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第一章

8.確認作業

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──3日目早朝。




「スミレ様!!職人たちが徹夜で物品を仕上げてきて下さいました!!!!」

王女様の容態を見に行こうと寝室を出た瞬間、ダヴィッドさんに声をかけられた。

「だ、ダヴィッドさん。おはようございます」

「スミレ様!!スミレ様!!職人たちが!!!」

「ダヴィッドさん、大丈夫です。聞いていますよ」

ダヴィッドさんの慌てぶりに思わず口角が緩む。

話を聞くと、職人さん達が徹夜で物品を作成し、依頼されたチューブ、パック、シリンジなどを完成させてくれたらしい。

王宮へ届いた物品を見てみると、一晩で作り上げたとは思えないクオリティで、見事なものであった。

物品の傍にはメモが添えてあり、
『ダヴィッドの旦那が必死に駆け回っている様子を見ると、王女様に何かあったんでしょう。商人・職人達は全力でお力になれればとおもいます。物品に何か不具合や改善点があれば直ぐに申し付けてください。すぐに対応します。そして、またお二人でこっそり遊びに来てください。    商人ギルド・職人一同より』
と書いてあった。

ダヴィッドさんは涙を滲ませながら、栄養剤チームの様子を見に行った。



見たことも無い物品を一晩で仕上げてくれるなんて……。

職人さん達の技術と仕事の早さも凄いが、王女様とダヴィッドさんの人徳があってのものであろう。




「スミレ様、栄養剤も試作品が完成しました。物品達が正常に使用できるかも兼ねてテストをしましょう」

マーシュ先生の栄養剤チームと合流した。
栄養剤も調理師さんたちと協力して一晩で仕上げてくれたようで、以前見かけたスープよりもとてもサラサラしている。
これならチューブ内で詰まる心配もなさそうだ。


物品の確認を始めていく。
まずはパックの確認だ。

栄養剤パックには、点滴と同じように滴下筒が付属しており、そちらを調節することで胃にゆっくりと栄養剤を落とすことが出来る。

一気に注入してしまいたくなるとは思うが、一気に栄養剤を落としてしまうと、要は一気飲みをしているのと同じ状態となり、患者さんは吐いてしまう。パックの滴下筒の性能は必須なのである。

この世界にプラスチックが存在しないため、どうするか検討した結果、ゴムで硬さを調節して作成することになった。

ゴムで作ると決めた後になって、「滴下筒は透明でないと滴下数が数えられない」と焦っていたが、物体を透過する魔法技術があるらしくゴムの部分は魔法で透明にすることになった。

魔法とは、実に便利だ。

挿入チューブもゴムで作成されており(こちらも、透過魔法を掛けてある)、
体内へ挿入した深さを知る為に5センチ間隔で数字が刻印してある。
この数字は体内からチューブが抜けていないかの確認にも使うので重要である。

シリンジはガラスで出来ており、プラスチックではないため少し扱いに注意だが十分すぎる出来前だ。



物品の確認が終わったので、パックが実際に使える物であるか水で実験をする。
パックに水を詰めたら天井から吊るして、滴下等を3分の1程度満たす。

そしてパックに付属しているクレンメ(流れる水量を調節するしぼり)を10秒に1滴、滴下する様に調節する。




「うん。大丈夫そうです」

大体調節した通りに落ちている。
早く落ちすぎたりしない限り、経管栄養は点滴と違って多少ルーズでも大丈夫なのだ。
病棟と違って注入中と注入後常に付き添っていられるので問題ないと思う。



「後は、実際に注入できるかテストします。
まず、少量の白湯で試します。私が実験台になりたいのですが……」

最後のチェックとして、実際に人間の鼻へ管を入れ栄養剤の注入を行う必要がある。

しかし王女様の為だとはいえ、得体の知らない処置の実験台第1号になりたい人なんていないだろう。

言い出しっぺである私が実験台になりたいが、チューブ挿入の技術を持つ者は、現状他にいない。

どうしたものか……。


「──スミレ様。
是非私にテストしてください!!」

誰に頼んでいいか分からず黙ってしまっていたところ、ダヴィッドさんが口火を切った。

「ダヴィッドさん……。ありがとうございます」

「経鼻経管栄養法チームにはじまり、街の商人や職人がここまでしてくれてきるのです。それに王女様が日々これだけ頑張って生き抜いてくれているのです。ここで私の出番がなくてはおかしいでしょう。
ちなみに、さっきすぐに名乗り出なかったのはスミレ様からの指名を待っていたのです。無理にやると言ってるわけではありませんよ。他の者も同じだと思います」

