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湖城での療養 二十
しおりを挟む男性体のアルシュは格好よくて頼もしい。女性体のアルシュも美しくて魅力がある。
どちらであっても優しいし、我が身のことのように親身になって相談に乗ってくれる。加えて、よりよくするために躊躇なく手を差し伸べ、途中で見捨てることもせず、手間も苦労も惜しまない。
人生の伴侶としてこの上なく素晴らしく、誰に対しても恥ずかしくない人物だ。ずっと人柄を見てきたから、胸を張って断言できる。
「キ、キリエ様っ!? 涙が……あ、ハンカチ! ハンカチ当てますねっ」
アルシュが顔も姿も名前もわからない伴侶の手を取り、愛おしく笑いかける。そんな姿を想像していると、ソルシエールが慌てた様子で桃色のハンカチを取り出してきた。そっと目元にやわらかな布地を押し当てられる。
彼女の姿が滲んで見えて、そこで初めてまた己が涙を流していることに気がついた。
なぜエメや婚約破棄の一連を思い浮かべたわけでもないのに泣いているのだろう。まさか自分は、己とは違って幸せになれるに違いないアルシュに嫉妬しているのか。悔しいと、憎らしいと思ってしまっているのか。
気づいてしまった狭すぎる心が情けなくて、ますます涙が溢れてくる。不器用な自分とエメの仲を取りなそうと、あんなにも手と知恵を貸してくれた親友に対して、醜い感情を抱くだなんて。
「嬉しいのはわかりますけど、そんなに号泣されると困りますよ~っ」
キリエの内心など知るよしもないソルシエールは、甲斐甲斐しく頬を伝う涙を優しくハンカチで吸い上げている。
きっと、友の祝福に涙していると思ったのだろう。そう思わせてしまったことも含めて、可愛らしい色合いの布地がだんだん湿って冷たくなっていくのが申し訳ない。
「……ごめんね。ありがとう」
ずっと拭かせるわけにはいかない。そっとハンカチを受け取る。
ハンカチは洗って返そう。もしくは、お礼の意味もこめて新しい物を送った方がいいのか。
止まらない涙をハンカチに吸わせながら考えを巡らせていると。
「待たせたな」
不意に肩にあたたかい感触が乗った。
「っ!?」
耳元間近で発せられた声も相まって、ビクリと体が震える。勢いよく振り返ると、国王の部屋で別れたきりのアルシュの姿があった。
いつの間に来たのだろう。まったく気づかなかった。
水を湛えた回廊は、どんなに気を配っても歩くたびに音が立つ。それなのに足音も気配もなかった。
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