。確かにこのぐらいの時間は子供がおやつを貰うよな。
それにしても色とりどりのドレスを着飾るスミレは新鮮で、とても綺麗だった。
彼女は選ぶのに時間がかかり過ぎてしまったと申し訳なさそうな顔をしているが、むしろもっと見ていたかった。
「俺も楽しかったし、気にするな。
なんなら、また一緒に選びに来よう」
……彼女がいいなら、また一緒に買い物に行きたい。
カフェに到着し店内へ入ると、席は20席ほどと広々しており内装は花で埋め尽くされとても華やかであった。
花の香りと引き立てであろうコーヒーの香りは喧嘩することなく、とてもいい匂いだ。
「さっきのお店もすごく可愛くてオシャレだったけどお店もすごく可愛いね!!」
店内の内装にテンションの上がるスミレ。
そんな彼女を見て、自然と頬が緩む。
……しかしこの店、女性同士やカップルの来客が多い気がするな。
まあ周囲は街中とは違い、自分達のことやカフェのメニューや内装に夢中でこちらに視線が来ないので気を抜いて食事をすることが出来そうだ。
「お腹いっぱい……」
出てきた料理は内装の様に可愛らしい量ではなかったが、スミレはペロリと食べきり、生クリームがたっぷりと乗っていた噂のイチゴのドリンクも大変美味しそうに飲んでいた。
「見てて気持ちのいい食べっぷりだったな」
「す、すみません……。しかも奢ってもらって……」
申し訳なさそうな顔をするスミレ。
食事に誘ったのは俺なのだから気にしなくていいのに。まあ仮に誘われたとしても出させるつもりはないのだが。
今度は俺のお気に入りのお店を紹介しよう。
──楽しい時間はあっというまに終わりを迎える。
常に街では手を引いていたが、彼女の手はとても小さく温かく、その温もりがまだ手に残っていた。
「……レイ、今日は本当にありがとう。
ごはんもご馳走様でした。
すごい楽しかった」
「ああ。俺もとても楽しかった。
スミレがよければ、また次の休みに出かけよう」
今日1日2人で過ごしてみて、確信したことがある。
どんな時も彼女の笑顔を見ると癒されるし可愛らしいと感じるし、悲しそうな顔をしていると、何とかしてその状況を解決したい。
手を握った時に感じた、もっと長く触れていたいという感情。
この様な感情を異性に抱いたのは初めてかもしれない。
俺はスミレの事がもしかしたら……。
「──失礼します。」
団長室へとノックが響く。
「ユキか。入れ」
「団長、第1騎士団が国境付近へ遠征へ行くことが決まりました」
第1騎士団が帰還した第2騎士団の代わりに国境付近へ遠征に行くことが決まったのは、スミレと街へ出かけてから僅か2日後のことだった。
魔物は第2騎士団が殲滅したが、すぐに湧き出て国境付近の町を襲っているらしい。
街の自警団では対処しきれないため応援要請が来たのと事だった。
すぐに湧き出てしまった理由は分からないが国境付近での魔力の淀みと穢れが酷いのかもしれない。
今回は前回の時より被害が大きいことや、第2騎士団は帰還したばかりで万全な状態ではないことから第1騎士団が出向くこととなったらしい。
……旅立つのは今日の昼過ぎらしい。
街の外の魔物も活性化が酷く、あれからスミレに会えていない。夜に庭園に行くことは約束ていることではないし、暫く王宮から離れることを伝えられてないのが心残りだが……。
──うん、帰ってきたら沢山話をしよう。
もっとお互いのことを知りたいしな。
──第1騎士団総勢200名のうち、俺とユキを含め50名の精鋭部隊が国境付近へと援軍へ向かった。馬に乗り数日かけてたどり着いた国境付近の町は、自然豊かな王宮付近の土地とは違って緑が少なく土埃が舞う乾いた土地であった。
町の人は皆は疲弊している様子が見ただけで分かり、皆が今にも倒れてしまいそうなほどだ。
「──おお、氷の騎士様。いらっしゃったのですね。お待ちしておりました」
自警団の長らしき男が話しかけてきた。
長は獣人であり、ウルフ族であろうか。顔の古傷が特徴的だが、それだけではなく新しく生々しい傷跡が体のいたるところに刻まれていた。
「遅くなり申し訳ありせん。現在の状況は?」
「現在、街から数キロ離れた廃村付近に数は不明ですが魔物が大量に発生してるとの報告を受けました。
まだ、街への襲撃は無いですが時間の問題かと…」
「なるほど。すぐに向かいましょう」
「……しかし長い旅路だったでしょう。すこし休まれては?」
確かにここまで長い旅路であり休みたい気持ちもあるが、その間にも魔物は数を増やし周辺の村や町を襲うだろう。
「魔物を討伐するためにここまで遠征に来たのです。数キロ先にいるとなれば、早く狩ってしまった方が皆安心でしょう」
