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第一章
16.彼の視点 中編
しおりを挟む「……大丈夫か?」
思わず声をかけてしまったが、彼女は驚きのあまりに固まってしまっている。
魔法による灯りで巫女様とやらの顔が照らされる。
肩より少し長く伸びた夜空のように真っ黒な髪と髪と同じぐらい真っ黒な瞳。
驚いて開かれた黒い瞳は、魔法の灯りによる淡い水色の光が反射して星空のように見えた。
寝室で見かけた時は遠目でよく見えなかったが、控えめで可愛らしい顔をしていると感じた。
「あっ、失礼致しました。
誰もいないと思っておりましたので……」
「確かに変な独り言だったな」
……思わず口が滑る。
普段令嬢達には絶対にこんな失礼に当たる物言いはしない。
「……で。話を戻すけど、
真面目なのは悪いことなのか?」
そして、思わず口に出てしまった疑問点を問う。
「あ……、いえ。私に関してのことですよ。他人に対しては真面目なことは悪いとは思っていません」
巫女様にとって他人は良くて自分は駄目なのか。
「……変な巫女様だな」
さっきから思ったことをすぐに口に出して話してしまっているが、巫女様は特に不快感を示す様子はない。
……それよりも、初対面であるのにも関わらず彼女のことを巫女様と呼んでしまった。たまたまとはいえ、こっそり寝室の影から覗いていただなんてバレたくはない。
「……あっ、あの」
何故巫女であると知っているの?と聞いて来そうなので先手を打つ。
「今なんで巫女って知ってるって思ったかい?」
「えっ、まぁ……」
「髪色と瞳の色。最近巫女様が召喚されたって聞いたのもあるし、この国じゃとても珍しいから」
……上手く誤魔化すことが出来たようだ。
「なるほど……。珍しいんですね黒髪って。この国の人は様々な髪や瞳の色があって色鮮やかで綺麗で羨ましいです。それに比べて私の髪真っ黒でなんだか野暮ったいですよね」
……何故そう思うのだろう。
自分だけ真面目なのがよくなかったり、見た目に関して野暮ったいだなんて。巫女様が真面目かどうかは分からないが、真っ黒な髪や瞳は夜空見たいで綺麗なのに。
「ふ。面白いことを言うね。俺は巫女様の髪も瞳も、この夜空みたいに黒くて綺麗だと思うけど」
これはお世辞ではなく本音だ。
相手が貴族令嬢ではないからだろうか、変な気を使わなくてすむ。
「……えっ」
巫女様の顔がどんどん赤くなっていく。
「顔が赤いな、こんな事で恥ずかしいのか」
髪や瞳の事を身近な空や花、宝石に例えて相手に伝えるのはシャルム王国ではよくある事なので彼女はこんな事で恥ずかしいのかとおもうと自然と笑みがこぼれた。
よくルーが人のことを揶揄うのがわかる気がする。
彼女となら少し話してみたい。
……そうだ、前から気になっていた異世界の話を聞こう。
「そういえば巫女様。
巫女様が召喚されたって聞いた時から前にいた世界の話を聞かせてほしいなと思っていたんだけど……」
──巫女様から聞いた異世界の話はどれも刺激的であった。
シャルム王国の主食は基本的にパンやパスタなどが多いが、ニホンの主食はコメという小麦とはまた違った穀物らしい。
白くて少しねちゃっとしているが、巫女様の国の人間はこれがないと食事は始まらないらしい。
他にも子供も大人も大好きである人が多いユウエンチという場所に人が乗る箱が山のような高低差に作られた線路をとてつもない速さで駆け巡るジェットコースターなるものがあるやら、この世界が巫女様のいた世界にとってはファンタジーの世界そのものであるらしくそれを題材にしたゲームとやらが沢山あった……だとか色々な話をしてくれた。
今日は楽しい。
お前はつまらないと本当にすぐに顔に出るとルーによく言われていたが、巫女様と話していく中で気を使っていない自分がいて、気がつけば自然と笑みがこぼれていた。
「あ、あの……私ばかり話してしまっているすみません」
沢山話したと思えば、急に不安そうな顔で顔色を伺ってくる巫女様。
「大丈夫、つまらなかったら俺は顔にすぐ出る」
こちらが聞いたとはいえ、沢山話してくれたと思ったら今度は話しすぎたのでは無いかと不安になってしまう様子の彼女になんだか気が抜けてしまう。
巫女様との会話は途切れることはなく続いていく。
話していると巫女様の人となりが見えてくる。彼女はとてもしっかりしてそうな雰囲気があるが、話を聞いていると案外抜けているところがあるのかもしれない。
「あはは、巫女様ってお堅そうな性格かと思ったけど案外抜けてるんだな」
