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婚約破棄という前提 六
しおりを挟むエメが一つありもしない不義を唱えるたびに、貴賓達の顔がエメへの怪訝からキリエへの不信感へと変貌していくのには気づいていた。
加えて他国の王子がエメの肩を持ち、ついには兄王までもがそちらに味方した。
今や周囲は、キリエがすべての元凶だと信じこんでしまっている。婚約者に弄ばれた哀れな令嬢の言葉が真実であり、あまりのショックにうまく言葉が紡げず、きっぱり否定できなかったキリエは男の風上にもおけない愚かな王子だと認識した。……アルシュ以外。
「……黙って聞いていれば」
奥歯を噛み締めて、声を捻り出す。侮辱に等しいレッテルを幼馴染に貼りつけようとする周りに、ふつふつと沸き起こる怒りを殺せない。
「お前達、いい加減に」
「っ」
しろ、と言いきるよりも早く、周囲からの悪感情に耐えきれなくなったキリエが逃げ出した。
「キリエ!」
速い。白い王族服の後ろ姿は貴賓達の間をすり抜け、のろのろとしていた兵達をも一瞬で越し、ホールから飛び出ていく。
舌打ちをこぼしてアルシュもすぐに後を追った。
抜きんでた足の速さはキリエの特技の一つだが、こういう時に発揮されてほしくはなかった。
「追え!」
一拍遅れて兄王が命じる声が響く。
「は……、はっ!」
ガシャガシャと兵が身につけている鎧が立てる金属音に混じって、エメの得意げな声がした。
「ほら見なさい! 逃げ出すだなんて、後ろめたいことをした証だわ!」
アルシュは一度だけ振り返った。射殺さんとばかりに破棄を宣告した公爵令嬢を睨めつける。
「な……、何よ!」
ビクリと細い肩が跳ねた。庇うようにコンタールが彼女の前に進み出る。
キリエが早々に逃走しなければ、擁護の反論にかこつけてこの女の被害妄想論を完膚なきまでに叩きのめしたというのに。
今は罵倒する時間すらも惜しい。まずい。本当にまずい。
人生までも捧ぐように親愛を尽くしてきた婚約者の心変わり。婚約破棄宣言。そして、たった一人の肉親からの見限り。
普段は王族に相応しい言動を心がけ、振る舞っているキリエは、その実繊細な心の持ち主である。人生に絶望するほどに傷つけられたであろう彼が、悲しみのあまりに取り返しのつかないことをしでかす可能性があった。
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