皆うんうんと頷き、ダヴィッドさんは目に涙を滲ませている。

私も皆の気持ちとその涙に涙腺が緩んだが、泣いている場合ではない。

直ちに、経管チューブの挿入準備に取り掛かった。



「──では、いきます」

準備として、経管チューブに針金を入れ、挿入しやすいようにする。

そして、経管チューブを挿入される対象は座位(座っている姿勢)になってもらい、チューブに潤滑剤(ジェルが無いためオリーブオイルで代用)をたっぷりと付け、鼻腔からゆっくりと挿入していく。

チューブに刻印されたセンチメートルを確認しながら挿入していき、15cmほどで胃管先端が咽頭まで届く。

「ダヴィッドさん、辛いですが何度か唾を飲み込むようにしてください」

この時点で何回かごくんと唾液を飲み込んでもらい、嚥下(のみこみ)にタイミングをあわせてチューブをゆっくり進めていく。

進めていく際、気管に入ると嚥下機能が酷く低下している方は以外は激しく噎せる(むせる)ので分かりやすい。

挿入される側はここまでが一番辛いが、咽頭を通り抜ければあとは胃までチューブを進めていくだけだ。

挿入の深さは、体を利用して決める方法もあるが、計算式があるのでそちらを使用して決める。

……我ながらそんな式を覚えていたな。
国家試験で叩き込んでおいてよかった。

「口を開けてください」

しっかりと胃への深さまで挿入できたら、まず口腔内を確認し、チューブがとぐろを巻いていないかを確認する。(チューブがとぐろを巻いていると、奥まで挿入出来ていない証拠になる)

「空気を入れて胃に挿入出来ているか確認をします」

「スミレ様、私も気泡音を確認してもよろしいですか?」

「もちろんです」

とぐろを巻いていなければ、最後にシリンジを使用し、空気をシュッシュッ!と少し勢いを付けて送り、胃からの「ポコッポコッ」といった気泡音を確認出来れば挿入は完了だ。  

前の世界でなら聴診器で気泡音を聞くところだが、存在しないため心窩部に耳を当てて確認をした。

マーシュ先生も一緒に気泡音を確認し、ダヴィッドさんへの経管チューブ挿入は無事成功となった。






経管チューブ挿入後、白湯でテストを行い栄養剤の注入も行ったがどちらも問題なく終了した。



「皆さんのお陰で、たった3日間という短期間で王女様に経鼻経管栄養法を施す準備が整いました。本当にありがとうございました」

ダヴィッドさんへのテストが終了後、家臣や侍女さんが名乗りを上げてくれて計5人へ実際に挿入し、注入することができた。

5回中5回の成功例があるし、王女様は成人ではなく小児ではあるが、チューブの太さも細めに作ったし大丈夫なはず。

暫く食事が取れていないようだからまずは白湯から初めて、翌日から少量ずつ栄養剤を始めていこう。





準備が整い、王女様の寝室へと向かう。

「それではこれから王女様へ経鼻経管栄養法を実施します。

まずは、経管チューブの挿入からです。
かなりの苦痛を伴うため、辛い処置だと思いますが挿入前に王女様に説明をしてから行っていきます」

現在王女様はまともに返答をしたり出来る状態でないので、この処置は実質強制である。

しかし、前の世界でなら、認知症や意識混濁などで患者さん本人の意思が確認できない場合は家族に同意してもらい実施する。

王女様の場合も、国王父親の許可が降りているため、実施直前に本人に説明を行いチューブ挿入を行っていくことにした。


ベッドで眠る王女様の元へ物品を載せたカートを寄せ、説明を行う。

「こんにちわアンジェリカ王女様。
数日前から容態を確認させて頂いております、看護師ナースのスミレと申します」

「……」

「今回、王女様の病状を回復すべく前の世界からの医療処置を再現致しました。
国王の許可もあり、その医療処置を王女様に施させていただく事になりましたので説明していきますね」

……やはり王女様の返答は無いが、説明を続けていく。


「……以上が経鼻経管栄養法になります。
口から食事が取れなくても、直接胃に栄養剤を流し込むことが出来るので──……っ!!」




説明がもう少しで終わろうという時に、いきなり強い力で何者かに肩を掴まれた。

かなり強い力だ。結構痛い。
現在自分の身に何が起きているか分からない。

肩を掴む手と主を確認するため後ろに振り向く。



「テメェ……。
俺様の可愛い可愛い妹に、何しようとしてんだ」





──私の後ろには、
憤怒の形相をした白銀の獣人が立っていた。
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