「え、本当ですか。確かに昔はよくしっかりしなさい!だなんて言われていた気がします……」
彼女が異世界の人間だからなのか、礼儀作法に囚われず、堅苦しくない異性とのコミュニケーションは久しぶりだった。
「……そうだ。巫女様、名前を教えてくれないか」
そういえば、巫女様の名前を聞いていなかった。
「あ。まだ名乗っていませんでしたね。……スミレです。このベンチの下に咲いてるこの花と同じ名前なんです。」
ふと、足元を見ると数輪の菫の花が咲いていた。
「スミレ……。綺麗な花だよな。この造られた庭園に植えてある花とはまた違った綺麗さだと思う」
ここで、彼女の最初の独り言を思い出す。
「……あっ、だから花言葉の話も呟いてたんだ?」
「……っぬ!」
目を皿のようにして驚く巫女様。
一つ一つ恥ずかしそうにする彼女を揶揄(からか)いたくなってきた。
「そ、それは無かったことにしてもらえませんか……」
「嫌だ。それも含めて俺の知ってるスミレになるから」
目線を下げて黙ってしまう巫女様。
……いや、待て。
自分もこんなこと言ってしまって恥ずかしくなっている。
顔に熱がいくのを感じた。
庭園内の時計を見るとなかなか遅い時間になっていた。
「……もう遅いし、部屋まで送る」
「え、大丈夫ですよ。王宮の中ですし」
普通、令嬢ならありがとうございます、お願い致しますと話が進むのだが、いやいや大丈夫ですと譲らないスミレ。
……もうすこしだけ、彼女と話がしたい。
「俺が送りたいんだ。嫌じゃなければだが…… 」
このままでは埒が明かないので、素直に送りたいと伝えてみる。断りにくいように、一言添えて。
「……じゃあ、お願いします」
彼女の申し訳なさそうな顔。
むしろ、王宮内で送らせろという俺の方が横暴なのにな。
「やった。じゃあもっとニホンの話、聞かせてくれ」
……送ると言っておいて、なんとなく異世界の話関係なしに話を続けていたいことを悟られたくはないので苦し紛れにニホンの話を聞きたかったことにした。
我ながら変なプライドだと思う。
次の日の同じ時間に庭園へ行ったが、彼女の姿は夜が更けても見られなかった。
……約束はしていないが、また彼女と話をしたくて自然と足を運んでいた。
ゆっくりとベンチへ腰をかける。
春の暖かい風が優しく頬を撫で、花や草を揺らしている。
雲ひとつない空は星が鮮明に見えて美しく、心に安らぎを与えた。
……ただ、静かで美しい庭園は何か物足りなかった。
──翌日の夜。
庭園の白いベンチへ向かうと、彼女はいた。
「……あ」
声をかける前に、こちらに気が付いたようだ。
ニホン食は魚を生で食べるらしい。
しかもこの前聞いた、コメと呼ばれるねちゃっとした食感の穀物に乗せて食べるがニホン人は大好きであるという。
この国の魚を生で食べるとなると、生臭そうなイメージはあるが、ニホンの魚はそうでは無いらしい。……是非食べてみたい。
話は尽きることはなく、自然と彼女の前の世界での話となった。
「前の世界ではどんな職業だったんだ?」
「私は前の世界で看護師……この世界でいうナースとして働いていました。病の人を支える仕事です。今はこんなゆったりしてますけど、毎日結構忙しかったんですよ」
「へぇ、スミレはニホンでナースだったのか。召喚された巫女様が、王女様を助けようと色々してるって噂も聞いたけどナースだったのが関係が?」
その後、彼女は現在の自分の状況を話してくれた。
王女様を救うべく巫女とて召喚されたが魔法が全く使えなかったこと。
魔法は使えなかったが、前の世界での看護師との知識で王女様の状況を改善出来るかもしれないことに気がつき奮闘していること。
……前の世界では過酷である看護師という職業にとても疲れていたこと。
彼女は話していくうちにどんどん顔色が悪くなっていく。
「……異世界転移という不本意な形ではありますが仕事から離れられる機会があったのに、結局ナースとして王女様の力になれればと思ってできる限りの事はしていて……。
王女様を救いたくない訳ではないんです。
寧ろ早く良くなって欲しいです。
ただ、疲れていたのに自ら進んでナースとして働くなんて変ですよね」
彼女はなんていうか、真面目で誠実が故に自分を追い詰めてしまうタイプの人間なのだろう。
しかしこんなに大変だと感じていて、言い方は悪いが今回の異世界転移は前の世界での看護師としての職業から逃れる機会であっただろうに、またこの世界でもナースとして人を助け支えようとしている。
彼女はきっと人が好きなんだと思う。
でなければ、異世界に来てまで辛かった職業を続けないだろう。
