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湖城での療養 六
しおりを挟むさて、とアルシュの腕の力が緩んだ。
「まずは身支度だな」
するりとあたたかな温度が離れていく。ぁ、とキリエの唇から名残りを惜しむ小さな声がこぼれた。無意識だった。
本人すら意図していなかった小さな声をしっかりと拾い上げ、アルシュは笑みを浮かべる。髪を一房掬い、寄せた唇を軽く当てた。
「服を取ってくるだけだから。心配しなくても、お前の目の届く範囲にいる」
「う、ん……」
よほど王子様らしい動作である。乙女であったなら恋に落ちて頬を染めそうだ。
そういうところ、やっぱり格好いいよね……。
己とは違って息をするようにごく自然にふるまうアルシュに、キリエは昔から理想の男性像を重ねていた。恥ずかしいので本人には一度も言ったことはないが。
やはりこのように、王子としての自然な仕草が完全に身についていなかったから、すでに「元」がついてしまった婚約者・エメに愛想を尽かされたのだろう。
王子としてふさわしいふるまいを、と尽力してきたが、それが作られたもので、かつどこかにぎこちなさがにじんでいたのを見抜いていたに違いない。
己の不甲斐なさにじわりと涙がにじむ。だから彼女はキリエを見限り、他国の王子に真の愛を向けたのだ……。
心の中を悲しみが占領し、止まることを知らない涙をこぼしながらぼんやりとアルシュの後ろ姿を見つめる。
アルシュはベッドに向かい合って置かれたクローゼットの前で立ち止まっていた。扉を開き、中に納められた衣類を物色している。
女物と男物が混在している。ただし女物も動きやすさを重視した物ばかりだ。スカートといえば、端にかけられたドレスしかない。それもたったの二着のみ。
男物を好むアルシュらしい。ぼんやりと思う間に、アルシュが上の服を脱ぎ捨てる。
顕になる白い背中。ふと、気づいた。
キリエもいるこの部屋で着替えようとしているアルシュ。今、この幼馴染は女性、では……?
ボッとキリエの顔が赤くなった。
「ア、アルシュ、待って!」
慌てて顔を両手で隠す。
「ん?」
「男性が同じ部屋にいるのに、着替えたらだめだろう!」
指の隙間からも見えないように、体ごと反対方向を向く。
幼馴染がこういうことに無頓着なのは知ってはいたが。いくら恋愛感情がないとはいえ、幼少の頃より見知った仲とはいえ、異性の裸体をやすやすとさらすのはだめだ。
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