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31話「銀髪の男」
しおりを挟む「──貴女様がケイ=ロレーヌ様ですね?」
その男は、スラリとした高身長に腰まである銀色の長髪を後ろで1つに束ねていた。束ねた髪からすこし尖った耳が見え、綺麗なピアスが揺れている。特徴的なのは左右のオッドアイで、右目はライトグリーン、左目は淡いイエローと珍しい瞳だ。非常に美しい彫刻の様な、いつの日か本で読んだ神話の神々を彷彿させる顔をしていた。服装は一目で冒険者という事が理解出来る物を身に付けているが武器の所持は無い。
そして、彼の年齢は20代半ばぐらいに見えるがエルフ程は長くない長い耳を持ち、耳の長さから彼はハーフエルフで若い見た目に反して長いこと生きているのだろうという事が見ただけで分かった。
「……マーシュ様。ケイ様にどの様な御用ですか?」
アンの目付きが少し鋭くなったのを感じた。このマーシュと呼ばれた男は見た目だけなら悪人には見えないが、このアンの警戒の仕方が気になる。
「……アン、大丈夫よ。初めましてマーシュ様。私はケイ=ロレーヌと申します。最近クラレンス領に来ました。ロレーヌではなく、ケイとお呼び下さい」
「貴女様が噂の聖女様ですよね。ルタの婚約者ということも街の者から聞きました。私はこの街の冒険者ギルドで治癒魔術師をしているマーシュと申します。ルタとは古き友人でございます。貴族のご令嬢に先に挨拶をさせてしまうご無礼をお許しください。見ての通り半分エルフですのでそういった事には疎いのです」
「マーシュ様……!!そうやって貴方はいつもルタ様にもご無礼を……」
「アン、大丈夫よ。挨拶の順番に囚われるなんて社交界の中だけでいいわ。それに私はそういうのは気にしないから」
「ケイ様……」
「ふふ、貴女様は噂通りのお人ですね」
マーシュは私の事を噂通りの人物と言ったが、その噂とはどの様なものなのだろう。以前私が社交界で流されていたという地味で無能な令嬢という不名誉な噂の事だろうか……。
「……さて、話を本題へと移らせて頂きたいのですが場所も場所ですし、宜しければ夕食を兼ねて冒険者ギルドへいらっしゃりませんか。クラリスの料理は美味しいですしちゃんと個室もあります。もっとクラリスのこと、知りたいでしょう?」
「……ケイ様、マーシュ様は彼の言うとおりルタ様のご友人であり、悪人では御座いませんが考えが読めないお方です。お断りして頂いても構いません」
彼はこの大きな街で一番の治癒魔法の使い手。
マーシュを差し置いて私が《聖女》と呼ばれるのは彼が男性というだけで、もし彼が女性だったとしたら《聖女》と呼ばれていたかもしれない。話を聞いていると町長や街医者の信頼があるし、マーシュが治癒魔術師として優秀であるのには間違いないとと思う。
……結露から言うと私は彼と話してみたい。
なぜそう思ったかというと、クラリスの街について知りたいのもあるし、彼がどうして私に接触してきたのかも知りたいからだ。
火災の日、私はリンを癒そうと発動した上級治癒魔法は対象だけではなく広場にいた街の人々全てを癒したという。
私は間違いなく、《ヒーリングスト》の呪文を詠唱した筈なのに上級治癒魔法以上の効果が発現した。
もしかしたら他の光属性の適合者よりも異なる点があるのかもしれないし、たまたまヒーリングストを使用するに当たっての魔力の使い方が違っただけなのかもしれない。そういった疑問を彼になら相談できると思ったのだ。
しかし、私は貴族令嬢でルタ様の婚約者という立場である以上、男性にのこのこと付いていくのはよくない。
「ありがとう、アン。だけど私もマーシュに聞いてみたい事があるの。……マーシュ。お誘いは嬉しいのですが、今日は魔法を久しぶりに沢山使用したので疲れてしまってゆっくり休みたいのです。後日、ルタ様も交えて一緒にお食事しませんか」
「そうですか。残念です。出来ればルタは抜きでお話をさせて頂きたかったのですが……」
「……マーシュ様。ケイ様はルタ様の婚約者ですよ」
「あ、アン。マーシュはそういった事で私と話をしたいのではないわ」
「ケイ様はこの男を知らないのです……!!」
アンは頬を少し膨らませて私の事を心配してくれるが、マーシュが私に接触する目的が色恋のはずがない。彼が地味な私に近づこうとする理由など、聖女と呼ばれる私の魔力を調べる為だろうから。
マーシュはアンの言う通り、常に柔らかい笑みを絶やさず心の内が読めない男性である。
しかしアンの反応でルタ様の古くからの友人ということで悪人でない事も分かる。
一回ルタ様へ相談して、マーシュと話す機会を作るべきだろう。
「……それでは聖女様。また後日お会いしましょう。冒険者ギルドへも遊びに来てくださいね」
「ありがとうございます。ではまた」
マーシュは柔らかい笑みを浮かべ、手を振りながらこちらを見送ってくれた。
***
「──ケイ様。マーシュ様は危険です」
クラレンス邸までの帰りの馬車で私にアンが釘を刺す。
「……えっ、悪人ではないってアン、貴方が……」
「悪人ではありませんが、なんせ女性癖が悪いのです。ケイ様は人が良すぎますし、魅力的です。マーシュの積極的なあの態度はケイ様をロックオンしたと思われます。彼は褒めたくは無いですが実力もありますしハーフエルフであの美貌の持ち主です。魅了魔法を使えるだなんて噂をされる事もあります……!!」
ロ……ロックオン……?
マーシュが私を女性として……?
そんな訳がない。アンの気持ちは嬉しいが、ルタ様の婚約者として私のことを贔屓目で見てくれているのであろう。
「アン、気持ちは嬉しいけれど私がその様な対象になるはずがないわ。こんな地味な見た目よ?きっと私の魔力に興味があるのよ。私も魔法について彼に聞きたいことがあるし、お互いの利益が一致しただけよ。そ、それに私はルタ様が1番というか……」
確かに少し話しただけでマーシュが男性として魅力的な人物である事は分かった。
でも彼が私を暗いどん底から拾い上げてれたルタ様への想いを簡単に塗り替えられるとは思えなかった。
ルタ様はマーシュに引けを取らないくらい美しいし、とても心の優しい素敵な男性だ。こうやって口に出すと恥ずかしいけれど私はとても彼に惹かれている。
「……失礼致しました。熱くなりましたことをお詫びします。け……でもですね!あの男はほんと~に危ないです。色々な意味で!!あと、ケイ様が魅力的な事も本当の事でございますから!!」
「ふふ、ありがとう。アン」
アンの熱弁に思わず頬が緩む。
それにしても、ここまでマーシュを(色々な意味で)危険視するアンだが、彼と何かあったのだろうか……。
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