「……スミレは人が好きなんだな」
疲れていて尚、自分より人の為に動ける彼女がとても魅力的に感じた。
「俺は色々話をしていると、その人の人柄がなんとなく分かってくる気がするんだが、話を聞いていてナースはとても過酷で辛そうな仕事だけど、人が好きで支えたいからこそ、スミレは前の世界でもこの世界でも人を助けようと頑張っているんじゃないか?」
思っていることを素直に伝えてみる。
「……あと、スミレは人が好きなだけじゃなくて、
誰よりも人に対して”誠実”なんだと思う。
人が好きで優しいだけでは、ここまで人と向き合えない。誠実さがあるからこそ、疲れていても自分が出来ることを全力でしようとした。
その結果が力の使い方も分からず得体の知れない巫女としてではなく、いままでの知識や経験を元に確実性の高いナースとして王女様を助けようとしたことに繋がってる・・・のかな。
変どころか立派だよ」
彼女は自身では気がついていないが、家族や友人ですらない他人の為にそこまで尽くせるのは才能だ。
なんなら、いきなり元の生活を全て奪われ、いきなり赤の他人を救ってください!といわれて行動できる方が珍しい。
真面目で誠実で人を愛すことができる女性。
ナースの職業や業務についてあまり詳しくはないが、病める人々に手を差し伸べるといったナースのイメージに彼女はピッタリの人物ではないだろうか。
「……」
「……スミレ?」
彼女を見ると、目からはポロポロと大粒の涙が溢れていた。
声も出さずに、必死に涙を堪えようとしているが止まる様子はない。
「ご、ごめんなさい」
急いで涙を拭おうとする彼女に、隠さなくていいと声をかけ、その涙を指で掬った。
「……すみません。もう大丈夫です」
暫く泣き続けた彼女が落ち着いてきた。
自分は彼女が泣き続けている間、優しく頭を撫でることしか出来なかった。
泣いている間、彼女は前の世界での辛かったこと、異世界へ転移して前の世界への心残りが患者さんだけであったこと、転移して不安な事が多い中で王女様を助けなければいけないという責任の重さなどを話してくれた。
……その小さな背中で、この世界に来てからではなく前の世界でもどれだけのことを背負ってきたのだろうか。
「 ……大変だったな 。1人で背負いすぎだ」
「……すみませんでした。困りますよね。ほぼ初対面の人間なのにいきなり泣き出して、訳の分からない愚痴をこぼして」
彼女はよく謝る。
何も悪いことはしていないし、辛かったことを吐き出してくれてよかったとすら思うのに。
むしろ俺の方が、勝手に性格を決めつけるようなことを言ったし謝るべきなのではないかと思う。
勝手に性格を決めつけるような発言をした事を謝罪し、まだ目が赤い彼女の頭を撫でた。
「私は施設で育ったので親の顔を知らないんです。でも、施設には同年代から年下まで子供は沢山いたし、寂しくはなかったですよ」
彼女の涙が完全に引いた頃、自然と2人の生い立ちを語り合っていた。
彼女……スミレは子供の保護施設で育ち、血の繋がった兄弟はおらず親の顔は知らない。
人が好きでお金に困らない職業を選んだ結果看護師になった事。年齢は今年で26歳になること……。
同い年だったとは驚いた。
てっきり20歳ぐらいかと思っていた。
彼女の国、ニホンの顔立ちはシャルム王国の同年代と比べると幼く見えるな。
後は、自分の名前を名乗るのを忘れていたので彼女へ伝えた。
”レイ”とだけ。
苗字はシャルム王国だと貴族王族特有の物であるので名乗らなかった。気さくに話してくれている彼女に気を使わせたくなかったからだ。
これだけ話していて、未だに敬語で話す彼女に敬語はやめて欲しいことを伝えたが、やはり時々使ってくるので笑顔で威圧し使わないように念を押した。
会話はまだまだ途切れそうにもないが、そろそろ部屋へ送らないといけない時間になってきた為、彼女を部屋へ送ることを伝える。
「……ありがとう。
でも本当にすぐそこだからいいのに」
「いいんだ。というか、俺が送りたいんだ。部屋まで」
まだ彼女は本当に大丈夫だからとか言いそうな顔をしているので、また断りにくい一言を添える。
「……ギリギリまでスミレと話したいんだ」
……一言添えたはいいが、恥ずかしくて少し俯いてしまった。
顔に熱が籠るのが分かる。暗くて彼女に見えていないといいのだが。
また、早く彼女に会いたい。
──彼女の存在が自分の中で次第に大きくなって行くのを感じていた。
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