土地勘のある街の自警団の案内で、魔物が潜んでいる廃村へと向かう。
廃村──といっても、ほんの数週間前までは人が住み暮らしていたという。
魔物の活性化により、村の自警団では魔物が抑えられなくなり避難してきたがその過程で何人も死者が出てしまったらしい。
自警団長が言うには、死者は出てしまったが全滅していないだけ幸いと言えてしまうほど悲惨な現場であったらしい。
馬に乗ること20~30分程度で廃村へと到着した。
建物は殆どが倒壊しており、数週間前までここに人が住んでいたとは到底思えなかった。
「……魔物が居ないな。淀んだ魔力の残渣は感じるが」
「なにか様子がおかしいですね。私も魔物がいたという痕跡を感じるのですが、周囲に気配を感じません」
俺とユキの魔力探知に引っかからないだなんて、妙だ。
「おかしいですね…。遠方から確認した際に、大量の魔物が蠢く様子が見えたのですが…」
自警団長が嘘を言っている訳では無いことはわかる。……なんだか様子がおかしい。
「……1度引き返して出直しましょうか」
「そうだな。また様子を見に───ッ」
──突然感じる、大量の淀んだ魔力の気配。
物凄い速さでこちらへと向かってきている。
その数は、20…….、50……、100は超えている。
「団長」
「ああ、なにか来る。相当な数が」
ユキも気がついたようだ。
「全員、戦闘態勢を取れ」
「「はっ!!!」」
兵はすかさず剣を構え、戦闘態勢に入る。
「しかし団長。敵なんてどこに──」
一般兵や自警団のメンバーは気がついていない者が殆どであった。
「上だ」
───空を見上げると、夥しい数の魔物らしき影が見てた。
どんどん近づいてくる魔物の群れ。正確な数は分からないが100を超えているのは確実だ。
近づいてくるにつれて、その忌まわしい姿が露になった。
それらは、蜂の様な姿をしているが大きさは一体あたり1mはありそうだった。1匹1匹は大したことは無さそうではあるが群れで来るとなると話は別で、この数なら村を数週間で廃村にする事は可能だろう。
不愉快な羽音の郡が距離を詰めてくる。
「下がれ。俺がやる」
「……分かりました。
皆、私の後ろへ下がって!!!」
『……この世の水よ、全ての難から我を守りたまえ──水の壁』
ユキが魔法を詠唱し、ユキや隊員、自警団員が大きな水の球体に包まれる。
──ユキのお陰で思う存分、魔法が使える。
……思えば、魔物の所為で遠征へ行くこととなり、スミレと会う時間を奪われたんじゃないか。仕方ないと言い聞かせてはいたが、駆除しても駆除しても湧いてでる魔物に苛立ちを覚える。
……さっさと終わらせて、彼女に会うんだ。
もう目の前まで何匹もの蜂のような魔物が迫ってきており、その鋭い針で俺の体を顔面を貫こうとしている。
「頃合だな」
──右手に魔力を集中させ、一気に周囲へ向けて放つ。
『──凍てつけ。 氷面世界』
一瞬にして凍りつき絶命する魔物達。
ボトボトと降り注ぎ、地面に落ちて割れていく。自身の上方に降り注ぐ魔物は剣で薙ぎ払う。完全に凍りきらずもがいている魔物が複数いるので皆の力を借りてゆっくり止めを刺していくことにしよう。
後方を確認すると、ユキたちを守っている水のドームが凍りついていた。
「ユキ、終わったぞ。出てきていい」
『この世の……水たちよ、我……を貸…たまえ、水の被弾』
魔法の詠唱が微かに聞こえ、凍りついたドームが破壊された。
「団長、流石です。ほぼ全滅ですね。
ここでもがいている物の他には魔物の魔力の反応も感じません」
「ああ。ユキこそ皆を守ってくれて助かった。お陰で全力で魔法を使えた。ありがとう」
「……当然のことをしたまでです。予定よりかなり早いですが、数日様子を見て帰還しましょう」
「そうだな。あと少しだ、皆協力を頼む」
──生き残った魔物を隊員と自警団員とで処理をしていく。
魔物の処理が終わり、町への帰路で馬に揺られながら考えていたのは、スミレは今何をしているのか、王女様への処置は順調なのか、そもそも王女様だけではなく彼女自身は元気なのか、ルーとの関係はどうなっているのか……など頭の中は彼女の事でいっぱいであった。
道中、幾つか蜂のような魔物の残党に合ったが俺が動くまでもなくユキや隊員、自警団員が処理をしてくれた。
あと数日様子を見て王都への帰還となるが、魔物なんていくら現れようと殲滅しよう。
──そして、王都へ帰って彼女に会えた時、この気持ちを伝えよう。
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