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26話「覚醒」
しおりを挟む──何も起きなかった。
思えば、治癒魔法特有の金色の光が沸き起こる事はなく、身体の中の魔力が詠唱により活性化し熱くなる様子がなかった。
「……あぁ……」
──目の前には黒焦げでもう虫の息である小さな子供。
重症で朦朧とはしていても、聴覚は最期まで残っていると言うし、もしかしたら意識もまだ辛うじてあるかもしれない。
自分のせいで家族であるアンだけではなく、当人であるリンまでも期待させてしまったかもしれない。
手が震え胸の鼓動は悪い意味で高鳴っていき、呼吸が乱れ始める。
また、私のせいで───
「──ケイ。もう一度アンの妹に治癒魔法をかけてくれ」
目の前が真っ暗になりそうな時、肩を優しく叩かれ耳元から低く優しい声がする。
「……ルタ様」
優しい目をした、黒髪が艶やかで美しい私の婚約者。
消火を終えて真っ先に広場へ向かってきたようだ。
「大丈夫、落ち着くんだ」
「わ、わたし……」
彼は座り込む私に合わせてしゃがみこみ、綺麗な服の裾を地面にずっているが気にすることなく動揺する私を宥める。そして、頭を優しく撫でて落ち着かせるように、静かにゆっくりと話す。
「……今、詠唱するところを後ろから見ていた。君は失敗したと思っているが、違う。両手を対象に翳して詠唱するのではなく、手を組み祈るように詠唱してみてくれ」
「呪文は合っていたと思います。私は出来なかったんです。……それに、それの何が関係があるのですか」
詠唱は合っていた。
間違っていたのは私の自分の実力の過信。
あの日から魔法を一切使わずにきたくせに、こういう都合のいい時にだけ発動させようだなんて自惚れにも程があるだろう。
過去と同じく過剰な自信から失敗を繰り返す自分に失望するあまり、ルタ様に冷たく当たってしまった。
「……実は母上からケイのお母様はとても有能なヒーラーだったと聞いた。彼女はそうやって上級治癒魔法を使っていたらしい」
「……お母様…が?」
──私も知らなかった母の詠唱の方法。
手を組み祈るように詠唱をするだなんてロレーヌ家にあった本には書いていないので母独自の詠唱の方法なのかもしれない。
……だとしても。
「……お母様が出来ても私が出来るとは言いきれません。何故そこまでルタ様は私に期待するのですか」
「君は気がついていないのかもしれないが、君の身体からは高い魔力を感じる。俺のように魔力が高い人間は魔力に敏感でね。再会した時は君の魔力の高さに驚いたよ。それもあって、最初に何処かでヒーラーをしているのかって聞いたんだ」
彼は幼い頃の高い光魔法の適性だけを見ていっている訳ではないらしい。
今も高い魔力が私にあるとは自分でも信じられないが、ルタ様がラインハルト様へ強い怒りを示した時は彼から溢れ出る膨大な魔力を感じることが出来たので彼の言うように自身に魔力が秘められている可能性を感じた。
「だっ、だとしても!!もしこれで救えなければ更にアンの心を突き落とすことに……っ!!」
「……ケイ様。ここで何もしなければ妹は死ぬだけです。可能性があるなら足掻けるだけ足掻いてみたい。妹に残された時間はもう僅かです。お願いします。もう一度詠唱をして下さい」
アンが真っ直ぐにこちらを見つめている。
──足掻くだけ、足掻いてみたい。
その言葉が私の背中を押した。
「ケイ、頼む」
「………分かりました。私も足掻きたい、です。やれるだけやってみます」
再び、小さな体の前に膝を着く。
周囲の人々の視線が私に集まっているのが分かる。
目を閉じていても感じてしまう程の刺すような視線に鼓動が高鳴り息が上がっていく。
皆の期待とそれに応えられるかわからない不安に一気に胸が押し潰されそうになる。
「はぁっ………はぁっ………」
──胸の鼓動が激しく爆発してしまいそうなぐらいに高鳴ったその時。
『──…ケイ』
聞き覚えのある優しい声が頭の中を巡った。
『──…ケイ。治癒魔法はね。ただ詠唱するだけではなく、その人を癒してあげたいという真っ直ぐな気持ちが大切なの。焦ると上手くいかないし、とっても難しいけれど優しい心を持つ貴女ならすぐ使いこなせるわ』
──これは母との記憶だ。
優しい優しい、茶髪に金色の瞳を持つ美しい母。
そうだ。幼い頃に転んで怪我をした時に一度だけ母に治癒魔法をかけて貰ったことがあった。
母は私が5歳の時に亡くなってしまったので、あれが最初で最後の私と母の思い出だ。
母はルタ様の言う通り、膝を擦りむいて泣いている私の前で膝をつき手を組み祈るように詠唱していた。
『……擦り傷に、この魔法は過剰すぎるけど貴女にこの魔力が身体を巡る感じを覚えていて欲しいの。それじゃあケイ、いくわね……──』
母の詠唱の方法は知らなかったんじゃなくて、忘れていたんだ。
私は祈るように手を組む。
彼女を癒してあげたい。
彼女を救いたい。
そして、記憶の中の母と言葉を重ねる──
『──ヒーリングスト』
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