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第一章

3.前世界への未練

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──王宮に召喚されて3日が経過した。
そしてこれは夢ではなく、現実であるようだ。

あのあと様々な提案をされ、シャルム王国以外の国々に伝わるであろう治癒魔法を唱えてみたが何も生じなかった。

魔力について説明を簡単に受けたが、意識をすると体の中になにか温かい物が巡っている様な感覚があるらしく、召喚された聖女様は王女様を癒すことは出来なかったが当日から魔法が使えたそうだ。

魔法が使えず、魔力もない私は巫女ではなかったらしい。

王女様の容態は変わらず、いつ亡くなってしまっても分からないぐらい衰弱していた。

よくよく話を聞くと、1ヶ月ほど前に母親である王妃様が事故により亡くなってしまったらしい。母親を亡くしたショックからか、食欲が無くなりご飯を食べれなくなってしまった。そして、体調を崩し床に臥せる(ふせる)ようになった……と。現状食事もスープを数口食べる程度でほぼ出来ていないに等しいらしい。

何故ここまでの容態で1ヶ月も耐えているかというのは、多分治癒魔法の存在のおかげだろう。

本来なら肺に炎症が起きて悪化すると呼吸困難が生じ、低酸素状態に陥り容態が悪化していく。

しかし毎日、王宮が持てる最高の治癒魔法を施してもらっている事から、肺炎の炎症を癒しなんとか生きながらえているのだろう。そんな日々は辛いだろうな。


あー、点滴でもできればな……。
物品もないし、そもそも私は所詮看護師なので点滴薬を作ることなんてできない。

王女様を何とか助けてあげたいが……。

私は巫女という立場で突然魔法が使えるようになるかもしれないということや、前の世界で看護師ナースということが評価された為、定期的に王女様の容態を観察することが許可されている。後で様子を見に行こう。



「スミレ様。お風呂の準備ができました。」

「あ、ありがとうございます。」

お願いしていたお風呂の準備が出来ていたようだ。


───────

この世界には幸いお風呂の文化もあるらしい


ここは王宮なので、王宮内に王族貴族用に大浴場がいくつか設備されている。

庶民は公共の大浴場に毎日入りに行くのだとか。

召喚された当日、何か希望することはありますか?と聞かれまず尋ねたのがお風呂の存在だった。

召喚された巫女という身分ではあるが、まったく魔力も持たず魔法も使えない役立たずの巫女に貴族用のお風呂を貸してくれるとは。

なんて寛大な国なんだろうか。



ヴェルサイユ宮殿の様なシャルム王国王宮のお風呂は凄い。

白を基調とした真っ白な大理石で作られたお風呂。日本の大きめのスーパー銭湯より遥かに広く、浴槽も大きい。今は昼なので大きな窓からは美しい庭園が見える。夜は魔法でライトアップされ、それも幻想的で綺麗だ。

お湯と美しい景色が日本人は大好きなのでこの瞬間は凄く幸せであった。

……そして、私がいた世界でこのレベルのお風呂に入ろうと思ったら、いくら払えば入れるんだろうとも考えた。




「もう帰れないのか……」

お湯に浸かりながら、ふと思い出す。

召喚当日のあの日、ダヴィッドさんから『元の世界へ帰る方法は現状見つかっていない』と告げられた。

しかし、意外と帰れないことに対してショックを受けなかった自分に驚いた。

まあ、思い返せば、
看護師の激務にプラスして嫌な上司にモンスター新人、いつ医療過誤が起きてもおかしくない現状を放置する同期や先輩。

施設育ちの為、親の顔は知らない。
恋人も2年ぐらいおらず、唯一いた看護学生からの親友は、昨年マルチ商法のような副業にハマってしまい会う度に商品を売りつけてくる為、悲しいが連絡を取らなくなってしまった。

……悲しいことに、私は現世に未練が無かったようだ。

あちらで失踪騒ぎになっているだろうが、どうでもいい。

唯一の心残りと言えば、患者さんの存在だった。

いつもモンスター新人の重大なミスを直前で防いでいた。
ナースコールも雑談して誰も出ないから私が1番多く出ていた気がする。

自分に媚びを売るスタッフしか評価しない師長主任に対して真面目に頑張る私を唯一評価してくれる患者さん。


『いつも、すみれちゃんが居てくれると安心するのよ』

『不思議と藤本さんがいると頑張れるんだよねぇ』

『ここに来て、髪の毛洗ってくれたの藤本さんが初めてだよ。ありがとう。』

『今日は藤本さんが担当で良かったよ。いつもありがとうね』

私には患者さんの存在しかなかったようだ。
患者さんからの言葉を思い出して少しだけ涙が出た。



……まあ。
私が居なくなったとしても、誰かがすぐに穴を埋めるだろう。そんなもんだ、きっと。

同期や先輩がモンスター新人を放置してないか心配だ。患者さんに何もないといいけど……。

「そろそろ上がろう」

私はお湯から上がり、王女様の容態を見に行くことにした。



────────


「巫女様、こんにちわ。
わたくしは、街で医者ドクターをしています。マーシュと申します。」

王女様の寝室に見知らぬ男性が立っていた。
マーシュと名乗ったその男は、スラリとした高身長に白衣を羽織り、肩まである銀色の長髪を後ろで1つに束ねていた。束ねた髪からすこし尖った耳が見え、綺麗なピアスが揺れている。特徴的なのは左右のオッドアイで、右目はライトグリーン、左目は淡いイエローで片眼鏡を掛けている。そしてなにより、美形であった。年齢は30代前半ぐらいだろうか。

「あの……巫女様?」

「……あっ、すみません。私はスミレと申します。巫女として召喚された身ではありますが、魔法は・・使えません。前の世界で看護師ナースとして働いていました。」

あまりの美形っぷりに見とれてしまっていた。ファイナル〇ァンタジーに居そうなくらいの美形、例えるならば歩くCGキャラ。

「前世界でナースをしていたのはダヴィッドから聞きました。実は召喚当日、スミレ様が見事に王女様の容態を言い当てる様を見ていたのですよ。素晴らしい知識と技術をお持ちですね。」

あれは現代日本の看護師は大体の人はできる“アセスメント“だ。私がすごい訳では無い。

「いやいや、私はドクターではないので診察はできずあくまで予測にすぎません。私のいた世界のナースの大体はできるので私が凄いわけではありません。」

「ご謙遜を。以前の世界でしっかりと技術と知識を培ってきたのが分かりました。
しかし私も長い間医者を務めていますが、肺炎は治癒魔法を施し肺の炎症を癒せば大体の者は軽快し元気になるのですが、王女様は食事がとれず体が衰弱している為肺炎を繰り返しているのです。食欲ばかりは魔法でどうにもならないもので……」

この人は肺炎って言葉と病状を知っているのか。
しかし治癒魔法が万能すぎて、ダヴィッドさんなど医療者ではない一般人にはあまり聞き覚えがない病気なんだなこの世界だと。

しかし、このまま王女様が食事が出来ないとなると治癒魔法があるとしても衰弱して亡くなってしまうだろう。

衰弱していても、食事をとれる方法か。


……一つだけ心当たりがある。
現代日本医療の現場ではよく見る医療処置。

口から食事が取れないのなら……。


「──マーシュ先生。
この世界で、しかも王女様に施すとなると受け入れられるか分かりませんが食事を取る方法が一つだけあります。」

「……場所を変えましょうか。

是非お聞かせ願いたい。」

マーシュさんは、待ってましたと言わんばかりの反応だった。
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